個性派集団を機能させる唯一無二の戦略家――クロースは何がすごいのか。「貢献度が分かりにいが...【現地発コラム】

サッカーにおいて怒りが頂点に達するのは通常、ラスト数分間の、絶望的な状況に追い込まれて戦術を忘れ、自暴自棄になって相手ゴールに迫る時だ。しかし、それはあくまで例外的な精神状態だ。激怒モードで90分通してプレーすることはできない。

実際、サッカーの歴史は、忍耐が怒りよりもはるかに効果的であることを示している。スペインサッカーが“フリア(怒り)”と混同されていた時代には、国際レベルでのリスペクトも、確固とした結果も得ることができなかった。冷静なパス回しで試合を支配しながら、知的に攻撃を加速させるスタイルを体現して、スペインは世界のお手本となった。

その点、レアル・マドリーにはヴィニシウスのスプリント、ロドリゴの繊細なステップ、ベリンガムの獰猛さと繊細さを持ち合わせたスペクタクル、ブラヒム・ディアスの精神的、肉体的な敏捷性と攻撃を加速させるためのリソースが豊富にある。

加えて、遅かれ早かれブレイクするだろうチュアメニの圧倒的なプレゼンス、バルベルデの精力的な動き、カマビンガのダイナミズム、モドリッチのエモーションと中盤にはエネルギッシュな選手が揃っている。

ただだからこそ、忍耐力を発揮するクロースは異彩を放っているともいえる。1970年代に名を成したアルゼンチン人CB、ロベルト・ペルフーモは「サッカーは身体的思考だ」とよく言っていた。もしその言葉の通りなら、クロースは脳から足にレクチャーする比類なき神経ネットワークを持っていることになる。

プレーの端々から感じられる相手に不快感を与えることのない上品な誇りと自信もその賜物だ。まるでピッチが自分のものであるかのように、太古の昔からそこに住んでいるかのように、ピッチを動き回る。

各ゾーンが要求するもの、誰も侵入しないスペース、ボールが収まる相手の守備網の穴を見極めながら、ボールを失うことはほぼなく、常に行き先、スピード、意図を的確に選択してプレーする。そう、洗練されたサッカーという芽が、エレガントかつ正確なテクニックから息吹いているように。

【動画】ヴィニシウスがクラシコで圧巻のハットトリック
もうお分かりだと思うが、私はクロースが大好きだ。ピッチ全体を見渡しながら、時にはショートパスで、時には40メートルの正確無比なパスで局面を変えるその広い視野は、彼をチームの中枢に押し上げている。クロースがどこにいようと、影響力は絶大で、試合の流れに応じて左サイドバックにポジションを取り、チームを動かす。

しかしそのサッカーの物静かさゆえに、はっきりした貢献度が分かりにくく、時に相手チームからも存在が軽視されているのではないかと思えるほどだ。毎試合、ボールに触る回数が最も多い選手であるという事実を突きつけられて、「そこまで強い影響力を行使しているのに、どうして目立たないのだろう」と不思議に感じる人たちもいるかもしれない。

しかし分かる人には分かる。元チームメイトのイスコ(ベティス)が、「引退するのはまだ早い。せめてあと2、3年は続けてほしい、そうすれば僕たちは彼を楽しむことができる」と訴える。

もっとも、楽しみ云々を語る以前に、クロースはマドリーにとって必要不可欠な存在だ。マドリーにはクオリティの高い選手で溢れており、来シーズンも、そのスペクタクルさに目を奪われる魅惑的なクラックが新たに加入すると言われている。

しかしそんな中でも戦略家になれるのはクロースしかいない。試合を支配し、周りを調和させ、タクトを振るうことで、個性派集団のマドリーを一つのチームとして機能させている。このますますフィジカル化が進む昨今、筋肉をひけらかすことなく、慌てずに試合を支配するクロースのインテリジェンス溢れるプレーはサッカーの醍醐味とは何かを我々に教えてくれている。

絶滅危惧種となりつつある世界で最も生産性の高いインビジブルなフットボーラーが紡ぎ出す一つ一つのプレーに注目だ。

文●ホルヘ・バルダーノ
翻訳●下村正幸

【著者プロフィール】
ホルヘ・バルダーノ/1955年10月4日、アルゼンチンのロス・パレハス生まれ。現役時代はストライカーとして活躍し、73年にニューウェルズでプロデビューを飾ると、75年にアラベスへ移籍。79~84年までプレーしたサラゴサでの活躍が認められ、84年にはレアル・マドリーへ入団。87年に現役を引退するまでプレーし、ラ・リーガ制覇とUEFAカップ優勝を2度ずつ成し遂げた。75年にデビューを飾ったアルゼンチン代表では、2度のW杯(82年と86年)に出場し、86年のメキシコ大会では優勝に貢献。現役引退後は、テネリフェ、マドリー、バレンシアの監督を歴任。その後はマドリーのSDや副会長を務めた。現在は、『エル・パイス』紙でコラムを執筆しているほか、解説者としても人気を博している。

※『サッカーダイジェストWEB』では日本独占契約に基づいて『エル・パイス』紙に掲載されたバルダーノ氏のコラムを翻訳配信しています。

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