秋本真吾さんが西武のスプリントコーチに就任 5年ぶりリーグV奪回を目指す球団が新たな取り組み

スプリントコーチとして西武の選手を指導する秋本真吾さん【写真:北原基行】

今季からプロ野球・埼玉西武ライオンズを本格指導

陸上の元ハードル選手・秋本真吾さんが今シーズンからプロ野球・埼玉西武ライオンズのスプリントコーチに正式就任した。2013年から日本唯一のスプリントコーチとして活動。Jリーガーやプロ野球選手などトップアスリート延べ500人以上に「走り」を指導してきたが、プロ野球界に本格参戦した。現在42歳。「日本のスポーツを変えたい」という大志を持ち、徐々に認知されつつあるこの職業の今とこれからのビジョンを明かした。

陸上の400メートルハードルで五輪強化指定選手になった秋本さんは引退後、スポーツ界に前例がない「スプリントコーチ」という肩書きで活動。Jリーガーやプロ野球選手など、陸上以外の分野で選手に競技の運動基本となる「走り」を指導し、最高速度の向上や怪我の防止などに貢献している。最近はWEリーグのマイナビ仙台レディースや早稲田大学ア式蹴球部(サッカー部)など、部活からトップカテゴリーまで活動領域は広い。

述べ500人以上のトップアスリートを指導し、この道を切り開いてきたが、秋本さんはそのメソッドを後進に落としている。なぜ自分以外のスプリントコーチを歓迎するのか。それは「狭い世界で独占しても、市場価値は高まらない」という考えに基づく。

「どんどん増えて差別化された結果、『この人が良かったね』と価値がさらに上積みされていく。第二第三のスプリントコーチを僕が育成しても限界があります。足を速くする方法やトレーニングは人それぞれです。様々なコーチング方法を持っている方がスプリントコーチとなり競争がある世界にならないと価値は高まらないと思っています。今はJリーグを見渡しても、どこでもトレーナーやフィジカルコーチがいます。でも、誰が一番良いかは測りにくい。僕は陸上の世界で記録と順位で戦ってきたので、順位付けが難しいコーチングの世界でも圧倒的にクオリティが高く、1位だよねと評価される状況に自分がないといけない。競争社会になるまでに地位をしっかり作っておく。そして、その競争に勝ち抜いていかなければいけないという強い覚悟は持っています」

新たに可能性を切り開いたのが、西武のスプリントコーチ就任。野球界ではオリックス、阪神などを指導し、西武も昨年から関わってきたが、あくまで臨時コーチや個人契約の位置づけ。しかし、今年から正式に球団スタッフに。「ハイパフォーマンスグループ」に属し、5年ぶりのリーグ優勝に力を尽くす。

昨年までは月に2回程度だったが、今年から週1回の頻度で指導。データや映像の管理も権限が増し、選手はもちろん、連携が欠かせないS&Cコーチとのコミュニケーションも密に取れるようになった。「短期では結果は出すことはできても、それはどうしても浅いものになる。去年1年やらせてもらい、次のフェーズに入る段階でよりコミットできる形になったことは凄く喜ばしいですし、いよいよ野球界で明確な数字で結果を出していかないといけない緊張感を持っています」と表情を引き締める。

サッカーのいわきFCで選手の試合中の最高速度、走行距離を上げさせたように、選手の盗塁数キャリアハイなど、数字で表れる成果を挙げるのは当然のこと、正しい走りのフォームをチームに浸透させることで、太ももの肉離れなどの故障の減少も、球団に求められている使命だ。

スポーツ界で最も高いといわれる運動能力を持つとされるプロ野球選手の指導のなかでは発見も多い。「競技成績が高い選手や長くやっている選手、例えば、栗山(巧)さん(40歳)、中村(剛也)さん(40歳)もそうですが、野球と走りを分けて考えていないんです」とエピソードを明かした。

「僕はスポーツの基本原理としては“一瞬で大きい力を出すこと”に全て集約されていると思っています。野球なら投げる時、打つ時、サッカーならボールを蹴る時の一瞬の爆発力。走りはそれが連続して行われるだけで、力発揮という点では同じなんですと説明した時の走りの意識への変換が本当に上手。打撃なら長い力の発揮で打って凡打になる、投球なら力を入れ過ぎて制球をミスすることも実は一緒なんですが、なかなかつなげられないのですが、ベテランの選手はその点が際立っています」

自ら選手にお手本を見せられる存在であることが秋本さんのポリシーだ【写真:北原基行】

投手陣にも期待される効果「ウエイトトレとスプリントトレの掛け算で球速アップに」

昨年は外崎修汰が30歳にしてキャリアハイの26盗塁を記録。春季キャンプで秋本さんが力が入りやすい走りへの意識を和らげる助言が効いたという。一方で今年、期待しているのは一見、スプリントトレーニングの接点が見えにくい投手陣だ。その理由を明かす。

「例えば、高橋光成さんは凄く積極的に質問をしてくる。高橋さんはもともとダッシュをするとふくらはぎを痛めそうで怖がっていたのですが、投手の皆さんは凄くウエイトトレーニングをする。速い球を投げるために出力を上げるのと筋力を増やすという意味がありますが、走りはトップアスリートになれば、着地した時、片足に体重の5倍ほど負荷がかかると言われる。高橋さんの体重が80キロ~90キロとしたら400キロ以上の負荷がスプリントトレーニングでかかるわけです。でも、ウエイトトレーニングで片足に一瞬で400キロの負荷をかけることは不可能です。スプリントトレーニングの価値はストレングス以上の負荷を一瞬でかけられるという説明をしたところ、すごく腑に落ちた様子でした。そういう風にうまく意欲を引き出すと、『走り見てもらっていいですか?』と自発的に言ってきてくれ、良い循環に入っている。今、投手陣が積極的に取り組んでいるウエイトトレーニングに加えてスプリントトレーニングとの掛け算で球速アップにも繋がると思っています」

スプリントトレーニングを通じて、単に「足を速くする」に留まらない価値を提供している秋本さん。スプリントコーチを始めて12年目、もともと40歳で辞めるつもりが、42歳になっても「まだまだ学習しきれていない」と、この仕事の奥深さを感じている。

こだわるのは、選手に自分で手本を見せられる存在であること。だから、マスターズ陸上に挑戦し、自分を追い込み、“教える選手より速い指導者”を貫く。

「現在地としては何もまだ掴めてないし、得てもない。でも、陸上で言うタイトルのような明確な何かを取ったとしても性格上、満足しない。次の世界があるはずと探求してしまうので。競技もやり切ったと思って辞めたつもりが、全然やり切れてないと終わってから気付いた。なので、コーチ業も一生ゴールはないものと思っています」

プロ野球の全球団、Jリーグの全クラブにスプリントコーチが採用されることをひとつの夢に挙げるなど、「日本のスポーツを変える」という大志を持って、この職業の存在感を自ら高めている秋本さんはこれからも走り続ける。

THE ANSWER編集部

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