『ビッグ・リボウスキ』アベンジャーズからチェンソーマンまで!新しいカルト映画の定番が及ぼす影響力

『ビッグ・リボウスキ』あらすじ

いまだ70年代のヒッピー生活を引きずる中年独身男・デュードこと、ジャフ・リボウスキ。ある晩、女房の借金を返せと2人のチンピラに襲われるが、全く身に覚えがなく呆然とするリボウスキ。どうやらチンピラは同姓同名の大富豪と間違えたようだ。怒りが収まらないデュードは仲間と共に大富豪の元に押し掛けるのだが…。

リアルタイムの「ちょいコケ」から、新しいカルト映画の定番に!


「遥か西に、ある男がいた。男の名はジェフ・リボウスキ。両親が付けたその名を気に入らず、自分のことを“デュード”(The Dude/野郎)と呼んでいた」――。

米国カントリー界の最古参グループ、サンズ・オブ・ザ・パイオニアズ(1933年結成)による「タンブリング・タンブルウィーズ」(1944年のワーナー映画『ハリウッド玉手箱』等でも歌われた)がBGMとして流れる中、荒野を転がる回転草の映像に語り部のナレーションが重なる。天の声の主は、のちに姿を見せるテキサス訛りのカウボーイ風の男(サム・エリオット/役名は“The Stranger”)。そのまま舞台は1991年のロサンゼルスへ。クウェートへと侵攻したイラクのサダム・フセインにジョージ・H・W・ブッシュが対決姿勢を強め、湾岸戦争が巻き起こっている頃、LAを代表する怠け者、スーパーマーケットの店内で牛乳を勝手に飲んでいる主人公のデュードことジェフ・リボウスキ(ジェフ・ブリッジス)が登場する――。こういった導入部で始まるのが、ジョエル・コーエン(兄)監督、イーサン・コーエン(弟)とジョエルが共同脚本を手掛けた1998年の米映画『ビッグ・リボウスキ』である。

『ビッグ・リボウスキ』(c)Photofest / Getty Images

LAを舞台にしたレイモンド・チャンドラーの1939年の探偵小説「大いなる眠り」(The Big Sleep)に着想を得つつ、まったく異なる内容に仕上がった巻き込まれ型のクライムコメディ。仲間たちと日々ボウリング場にたむろしている無職の中年男が、同姓同名の大富豪と人違いされ、やがて不条理な運命が転がっていく……。そんな本作はリアルタイムでの評価より、年々カルト的に人気が高まっていった映画の近年の代表例として有名だ。コーエン兄弟は前作『ファーゴ』(96)で比類なき完成度を極め、『バートン・フィンク』(91)に続く2回目のカンヌ国際映画祭監督賞を受賞(さらに2001年の『バーバー』でも監督賞を獲得し、同賞3回受賞という史上最多の記録を打ち立てた)。他にも数多くの名誉に輝いたところだっただけに、「その次」が期待された『ビッグ・リボウスキ』の脱力ノリに戸惑いを隠せなかった批評家や観客は多く、劇場公開時の興収もイマイチだった。しかしビデオソフト化されてから状況は一変。独特のユルさと、その裏に込められた重層的な構造の濃厚さや情報量の多さにカルト的支持が高まり、深夜にボンクラ仲間たちで集まって鑑賞するビデオの定番――家庭用ミッドナイトムービーの名作という新時代の『ロッキー・ホラー・ショー』(1975年/監督:ジム・シャーマン)的なポジションを獲得したのである。

その影響力はフェス開催からMCUにまで


さらに2002年からは全米各地で「リボウスキ・フェスティバル」というファンイベント上映会が開始。第1回はケンタッキー州ルイビルで開催(発起人は地元民のウィル・ラッセルとスコット・シャフィット)。登場人物のコスプレをした観客たちが集まり、夜通し音楽のライヴとボウリングと『ビッグ・リボウスキ』鑑賞に興じるという何とも大らかなパーティーだ。

2005年と2014年に聖地ロサンゼルスで催された時には、主演のジェフ・ブリッジスが自分のバンドを引き連れて参加し生演奏を披露。2011年のニューヨークでは主要キャストたちが久々に再集結し、会場は尋常ではない盛り上がりを見せた。このイベントをめぐっては『The Achievers:The Story of the Lebowski Fans』(2009年/監督:エディ・チャン)というドキュメンタリーまで発表されており、またロンドンでも、本企画に触発された「ザ・デュード・アビデス」というイベントが開催されている。

