2024年3月28日、宇宙航空研究開発機構(JAXA)は、SNSのX(旧Twitter)へ次のように投稿した。
「昨晩、SLIMからの応答を受信し、月面で2度目の夜を乗り越えたことが確認できた。まだ太陽が高く機器類が熱くなっていたため、航法カメラでいつもの風景を撮影するだけに留まった。」
画像: SLIMのイメージ画像。 credit by JAXA
日本初の月面着陸に成功したJAXAの小型月着陸実証機「SLIM」は、月の過酷な夜に耐えらない設計だったにもかかわらず、2度目の月の夜を生き延びた。
何度も予想を覆すSLIMに対し、Xでは賞賛と驚きの声が溢れている。
しかし、月の過酷な環境がSLIMにダメージを与え始め、前回の再起動時にはすでにいくつかの機器が機能していなかった。
この件について、JAXAは以下のように追加している。
「収集されたデータによると、一部の温度センサーと未使用のバッテリーセルに故障が見られるが、月の夜を2度過ごした後でも機能の大部分は維持されている。」
つまり、SLIMは月の過酷な環境下でも多くの機能を維持しており、今後もデータ収集や探査活動が続けられる可能性があるということだ。
ここまでが、2024年3月31日時点のSLIMの最新情報だ。
本稿ではSLIMが月面に着陸する直前から、どのような困難に遭遇し乗り越えてきたのか経緯をおさらいしてみる。
目次
SLIMが月面着陸成功を果たした意義
画像: SLIMのイメージ画像。 credit by JAXA
「降りやすいところに降りる時代から、”降りたいところへ降りる”時代へ!」をスローガンとするSLIMは2023年9月に打ち上げられ、2024年1月19日に月面に着陸し、日本は月面に軟着陸を成功させた5番目の国となった。 (残りの4つは旧ソ連、米国、中国、インド。)
しかも、着陸予定ポイントから100メートル以内に着陸する「ピンポイント着陸」を達成し、世界を驚かせたのである。
これまでは、着陸予定ポイントから数キロ単位で離れた場所にしか着陸できていなかったのだから、まさに快挙といえるだろう。
さらにSLIMは、2台の超小型のロボット型自立探査機を着陸直前に放出し、それらが無事着陸して予定通りに活動を開始した。
これにより、日本は着陸機、探査機の開発において世界のリーダーとなったのだ。
着陸直前にエンジントラブル発生
SLIMは打ち上げから着陸寸前まで実に順調に推移していたが、月面から50メートルの高度付近で異常が発生した。
2基搭載されているメインエンジンのうち、1基の推力が失われたのだ。(後にスラスターの1つがもげ落ちていく画像が公開された)
しかし、もう1基のエンジンは正常に動作していたため、月面に軟着陸できなくなるという最悪のシナリオは避けることができた。
そのような状況下で、SLIMが搭載したソフトウェアは自律的に異常を判断し、可能な限り予定された着陸ポイントから離れないように制御しながら、もう1基のエンジンで降下を継続した。
ピンポイント着陸成功
画像: SLIMのイメージ画像。 credit by JAXA
降下速度は予定していたよりも低速だったが、エンジントラブルにより横方向の速度や姿勢などの条件が想定範囲を超えたため、結果として目標地点から東に55m程度離れた地点に着陸したと推定されている。
なお、SLIMは着地するまでの間に高度5m付近で小型探査機(LEV-1とLEV-2)を分離、月面に送り届けることに成功している。
エンジントラブルがなければ横方向に流されることなく、ほぼ着陸目的地点に着陸できたはずなのでそこは残念である。
本稿では詳しく取り上げないが「GPS」が存在しない月面で、着陸ポイント付近に着陸できたのは、「画像照合航法」という先端技術のおかげだ。
SLIMに搭載されたCPUは、我々が使用しているスマホよりも処理能力が低いにも関わらず、この「画像照合航法」を駆使して、自律的に位置を確認しつつ降下していくという離れ業を行っていたのだ。
太陽電池が発電せず、休眠へ
JAXAは着陸後、SLIMとの通信は確立されていたものの「太陽電池からの電力発生が確認できていない」と公表した。
バッテリーに残された電力が少ない中、JAXAのミッションチームは着陸降下中の画像を含む各種データを取得し、マルチバンド分光カメラのスキャン撮像を実施した。
そしてバッテリー残量が10%未満になる前に、SLIMの機能維持のためにコマンドでバッテリーを電源から切り離した。
これによりSLIMは休眠状態となった。
