マンガ大賞2024レポート 泥ノ田犬彦『君と宇宙を歩くために』が大賞に 授賞式には手作りの犬の仮面で登壇

「今、いちばん人に薦めたいマンガ」を選ぶ「マンガ大賞2024」が4月2日に発表となり、泥ノ田犬彦の『君と宇宙を歩くために』(講談社)が大賞に選ばれた。

ヤンキー高校生の小林大和は、物覚えがあまり良くなくアルバイトに行ってはミスを繰り返して注意され、居心地が悪くなって辞めてしまうことを繰り返していた。そんな小林のクラスに転校してきたのが、大声で挨拶をしてクラス中を驚かせた宇野啓介という少年。物覚えはよくても何をしたらいいかで迷ってパニックになってしまう宇野は、自分がしなくてはならないことをすべてメモに書くようにしていた。

そのメモがクラスメートに捨てられてしまったのを、小林が拾って宇野に返したことで、2人の関係がグッと近づき、お互いが抱えている悩みを話し合うようになる。「わからないことがある時は一人で宇宙に浮いているみたいです」と言う宇野の言葉に、バイト先で同じような気分になると感じた小林は、自分も変わろうとして努力を始める。

2人は天文部に入って、他人とのコミュニケーションがあまりうまくない部長も交えた学校生活へと突入してく。普通に暮らそうとしても壁に当たってしまう社会を宇宙に例え、その中を歩くために頑張る高校生たちのストーリーが、同じように毎日の生活で居心地の悪さを感じている人たちを頑張ろうという気持ちにさせる。そんな漫画だ。

4月2人に開かれた「マンガ大賞2024」の授賞式に登壇した作者の泥ノ田犬彦は、最初に「多くの人に読んでもらえると想像していなくて、怒られたらどうしようという気持ちが強くて、賞なんて考えたこともありませんでした」と話して、受賞に驚いたことを明かした。「前日に東京に泊まってホテルにいる間、気持ちが斜めになってしまってこれはいけないと思って、とよ田みのる先生の『これ描いて死ね』を読んで号泣して、しっかりしなくてはと心をまっすぐにして来ました」と、授章式の直前まで気持ちが揺らいでいたことを打ち上げた。

その授章式には、「マンガ大賞2023」を受賞した『これ描いて死ね』の作者、とよ田みのるが登壇して、泥ノ田に記念品の盾を手渡した。(メイン写真)とよ田は『君と宇宙を歩くために』の第1話がウェブに掲載された段階で読んでいて、SNSで高評価を与えていた。贈賞式でも、「現実を生きていくのが辛い人を温かく励ます作品でとても好きです」と絶賛していた。

実は泥ノ田は、『これ描いて死ね』が「マンガ大賞2023」を受賞した後、とよ田が出展した同人誌即売会のコミティアを訪れて、とよ田のブースを訪ねて挨拶したという。まだ『君と宇宙を歩くために』の連載が始まっていない段階で名乗りは上げなかったが、授章式で揃って登壇できて嬉しそうだった。

生きづらい人を描く作品ということで、どのようなところから生まれてきたかを授章式で聞かれた泥ノ田は、「すごく才能がある人が何かを解決していくような話ではなく、日常を歩いている話が自分でも読みたいなと思って描きました」と動機を説明した。宇野君を見守る小林の感情を添えて描いていくことで、「ひとつのストーリーにできると思って描き始めました」と振り返った。

宇野君にはモデルがいるそうで、「私はその子のことが大好きなので、そういった子を描きたいと思って描きました」。対して小林の方は、「学生時代に自分の中に悩みがあったけれど、先生からは悩みがなさそうで良いねと言われて衝撃を受けました。それが自分の中で引っかかっていました」と話し、小林を造形する時は、「派手に見えて体も大きく、街ですれ違っても人生を困っていそうには見えないけれど、中身はどうなんだろうというキャラクターにできたら良いなと思って描き始めました」と振り返った。