『ビッグ・リボウスキ』(c)Photofest / Getty Images

さて、いまやこの『ビッグ・リボウスキ』がどれだけ広く根付いているかは、近年の様々な後続作が証明している。その筆頭に挙げられるのがMCU最大のメガヒット作(全映画での世界歴代興行収入第2位)、『アベンジャーズ/エンドゲーム』(2019年/監督:アンソニー・ルッソ&ジョー・ルッソ)のワンシーンだろう。ロバート・ダウニー・ジュニア扮するアイアンマンことトニー・スタークが、引きこもって自堕落な生活を送り、すっかり飲んだくれて腹の出たソー(クリス・ヘムズワース)に向かって「リボウスキ」と呼ぶのだ(確かにデュードにそっくり!)。ちなみにジェフ・ブリッジスはMCUの第1作目『アイアンマン』(2008年/監督:ジョン・ファヴロー)に、トニー・スタークと対立する悪役オバディア・ステイン(=アイアンモンガー)役で出演しているという繋がりもある。

日本にも『ビッグ・リボウスキ』マニアが増殖!


日本でも『ビッグ・リボウスキ』の支持は絶大だ。特に有名なのは、藤本タツキの人気漫画「チェンソーマン」。テレビアニメ版で米津玄師の「KICK BACK」が流れるオープニング映像は、様々な映画のパロディが連打される構成で、その中に『ビッグ・リボウスキ』を参照したボウリングのパートがある。本作のクセの強い登場人物の中でもとりわけ強烈な変態キャラクター、ジョン・タトゥーロ扮するジーザス・クインターナがキンタマを磨くようにマイボールを磨くシーンのパロディだ。また「チェンソーマン」の女性キャラクター、パワーちゃんは、実はジョン・グッドマンが演じるウォルター・ソブチャック(デュードの親友であるヴェトナム戦争退役軍人)がイメージソースらしい(見た目は似ても似つかないが)。ちなみにウォルターのモデルは『デリンジャー』(73)や『ビッグ・ウェンズデー』(78)、『若き勇者たち』(84)などの著名な監督、ジョン・ミリアスである。

『ビッグ・リボウスキ』(c)Photofest / Getty Images

さらに2023年の第36回東京国際映画祭「アジアの未来」部門で上映され、今年(2024年)1月に劇場公開された日本映画の恋愛コメディの快作『違う惑星の変な恋人』(監督:木村聡志)では、タイトルバックで『ビッグ・リボウスキ』に全面的なオマージュが捧げられている。またファッションの分野でも日本を代表するドメスティックブランド「サカイ(sacai)」が、2020年春夏コレクションとして『ビッグ・リボウスキ』とコラボレーションしたTシャツとフーディーを発売したりなど、その影響力を示す例は枚挙に暇がない。

ちなみに先述したエキセントリックなボウラーのジーザス・クインターナ(全身紫のユニフォームで、ジプシー・キングスによるイーグルスの「ホテル・カリフォルニア」ラテン調カヴァーに乗ってボウリング場で踊る)は、ほんの短い出番ながら『ビッグ・リボウスキ』屈指の人気キャラであり、ジーザスを主人公にした『The Jesus Rolls』(2019年)というスピンオフ・ドラマもジョン・タトゥーロの主演&監督で作られた。一方、ヒッピー崩れのデュードは後半のタクシーに乗っているシーンで「ピースフル・イージー・フィーリング」(1972年の「イーグルス・ファースト」収録曲)を耳にして、「イーグルスは嫌いだ」と口にするのだが……といった具合に、本作の膨大なトリヴィアに触れていったらキリがない。『ビッグ・リボウスキ』未体験の方は、ぜひこの特殊で奇妙な一撃を喰らっていただきたい!

文:森直人(もり・なおと)

映画評論家、ライター。1971年和歌山生まれ。著書に『シネマ・ガレージ~廃墟のなかの子供たち~』(フィルムアート社)、編著に『ゼロ年代+の映画』(河出書房新社)ほか。「週刊文春」「朝日新聞」「キネマ旬報」「シネマトゥデイ」「Numero.jp」「Safari Online」などで定期的に執筆中。YouTubeチャンネル「活弁シネマ倶楽部」でMC担当。

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