伊藤沙莉「私の人生を描く上で絶対に外しちゃいけない期間」 朝ドラヒロインとしての決意

「この役者が出演していたら間違いない」という俳優がいるが、伊藤沙莉は多くの人にとってそんな俳優の一人ではないだろうか。主演を務めた作品はもちろん、そうではない作品でも、視聴者の心になにかを残す芝居をし続けた彼女が、ついに朝ドラヒロインを務める。しかも脚本は『恋せぬふたり』(NHK総合)などを手がけてきた吉田恵里香。このタッグなら観る前から“間違いない”と思ってしまうのが、4月1日から放送が始まる『虎に翼』だ。

日本史上初めて法曹の世界に飛び込んだ女性をモデルとした主人公・寅子を、伊藤はどんな思いで演じているのか。放送を前に、『ひよっこ』以来となる朝ドラの現場、そしていまの率直な思いをじっくりと聞いた。

●吉田恵里香の脚本は「本当に毎回面白い」

――クランクインから半年。これまでの撮影を振り返って、率直なお気持ちは?

伊藤沙莉(以下、伊藤):「朝ドラの撮影」ということで、いろいろな人から「大変だよ」と言われましたが(笑)、今のところすごく楽しい日々を過ごしています。大変な場面もみんなで考えて、みんなで作っていくことができているので、とても有意義で充実した日々だなと。支えてくださる方々もたくさんいて、仲間意識も生まれますし、絆もどんどん深まっている気がして。「いいものを作る」という“向かう先”が一緒なので、すごく楽しくて、この半年、いい人生でした(笑)。

――脚本を手掛ける吉田恵里香さんの魅力についても聞かせてください。

伊藤:第1週の脚本を読んだ時点で、本当に吉田さんでよかったなと思いました。法律のことを物語にどう交わらせていくのか。かなり高度なことなのに、それをポップに描いているところが本当にすごいなと思っています。この前、(仲野)太賀さんとも話しましたけど、セリフや、いろんなことに違和感がないんです。その言葉を言うことに無理がないんですよね。時代考証をした上で「これだったら大丈夫」という言葉の中から選んでくれていると思いますが、すごくテンポがよくて。起きる出来事とか、それに対する反応も、「えっ? なんでこうなるんだろう」ということがほとんどないです。現場でアイデアを伝え合うことはありますけど、それは素敵なベースがあるからこそ。本当に毎回、台本が面白いです。

――朝ドラには珍しく、第1週から“結婚”が描かれているのも面白いところですね。

伊藤:そうなんです。今よりも、「結婚することで法律上不自由になる」こともある時代だったんだなと感じました。寅子の親友である花江(森田望智)は、むしろ結婚に夢を持っていて、家庭に入ることをとても楽しみにしている子。それはそれで、結婚の素敵なあり方だと思いますが、寅子は「なんで家に収まっていなきゃいけないんだ」というタイプで、その「はて?」と戦う第1週目だと思います。結婚が女性を縛るものであること自体がおかしいし、結婚した女性が法律上「無能力者」と言われるのも、とても失礼な表現だと。そういう疑問点が寅子にとって法律への疑問に変わり、もっと大きなものになり、それが夢に繋がっていくので、展開のスタートが“結婚”というのはすごく面白いと思いました。

――ここまで寅子を演じてみて、どんな人物だと感じていますか?

伊藤:今の段階で言うと、人間らしいけど動物的。すごく素直な人ですし、『虎に翼』というだけあって、“法律の世界”という一番合うところに入っていったんだなと思います。その世界に飛び込む人は、興味や疑問からスタートすると思うんですが、やっぱり「これはなんでこうなんだろう?」「なんでこうならないんだろう?」と思っている人じゃなければ、何も変えられない。きっと、生まれ持って“法律の世界”に行くべき人だったんだなとすごく感じます。たまに綺麗事を言っちゃうこともあるけど、その綺麗事があまりにもド直球すぎて、なぜか人が動いてしまう。そういうところが魅力だなと思いますし、私は突拍子もないことを言ったりやったりするのが好きなので、面白くやらせていただいています。

――寅子に共感をする女性も多いと思います。

伊藤:そうなってくれたらうれしいですね。たとえば「どうしてこんな言い方をするんだろう」とか「どうしてこんな制度になっているんだろう」とか、寅子の疑問は自分とリンクしていることが多いんです。「女ばっかり不利だ」と思わざるを得ない時代だったんだなと感じますし、そこで闘ってきた寅子の意志や覚悟は素敵だなと思います。

――役を演じる上で、事前に準備したことは?

