『パスト ライブス/再会』グレタ・リー 誠実でリアルで、少し心地悪さもある映画【Actor’s Interview Vol.38】

第96回アカデミー賞の作品賞と脚本賞にノミネートされるなど、多くの映画祭や賞レースを席巻している『パスト ライブス/再会』。せつなさ溢れる大人のラブストーリーに仕上がっている本作では、主な登場人物である3人の視線と佇まい、そして“間”に、グイグイと引き込まれてしまう。映画を観終わった後は誰かと話さずにいられない。そう思ってしまう人も多いのではないだろうか。映画の冒頭では、そういった観客の気持ちを表したかのような心憎い演出も展開される。

この新たなラブストーリーの傑作はいかにして作られたのか? 本作でゴールデン・グローブ賞の主演女優賞にノミネートされたグレタ・リーに、オンラインで話を伺った。

『パスト ライブス/再会』あらすじ

ソウルに暮らす12歳の少女ノラと少年ヘソン。ふたりはお互いに恋心を抱いていたが、ノラの海外移住により離れ離れになってしまう。12年後24歳になり、ニューヨークとソウルでそれぞれの人生を歩んでいたふたりは、オンラインで再会を果たし、お互いを想いながらもすれ違ってしまう。そして12年後の36歳、ノラ(グレタ・リー)は作家のアーサー(ジョン・マガロ)と結婚していた。ヘソン(ユ・テオ)はそのことを知りながらも、ノラに会うためにニューヨークを訪れる。24年ぶりにやっとめぐり逢えたふたりの再会の7日間。ふたりが選ぶ、運命とはーー。

誠実でリアルで、少し心地悪さもある映画


Q:完成した映画はどんな印象でしたか?

リー:最初は観るのが怖くて仕方ありませんでした。誰にも観せないでほしいと監督のセリーヌに懇願したくらい(笑)。でもセリーヌは優しい口調で「人に観せることは映画を完成させるために必要なプロセス」だと説明してくれました。

映画を観て何よりも驚いたのは、私自身がとても脆く無防備な存在に感じたこと。自分でも気付いていなかった潜在意識をさらけ出しているような感覚があり、とても恥ずかしく真っ裸になったような気分でした。とても挑発的な作品だと思いましたね。同時に、観ることで映画を作ったのだという実感が湧きました。誠実でリアルで、少し心地悪さもある映画にしたいと思っていたので、それが達成できたのだと。「他の人にもぜひ観せましょう!」と監督にOKを出しました(笑)。

Q:演じたノラに共感する部分はありましたか?

リー:もちろん。共感できる部分はたくさんありました。私はロサンゼルスで生まれたアメリカ人なので、移民としての経験はノラとは違いますが、韓国語を話して育ったことは共通している。それは私のアイデンティティにも大きく影響しています。脚本を読んで、何よりも衝撃的だったのは、私の若い女性としての野心的な側面がその通りに描かれていたこと。それは韓国人やアメリカ人であることは何も関係がなく、純朴さと内に秘める炎が関係していると思います。

本作はラブストーリーであり、3人の関係を描いた物語ですが、その中心にいるノラという女性を理解し、演じることは新鮮な体験でした。ノラは自分が何を求めているのか確信を持っていて、その確信があるからこそ、手放さなければいけないものがあり、絶望感や喪失感、そして悲しみを感じざるを得ないと分かっている。それがこの作品の大胆なところです。ノラは人生に迷いがなく、2人の男性のうち1人を自由に選ぶことができた。それゆえ、セリーヌの脚本は壮大に感じられ、これだけ多くの人が共感できるのだと思います。

『パスト ライブス/再会』Copyright 2022 © Twenty Years Rights LLC. All Rights Reserved

Q:ノラとして、女性として、ヘソンとアーサーに共感できる部分はありましたか?

リー:ヘソンはある意味、最もロマンチックだと思います。彼は過去と向き合いつつ、決意を固めるチャンスという“贈り物”をノラに与える。愛を経験した人間として、彼の行動はとても共感できます。与える側も受け取る側も、愛に対する人間の寛容さに改めて気付かされましたね。だからこそ、ヘソンのような衝動的な行動も理解できるんです。彼は答えを見つけるために人生を一時停止した。そうして初恋の相手に会いにNYまで行かざるを得なかったのです。

アーサーのことももちろん理解できます。彼はノラを愛する夫として、この複雑な状況を愛情をもって大人らしく受け入れる。「よし、分かった。この現実を許そう」と。これほどロマンチックなことはないですよね。

“恋に落ちる”という感情


Q:この映画は、素晴らしい「視線と佇まい」で構築されていて、それが最大限に効果を発揮しています。映画に出ている人も見ている我々も、視線と佇まいが生み出す「間」に我慢できるかどうか、本当にギリギリのところを突いてくるかのようです。実際に演じていていかがでしたか。

リー:まさにその通りだと思います。今回の準備には時間と労力を要しました。セリーヌとは、時代に逆行すること、場合によっては過去に戻ることについて話していました。私たちが現在観ている映画が、いかにスピードを重視しているかについて考えたんです。観客が目を逸らさないように、携帯を見ないように、作り手は必死に意識を向けさせる必要がある。気が散る要因は周りに沢山あるので、何かしらのトリックを用いて集中させる必要がある。でもそれではあまりにも浅い映画になってしまう。そして最終的に心は満たされずに終わってしまうのです。

