家族が認知症になったらどのように接したらいいのでしょうか? 理学療法士の川畑智氏による著書『ボケ、のち晴れ 認知症の人とうまいこと生きるコツ』(アスコム)では、伝え方や接し方がまとめられています。この回では、言ってはいけない言葉とその言い換えの言葉をご紹介しましょう。
「ダメ!」の一言が行動を止めてしまう
「ダメだって、違うって、無理だって、だからそうじゃないって!」
介護のときに、つい言ってしまうこんな言葉。
起こりうる失敗や危険を想定したうえで出た「ダメ」なのですが、その背景の部分をはしょってしまうと、言われた本人には「ダメ」という言葉だけが残ります。
こうした否定言葉は、「否定された」「拒絶された」という負の感情が生まれて、本人の動きにロックをかけてしまうため、介護の現場では「スピーチロック」、もしくは「言葉の拘束」と呼ばれています。
あるお坊さんの説法で「喜怒哀楽の4:1:2:3のバランス」という話を聞きました。喜びが4つ、怒りが1つ、哀しみが2つ、楽しみが3つ。これが人生のバランス。もっと言えば、今日1日が、このバランスで成り立っていれば十分だよ、という意味です。私は仏教徒ではありませんが、なるほどと思います。
認知症の人は、記憶は苦手になっていますが、感情は豊かに残っています。
否定ばかりされてしまうと、怒りと哀しみが1や2では済まないわけです。
その結果、「この人はいやな人だ」「すぐに怒る」という意識が刷り込まれ、心の「ブラックリスト」に載ってしまうと、なにを提案してもうまくいきません。
お茶をお出ししても、ひと口も飲みません。リハビリにも行きませんし、トイレにも行きません。つまり、「あなたとするのはいや」ということですね。
つい私たちは、それを「介護拒否」と言ってしまいますが、そうさせたのは認知症なのか、関係性のせいなのかと考えると、後者であることが多いのです。
スピーチロックを防ぐためには、頭ごなしに否定しないことです。
先日も、グループホームで認知症の方が、車いすのフットレストに足を乗せたまま立ち上がろうとしていました。
そのままだと車いすごと前に傾き、転んでしまいます。
そこで職員が思わず「立っちゃダメ!」。
そういうときは、あらかじめフットレストを外しておきましょう。
「こっちのほうが楽ですよ。外しておきますね」と説明して、床に足を下ろした状態で座るようにする。立っても大丈夫な環境をつくってあげて、否定的な言葉で動きを止めるような状況を回避するのです。
「あえて失敗させる」ことでフリーズ回避
また、危険のない小さな失敗だったら、「あえて失敗させる」というのも手です。
たとえば、認知症の方の中には、フォーク1本と箸1本でご飯を食べようとする人もいます。当然、うまく食べられません。
そんなときには、「うまく食べられない」という経験をあえてさせてあげてから、箸2本で食べる姿を目の前で見せてあげると、「そうすればいいのか」となります。
中には、靴とサンダルを片方ずつ履いてしまう人もいます。
でも、その場では言いません。
玄関から出たときに指摘するのですが、そのときの言葉は、「間違ってますよ」ではなく「あれ? ○○さん、足が痛いんですか?」です。
「いや痛くないよ」「なんだぁ、足が痛いのかと思いました。片方、サンダルですよ」というやりとりで「あ、本当だ(笑)」という「晴れ」に流れが変わります。
ただ……毎回これをやっていると、家族は大変。先回りして、履いてほしい靴だけを出して失敗を防いだほうが楽ですし、そこに罪悪感は持たないでください。
失敗させたり、先回りしたり。その両方を使い分ければよいと思います。
スピーチロックは、「否定的な言葉」以外にもたくさんあります。
たとえば、つい言ってしまいがちな「ちょっと待ってて」。
言われたほうにすれば、「どれくらい待っていればいいの?」となって、動きがとれなくなってしまうことがあります。
また、「待ってて」には、命令のような強さがあります。結果として、自分から行動しようという意欲を失わせたり、被害妄想につながったりして、症状が悪化してしまうことも。
スピーチロックになりかねない言葉は、できるだけ置き換えていきましょう。
「ちょっと待ってて」ではなく、「〇〇を済ませちゃうから、あと5分くらい待っててもらっていい?」。
5分という数字を手で表しながら、視覚的に覚えやすく伝えます。
こうして、待つ理由と時間を説明し、視覚的な記憶を強化した状態でお願いする形をとることで、安心感と信頼感が生まれます。
川畑 智
理学療法士