伊藤:たくさんの本と資料をいただいて、明治大学でも4回講義を受けさせてもらいました。これは物語に関係ないですけど、私は大学に行ったことがないのですごく楽しかったです(笑)。講義を受けていると、寅子が「なんで?」と思ったり、私自身も「なんで?」と思うような法律が当たり前に存在していたこともわかって。寅子が抱える悶々とした気持ちを理解する上でとても参考になりましたし、ありがたい時間でした。

――佐田優三役の仲野太賀さんとは、『拾われた男』(2022年)以来の共演です。

伊藤:本当に頼りになる方で、お芝居を間近で受けると、貰うものが非常に多いです。今回も、太賀さんとじゃなければこの空気感は出せなかったなと思いますし、それはご本人にもお伝えしました。太賀さんが絡んでいるお芝居で悩んだときには、監督はもちろんですが太賀さんにも相談していて、大体解決してくれる、という心強さがあります。大好きな先輩で、優三さんが太賀さんで本当によかったなと思います。

――芝居をしていく中で、アドリブも?

伊藤:そうですね。私がぶっ倒れるという演出を受けたら、太賀さんもぶっ倒れたり(笑)。太賀さんはいつも展開を広げてくださるので、“自由に動いても大丈夫な人”という印象です。「それはやめて」ということがない方なので、お互いにやりたいことをやって、それに乗っかっていく時間が楽しいです。

●『虎に翼』は俳優人生の中で……

――母・猪爪はる役の石田ゆり子さんをはじめ、家族役のみなさんとの撮影はいかがですか?

伊藤:すごく雰囲気がいいです。本当に家族のようで、楽しくワイワイ話すときもあれば、みんなマイペースなのでフラッとどこかへ行っちゃったり(笑)。ありがたいことに消えもの(劇中に登場する食事)が本当に美味しくて、みんなそこで食事を済ませるので、「次のシーンにいきます!」と言われても誰一人動かないっていう(笑)。ちゃんと家庭の食卓になっていますし、楽しい時間が多いですね。

――成長した弟・直明役の三山凌輝(BE:FIRST)さんは朝ドラ初出演です。座長として声掛けしたことは?

伊藤:5歳年下なんですが、すごくかわいくて。昔から先輩ぶることに抵抗があるので、監督からお声掛けいただくようにしています。もともと監督も自分から(キャストを)ほぐしに行かれるような方なので、「頑張れ」と思いつつ、私は「ツアーで北海道に行ったとき、何したの?」とか、あえて普通の話をしています。あるとき突然、監督が大声で「あいうえお、かきくけこ!」と言い始めて、凌輝くんもそれに乗って、スタジオに「あいうえお!」が響き渡る謎の時間がありました(笑)。最初はかなり緊張していたみたいなのですが、今はみんなとワイワイ喋っています。1人だけ小さな頃(子役)から始まるので、途中からの参加でちょっと緊張したと思うんですけど、素敵に演じています。

――そんな家族とのシーンと大学のシーンでは、演じる上での違いも?

伊藤:本当に“家と学校”という感覚です。女子部でいるときに一番怒られるんですよね、うるさいから(笑)。家族といるときは基本、みんなで折り紙をやっているような穏やかな時間だけど、女子部はキャピキャピしているというか。桜井ユキさんが配ってくれた防寒グッズの靴下の話で盛り上がったり、韓国出身の(ハ・)ヨンスさんがわからない日本語をみんなでわかりやすく説明したり、とにかく楽しく話しています。なので、(家族と大学で)環境が変われば、その環境の空気感になる、という感覚がリアルにあるので助かっています。

――この半年、ご自身の中に変化はありますか?

伊藤:これは本当にありがたいことですが、こんなに毎日、長時間、人やカメラに見られることはないので、自分では楽しいと思っていても、やっぱり緊張感があります。でも、とにかく生活が規則正しいんですよ。あいも変わらずお酒は飲んでいますが、あまり深酒できないので(笑)。睡眠も、撮影時間がルーティン化したおかげで「しっかり寝ちゃうぞ!」という気持ちになって、健康的になりました……って今までが変だったんですね、きっと(笑)。

――俳優人生の中で、伊藤さんにとってこのドラマはどんな作品になりそうですか?

伊藤:確実に代表作になると思います。昔、よく受けていたワークショップに「誰か人物を決めて、その人の人生を映画化するとしたら、確実に抜かしてはいけないと思うワンシーンをやる」というものがあったんです。すごく好きな講義で、(その講義にたとえると)今が私の人生を描く上で絶対に外しちゃいけない期間だなと思っています。作品としてとても面白いし、役としても挑戦的な部分があったりもして。それに私自身、少しだけ人間的にも成長している気がするんです。人との関わり方や、物の伝え方を学んでいる期間でもありますし、撮影中に30歳になる節目でもある。今後、生涯でいろんなことをやらせていただくとしても、トップで大事な作品になると思います。

(文=石井達也)

© 株式会社blueprint