パドック裏話:リアム・ローソン、プライベートが保たれる移動手段の大切さを痛感

 F1ジャーナリストがお届けするF1の裏話。プレシーズンテスト、第3戦オーストラリアGP編です。

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 メルボルンはスポーツ好きな街だ。ここではテニストーナメントのオーストラリア・オープンから、クリケットの聖地とも呼ばれるメルボルン・クリケット・グラウンドでの試合まで、国際的な規模のスポーツイベントが数多く開かれる。それに加えて大きなサッカースタジアムがいくつもあり、複数のラグビーチームや、オーストラリアンフットボールのほぼ全チームがメルボルンを本拠地とする。

 そして、いまやF1のオーストラリアGPも、この街にすっかり溶け込んでいる。

 できるだけ街の中心部に近い場所でレースを開催したいのなら、公園の周回路をベースにしてサーキットを作るというアイデアは理想的と言える。日常交通に用いられる大きな街路の一部を閉鎖してストリートコースを設けるよりも、市民生活への影響をはるかに小さく抑えられるからだ。

 また、そうした立地であれば、街の既存の交通インフラを活用して、13万人の観客の大多数を公共交通機関でサーキットまで運ぶことも可能になる。メルボルンの場合、その役目を担うのは市街からアルバートパークの南側に沿って走り、セントキルダのビーチまで行けるトラム(路面電車)である。トラムの路線網は街全体に張り巡らされている。したがって、街中の大きな鉄道駅からサーキットまで様々なルートが選択可能になっており、ファンの移動の足として大いに役立っているのだ。

 クルマでサーキットへ行こうとすると、狭い入口へアクセスできる道路は限られていて、トラムを利用するよりずっと時間がかかることもある。実際、ほとんどの入口の近くに停留所があって、トラムの方がはるかに便利なのである。ただ、クルマであれば、少なくともプライバシーは確保できる。レースの週末のある日、リアム・ローソンはそれを身をもって学ぶことになった。

 今季、レッドブル傘下の2チームのリザーブドライバーを務める彼は、これまでのところ、もどかしい気持ちでシーズンを過ごしている。昨年はダニエル・リカルドの代役として5戦に出場し、見事なパフォーマンスを示したにもかかわらず、今年は再びフルタイムの交代要員に甘んじているからだ。

 ローソンは、ほぼすべてのレースでチームに随行し、母国ニュージーランドに最も近いレースであるメルボルンでも、やはりその姿が見られた。だが、リザーブドライバーという役柄は、週末にレースに出場する者たちほど忙しいわけではなく、ひたすら待つ時間ばかりが長いという、いささか寂しいものでもある。

 木曜日のことだ。ローソンはアルバートパークのサーキットでPRやスポンサー関係の仕事をいくつかこなしたが、やるべきことはそれほど多くはなかった。このレースにガールフレンドを連れて来ていた彼は、できるだけ早く市街に戻りたかった。しかしながら、この日はRBのチームメンバーと相乗りで来ていたため、その人物の仕事が終わるまでずいぶん待たされた末に、ようやくサーキットを離れることができた。

 翌日、彼はパドックの先輩住人たちの意見に従ってみることにした。サーキットと街の往復にはトラムを使うのが一番だと聞かされたのである。そして、この日の朝にさっそくその方法を試して、誰にも頼らず自由に移動するための良い選択肢になりうるかどうか確かめようとした。

 結論から言えば、これは失敗だった。金曜日のプラクティスだけでも10万人を超える観客がサーキットに詰めかけたからだ。ただ、問題は大勢のファンでトラムが混み合ったことではなく、それだけの数のファンがいれば、そのうちの少なからぬ人数がローソンのようなリザーブ組も含めてグランプリドライバーの顔を知っていることにあった。

 最初はすべて順調かと思われた。しかし、サーキットへ向かうトラムの中でファンのひとりがローソンに気づいた時点で、彼はトラブルに陥った。その後、次から次へとファンがセルフィーやサインを求め、あるいはただ「今年はレギュラーになってほしいと思っていたのに残念だ」という気持ちを伝えるために、彼のところへやって来た。そうして人だかりができると、それがさらに周囲の注目を集め、トラムを降りる頃には完全にファンに取り囲まれていたのだ。

 グランプリの週末に、ドライバーが徒歩でサーキット入りしようとすれば、相当な困難が伴うことは避けられない。ましてや、大勢のファンを引き連れて到着したローソンは、まさに鳴り物入りで登場したにも等しかった。その結果、群衆をかき分けてパドックに到達するまでに、彼はかなりの苦労を強いられた。まわりに集まったファンも、ローソンの幸運を祈ると同時に、一瞬でも彼と時間を共有しようと必死だったからだ。

 結局、移動に要した時間は、クルマで来た場合とあまり変わらなかった。そればかりではなく、彼は誰かのクルマに同乗したときよりも、はるかに疲れてストレスを感じていた。リザーブドライバーとして、望ましい心身のコンディションとは言いがたい。

 なぜドライバーたちはサーキットに入るクルマの中で顔を隠したり、あるいは完全にプライベートが保たれる交通手段を好むのか。もしあなたがそんな疑問を感じたことがあるなら、これで答えはおわかりいただけただろう。

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