筋金入りの「プロレス者」映画監督に聞いた!A24『アイアンクロー』に込められた80年代レスラーやレッスルマニア愛とは

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A24が放つ“プロレス映画”の新たな傑作

現在の映画界で最も勢いのあるスタジオ<A24>から、プロレス映画の新たな傑作が誕生した。

『マーサ、あるいはマーシー・メイ』(2011年)などで知られるショーン・ダーキン監督の最新作『アイアンクロー』のモデルになったのは、名レスラーだったフリッツ・フォン・エリック(演:ホルト・マッキャラニー)とその息子たち。得意技でありキャッチフレーズでもある“アイアンクロー=鉄の爪”は、プロレスファン以外にも知られているのではないか。

フリッツは息子たちを鍛え上げ、自身の団体・WCCWで活躍させる。最大の目標は、自分が獲得できなかった業界最高峰、NWA世界チャンピオンのベルトを息子に巻かせることだ。実際、四男ケリー(演:ジェレミー・アレン・ホワイト)が王者となっている。

なぜ名門プロレス一家は「呪われた一族」と呼ばれたのか?

そんな名門ファミリーは“呪われた一族”としても知られることになってしまう。三男デビッド(ハリス・ディキンソン)は日本遠征中に急死。ケリーはバイク事故で右足を切断、義足で復帰したものの拳銃自殺という最期を迎えた。さらに五男マイク(演:スタンリー・シモンズ)も服薬自殺。

兄弟で今も存命なのは次男ケビン(演:ザック・エフロン)だけ。長男ジャック・ジュニアは幼少期に事故で亡くなり、(映画では描かれていないが)六男クリスも自殺している。

悲劇の背景として映画が突きつけるのは、父フリッツの“強さ”、“男らしさ”。彼の息子たちへの愛情とは、一流のレスラーに育てることでしかない。それぞれに対する期待値に順位づけをし、リングで結果を出しても誉めるより先に課題を指摘する。

デビッドの葬儀の日ですら、悲しみにくれる息子たちに「サングラスを外せ。男なら顔を隠すな」と言い放つ父エリックに、ケビンたちの心は引き裂かれる。それでもなお父を尊敬し、兄弟を愛してプロレスに打ち込むしかない。

A24はアカデミー作品賞を受賞した『ムーンライト』(2016年)、アリ・アスター諸作、ヨルゴス・ランディモスの『ロブスター』(2015年)に『聖なる鹿殺し キリング・オブ・ア・セイクリッド・ディア』(2017年)など、どんなジャンルでも斬新で作家性の強い作品を多数、製作してきた。

この『アイアンクロー』も、まさしくA24作品。“プロレス映画”でありつつ、濃厚な家族のドラマを描き出す。

筋金入りのプロレス者! ショーン・ダーキン監督インタビュー

子供の頃に見ていたのはWWF(現WWE)。<レッスルマニア>3から8の時代が最高でしたね。

ダーキン監督は、インタビューでそう語ってくれた。1981年生まれ、<レッスルマニア3>が1987年だから相当に年季の入ったプロレスファンだ。

でも本当に興味があるのは、70年代から80年代初頭のプロレスなんです。各テリトリーにプロモーターがいて(その連合体である)NWA世界王者が最高の権威だった時代。

極彩色でド派手なWWF/WWEに対し、当時のプロレスからは「荒々しくてザラついた雰囲気を感じました」とダーキン監督。本作はフィルムで撮影されており、プロレスの試合シーン以外でも“時代の空気感”が見事に焼き付けられている。

もちろん、試合シーンが大きな見どころなのは間違いない。ケビンを演じるザック・エフロンはじめ、エリック兄弟を演じる俳優たちは肉体改造をほどこし、ほぼスタントなしで70~80年代のプロレスを再現してみせた。

プロレスはショーであり、でも肉体がぶつかり合っているのはリアル。その“痛み”を伝えるためにも、俳優たちに試合シーンを演じてもらうのは大事でした。

「呪われたプロレス一家」の子供たちは今、なぜリングに立つのか

ブルーザー・ブロディやリック・フレアーといった日本でもおなじみのレスラーたちも劇中に登場、そういう面でもプロレスファンは目が離せない。ちなみに監督が好きなレスラーを聞いてみると……。

ブレット“ヒットマン”ハートですね。そのスタイル、佇まいに共感できるものがあったんです。

個性的なキャラクターが山ほどいるWWFにあって、ブレットは大スターであり実力派。口よりも試合で魅せるタイプだった。『アイアンクロー』で中心となるケビンもマイクアピールが下手だった。筆者のリアルタイムの記憶でも、兄弟の中で特に華があったのはデビッドとケリーだ。

自己主張が絶対に不可欠なプロレス界に、もしかするとケビンは向いていなかったのかもしれない。だからこそ、ケビンは父の影響下から、あるいは“有害な男らしさ”から距離を取っていく。

ただ、エリック家の物語には続きがある。本作にも登場するケビンの息子たちは、現在プロレスラーとして活躍しているのだ。それは一族の宿命なのか? 監督の解釈はこういうものだ。

(ケビンの息子)ロスとマーシャルには映画にもカメオ出演してもらい、仲良くなりました。だから言えるのですが、ケビンは父フリッツとは違う形の子育てをしたんです。その上で彼らはレスラーになった。そこが大事なんだと思います。

プロレスというワイルドな世界での悲劇を描きながら、『アイアンクロー』はセンセーショナリズムを武器にはしていない。プロレスを深く理解するダーキン監督がエリック兄弟に向けるまなざしはあくまで優しく細やかだ。過酷な父と子の物語の中で描かれる、ファンタジックな“救い”の場面にも注目してほしい。

取材・文:橋本宗洋

『アイアンクロー』は2024年4月5日(金)よりTOHOシネマズ日比谷ほかロードショー

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