【佐々木恭子コラム】第4回:日本企業が実践するパーパスの「目標の側面」とサステナビリティ戦略

前回のコラムでは、多くの日本企業が創業時から掲げる社会的な理念をパーパスと捉え、自社の事業活動を、理念に基づいた「当たり前」なことをしているに過ぎないと考える傾向にあること、そう考えるあまり、今起きている変化に対して消極的になってしまう可能性を指摘しました。つまり、「三方良し」に代表されるような「社会に良い」事業を長年実践してきたと自負する企業は、すでに良いことをしているのだからこのままで良いはず、と捉えがちだということです。こうした企業は、従業員一人一人への浸透や企業文化への定着を通じて、パーパスを「義務の側面(Duty-based perspective)」から実践しているということになります。

それでは、そのような、企業理念をパーパスとして捉えている日本企業は、「パーパス論」の背景にある気候変動や格差の問題など、今まさに起きているさまざまな社会課題をどう捉えているのでしょうか?

私の研究に協力いただいた日本企業6社のうち4社はパーパスの「義務の側面」だけでなく、同時に「目標の側面(Goal-based perspective)」も実践していました。

パーパスの「目標の側面」とは、第2回で紹介したように、企業の目標設定や戦略的ポジショニング、戦略立案などと関連し、システム思考と自然科学に基づいています。すなわち組織や企業にフォーカスし、変化のメカニズムはトップダウンです。4社においては、パーパスの実行化の手段としてサステナビリティ戦略があり、パーパスとサステナビリティのつながりが明らかでした。また、これらの企業に共通して見られたのは、自社の存続に対する「危機感」でした。

パーパスは長期的な利益をもたらす?

筆者が留学していた大学のキャンパス内の様子。夏の間は屋外ステージで音楽の演奏があり、学生たちはリラックスして過ごします(筆者撮影)

そもそも企業は「なぜ」パーパスを策定し、継承するのでしょうか?

今回の6社には共通して、パーパスを策定、継承する背景に「競争の動機」がありました。「競争の動機」とは、短期的・長期的に利益を上げることを目的としています[^undefined]。この動機を持つ企業は一般的に、利益をもたらしてくれる顧客や資金を提供してくれる投資家の利益を重要視します。

6社の中には、創業の理念を次世代に引き継ぐ際、自社の存続とさらなる成長への思いを込めて策定した「社是」をパーパスとしていたり、合併により新会社を設立した際に、各社の強みを生かした事業成長を期待し、存在意義を明確化したという企業がありました。新社長の就任を機に、「これまでのやり方では会社が存続できない、あるいは競争力の面で大きく変わらなければならない」という意識を持ち、パーパスの策定プロジェクトを開始した企業もあり、企業はパーパスを掲げ、実行化することで長期的に利益がもたらされると信じていることが分かりました。
Bansal & Roth, 2000, p.724

企業によって異なるパーパスの実践手段

一方で、パーパスの実践手段は企業により異なっていました。6社中4社は、パーパスを実行するための組織全体の戦略やフレームワークを策定し、そのすべてがサステナビリティに関連したものでした。

例えば、パーパスに基づき『価値創造ストーリー』を策定した企業では、自社が解決できるサステナビリティ課題を特定し、『2030年の社会像』を描いた上で、特定した課題の解決に向けた具体的なアプローチと戦略を策定しています。この企業の担当者の方は、「『価値創造ストーリー』と戦略を策定することで、パーパスを追求する道筋がより明確になった」と説明してくれました。

この4社は、いずれもパーパス策定の背後にある「競争の動機」に裏付けられた自社の存続と成長を追求する中で、自社を取り巻く社会課題を俯瞰(ふかん)し、現状に危機感を覚えていました。そしてシステム思考や自然科学に基づき、組織全体の戦略をトップダウンで策定・実行化しており、パーパスの「目標の側面」を実行していると考えられます。一方、「競争の動機」を持つものの、「目標の側面」を実行していない2社は、現状への危機感が4社と比較して弱く、パーパスの主な実行手段は社内への浸透であり、パーパスとサステナビリティの結びつきは明確ではありませんでした。

パーパスの「目標の側面」と「義務の側面」を理論化した欧米の学者たちによれば、目標の側面は企業のサステナビリティ行動と直接は結びついていません。むしろ第2回で紹介したように、「義務の側面」の方がサステナビリティとの関連性が深いことを示唆しています。興味深いことに、私が調査した日本企業ではこれとは逆の傾向がみられました。これはなぜでしょうか?

その訳に迫り、日本企業の特徴を考察するために、次回のコラムでは、欧米の社会経済制度の流れをくむオーストラリア企業の調査結果について解説していきます。

© 株式会社博展