また、恋に落ちるというのは果たしてどういう感情なのか、それを現実のものとして感じられることを追究しました。恋に落ちるその一瞬では、恋愛に伴うすべての感情が湧いてくる。死にそうな気持ちになり、恐怖を感じ、喜びを感じ、あらゆる感情が渦巻くはず。この感情の重なりこそがこの映画の目的。それを実現するために、急かしたり、派手な演技を避けるよう努めました。セリフのないゆっくりと流れる静かな時間に、観客は自らを投影することができるはず。そう信じていました。だって私たちの人生はまさにそうだから。

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それで参考にしたのは、マリーナ・アブラモヴィッチの「The Artist Is Present」というアート作品でした。マリーナがテーブルの向こう側に人を座らせて、言葉を交わさずに会話をするという作品で、元恋人のウーレもその場を訪れて、2人は何年かぶりに再会するんです。そのような時、人間の身体はどう反応するのか、それを観察しました。だからテオ(ヘソン)と私の間でも、ただ流れに身を任せるのではなく、動作やしぐさなど緻密なところまで意識を向けて演技をしました。とても大変だったけれど、ワクワクしたし充実感も得られた。観た人から共感できたというコメントももらえて、誇らしく感じています。

Q:セリーヌ・ソン監督はこれが長編デビュー作とは思えないほど、堂々とした作品を作り上げましたが、ソン監督との仕事はいかがでしたか。

リー:すばらしい体験でした。私はハリウッドで20年のキャリアがありますが、彼女のような人と会ったのは初めてだったし、驚きの連続で学ぶことも多かった。あれだけの確信を持って才能を発揮している人は初めて見ましたし、彼女は品位もあって優雅なんです。あんなに自信に満ちているなんて普通は考えられません。彼女を見ているだけでもワクワクしました。

たとえ周囲に雑音があっても、彼女は求めているものが分かっていて、伝えたいストーリーやその伝え方がはっきりと見えている。それは役者にとっては最高の贈り物ですね。私が果たすべき役割も明確になるし、より自由に実力を発揮することができる。今回の出演は人生で最も深く特別な体験の一つとして、ずっと心に残るでしょう。

“小さな物語”を尊重した


Q:本作はアカデミー賞やゴールデングローブ賞にノミネートされ、グレタさんご自身もゴールデングローブ賞にノミネートされました。他にも数々の映画賞を受賞していますが、手応えのようなものは感じていますか。

リー:もちろん。それは感じざるを得ません。この映画はわりとコンパクトな作品としてスタートしました。最初から“小さな物語”という魅力を尊重していたので、それゆえにこの作品は特別なのだと思います。世界中で観てもらえることを願っていましたが、それが無謀な目標のようにも感じていました。それでも自分たちの信念を守りつつ、それが達成することができればどれだけ素晴らしいかと最初から話していました。そしてそれがすべて実現してしまった。これは滅多に起こらないことだと認識していますし、この結果は当たり前だとも決して思っていません。それでも、このような映画が世に認められることは、私たちにとって大きな意義がありました。

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Q:影響を受けた俳優や映画を教えてください。

リー:幼かった頃は、アジア系の俳優がまだそれほど活躍していなかったから、映画を観ても、そこに自分を映し出すことができませんでした。当時は男優に魅了されていましたね。体格がよくて、強くて、筋肉質で、エンターテインメント溢れる役者に惹かれていました。ヴァル・キルマーの大ファンだったし、ニコラス・ケイジやジャック・ニコルソンも好きでした。みんな、役の選び方も演技も自由だったから、アジア系の少女から見ると解放的でパワフルに感じたんです。心が躍りましたね。

演劇や演技の仕事に真剣に取り組むようになって、初めて目標にしたい女優と出会うことができた。フランシス・マクドーマンド、マギー・チャン、シャーロット・ランプリング、ティルダ・スウィントン、ケイト・ブランシェット、彼女たちの演技を想像するだけで鳥肌が立ちます。彼女たちは自分が子供の頃に憧れた男優たちと同様、もしくはそれ以上にパワフルですね。思い悩んだ時は、彼女たちのことを考えます。ケイト・ブランシェットの演技を頭に思い描いたら、悩みが飛んで一気に視界が晴れますから(笑)。

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ⒸCorey Nickols/Getty Images

グレタ・リー

1983年に、韓国系移民2世として生まれる。アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス出身。大学で演劇を学び、卒業後はニューヨークで役者として活動を始め、数多くのテレビドラマや映画に出演。Netflixのドラマシリーズ「ロシアン・ドール」(19〜)と、Apple TV+のドラマシリーズ「ザ・モーニングショー」(21〜)で注目を集める。声優として、『スパイダーマン スパイダーバース』(19)で女性科学者ライラを、『スラムドッグス』(23)ではベスを演じている。

取材・文: 香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

『パスト ライブス/再会』

4月5日(金)全国公開

配給:ハピネットファントム・スタジオ

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