宇野も小林も、共に生きづらさを抱えているキャラクターで、周囲にはそうした生きづらさの原因になっている出来事を起こすキャラクターたちが登場する。読者によっては、被害者なり加害者の立場で記憶を刺激されることもありそうだが、そうした可能性について泥ノ田は、「できるだけ読んだ後に、特定の誰かが嫌な思いをしないとか、行動がキャラに引っ張られたとしても、その方の人生にネガティブなことをもたらさないようにと思って描いています」と発言。とよ田らから「優しい作品」と言われたことも含め、「そうしたところは意識して描いていこうと思っています」と打ち明けた。

もうひとつ、注意していることとして泥ノ田は、「キャラクターにし過ぎないこと」を挙げた。「宇野君や小林君の行動原理が自分の中にはあって、こういうことをするのはこういう理由があると決めているのですが、それをなぞり過ぎるとキャラになってしまうんです。キャラ立てもさせつつ、やり過ぎたら編集の人に止めてもらえるように伝えています」と話して、客観的な視線を入れつつエンターテインメントして楽しめるものにしていることを訴えた。

「もしも自分だけで描いたら、もう少し暗いものになっていたかも」とも話した泥ノ田。漫画家になろうと意識したのは、五十嵐大介やルネッサンス吉田の作品を読んだ時で、「それまで落書きとか4コマとかを描いていましたが、自分でひとつまとまった話を描いてみたいなと思いました」と打ち明けた。その時に描いた漫画が、「すごく短くて、五十嵐大介先生が好きなんだろうなあと思わせる牛を解体する漫画でした」。その後、コミティアで編集者から声をかけてもらい、アフタヌーン四季賞に応募するかたわら、新たに浮かんだストーリーを漫画にしたのが『君と宇宙を歩くために』だった。

アフタヌーン四季賞に応募した作品も準入選となったが、その作品『東京人魚』も生きづらさを感じている女性の物語だった。もう少しで正社員になれそうだった女性が、付き合っていた男性との間に子供ができて相手からは祝福され、働いていた工場からも決して非難はされていなかったにも関わらず、本人は子供を産んで育てることに不安で、どんどんと猟奇的な感覚に陥っていく。日々の暮らしの中でふと覚える様々な感情をとらえて描く作風が、『君と宇宙を歩くために』にも反映されていると言えそうだ。

授賞式には、ペンネームにちなんで手造りという犬の仮面を被って登壇した泥ノ田犬彦。そのペンネームも、「もともとはシュッとした名前を考えていましたが、漫画を描けなかった時があって、もう1回ちゃんとコミティアに出す漫画を描こうとした時、名前でかっこ付けている自分が恥ずかしくなったんです。自分が描いている時の気持ちは、泥ノ中を犬がああでもないこうでもないとやっているイメージだったので、このペンネームになりました」とのこと。これからも、あがき続ける中から人の心をまっすぐにとらえる作品が生まれてきそうだ。

マンガ大賞は、書店員やマンガ好きが集まった選考員が好きなマンガを5冊ずつ挙げて投票し、投票数の多かった上位10作品が候補作としてノミネートされ、それを改めて選考員がすべて読んだ上で3位までを選んで投票して決める。1位3ポイント、2位2ポイント、1位1ポイントで集計した結果、96ポイントを集めた『君と宇宙を歩くために』が「マンガ大賞2024」に輝いた。

マンガ大賞2024の順位とポイント

大賞 『君と宇宙を歩くために』泥ノ田犬彦 96ポイント
2位 『黄泉のツガイ』 荒川弘 73ポイント
3位 『神田ごくら町職人ばなし』 坂上暁仁 72ポイント
4位 『平和の国の島崎へ』 瀬下猛、濱田轟天 59ポイント
5位 『ダイヤモンドの功罪』 平井大橋 56ポイント
5位 『天幕のジャードゥーガル』 トマトスープ 56ポイント
7位 『正反対な君と僕』 阿賀沢紅茶 50ポイント
8位 『環と周』 よしながふみ 49ポイント
8位 『ひらやすみ』 真造圭伍 49ポイント
10位 『ファミレス行こ。』 和山やま 28ポイント
(敬称略)

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