そして太陽光パネルにうまく太陽光が差し込み、発電が開始されることに希望をかけた。
この時点でのSLIMの成果は、月面にピンポイント着陸したことと、2基の超小型探査機の放出を達成しただけだった。
意図せぬ姿勢で着陸していたことが判明
SLIMが休眠中、SLIMから放出された超小型探査機の一つが逆さまになったSLIM本体を撮影し、地上に送信してきた。
画像: SLIM月着陸時の撮影画像 CC0 1.0 Universal Public Domain
この小型の探査機には、自律的に動き回って単独で撮像し、地球に送信する能力が備えられている。
これにより、SLIMの着陸後の姿勢がなんと逆立ち状態になっており、太陽光パネルも違う方向を向いていたことが判明した。
SLIMは太陽光発電により電力を得るタイプであるため、太陽光パネルに光が当たらないと発電できず電力をバッテリーに蓄えることができない。
そして、JAXAは次のような声明を行った。
「今後、太陽が西側に移動してくるにつれて、徐々に電力が回復して運用再開できることを期待している。運用再開後は科学観測を実施する予定である。」
発電開始と探査活動開始
画像: 2024年1月25日に日本の着陸船 SLIM に搭載されたマルチスペクトル カメラ (MBC) によって撮影された月面の様子。 public domain
JAXAは2024年1月28日から、SLIMとの通信が再開されたことを明らかにした。
これは太陽の向きが変わったことで発電が開始され、電力が確保できたものとみられている。
SLIMは通信再開後、機体に搭載された複数の特殊カメラで月面の岩石の様子を撮影し、月面の観測データを収集していった。
しかし着陸地点が日没を迎えたため、SLIMは1月31日に運用を停止して休眠状態に入った。
その後、月面温度は摂氏マイナス130度まで下がったという。
月面越夜を達成するも・・
SLIMはこの時点ですでに「ピンポイント着陸」「2台の超小型探査機の展開」「さまざまな科学調査作業」といった主要なミッション目標を達成しており、再び目を開けることはそれほど期待されてはいなかった。
しかし2月25日、無事に通信が再開され、SLIMは同じ場所を撮影した画像を地上に送信してきた。
そして今回の3月28日に2度目の越夜にも成功した。しかし前回と同様の画像が送信されてきただけだった。
前回も今回も、越夜後の通信時には一部の機器の温度が100度を超えたため、通信は短時間で終了している。
JAXAは「温度が十分に下がったところで観測を再開できるように準備する」としていたが、その後、特に進展は見られない。
SLIMは月の昼と夜のどちらにおいても、極端な温度にさらされ続けている。
このことから、SLIMの実質的な活動は終了したのではないかと筆者は考えている。
過酷な月面環境
画像 : イメージ ※ガリレオ・ガリレイの月面スケッチ public domain
月の表面温度は、昼間は約110℃まで上がるが夜間は約マイナス170℃まで下がる。
つまり、昼と夜では270度以上の温度差があり、高温と極低温が繰り返される。
しかも月では約14日間も昼間が続き、その後14日夜間が続く。
精密機器やバッテリーを搭載したSLIMのような宇宙機にとって、あまりにも過酷な環境なのだ。
ミッションによっては、月面での滞在には「越夜(えつや)」と呼ばれる技術が求められる。
越夜とは、月面で約14日間の夜を超えて宇宙機が活動を再開することだが、SLIMを含め、ほとんどの月着陸機・探査機は越夜に耐えうる設計にはなっていない。
そのため、越夜後の活動再開は「成功しなくても仕方ない」と考えられていた。
なお、将来予定されている月面基地建設など、人類が月に長期滞在する場合も越夜が課題のひとつとなっている。
さいごに
これまでに何度も良い意味で期待を裏切ってきたSLIMだが、過酷な月面環境でダメージを蓄積していくことは間違いない。
SLIMは十分すぎるほどの成果を上げてくれた。
しかし最後に何かやってくれるのを期待せずにはいられないのは、筆者だけではないだろう。
参考 :
Related: Japan’s SLIM moon lander photographed on the lunar surface
The moon — A complete guide to Earth’s companion | Space
小型月着陸実証機SLIM(@SLIM_JAXA)さん / X