『ブルックリンでオペラを』レベッカ・ミラー監督 ニュアンスを持って社会を描く【Director’s Interview Vol.395】

ニューヨーク・ブルックリンを舞台に描く、大人のロマンチック・コメディ。メガホンを取ったのは『50歳の恋愛白書』(09)などを手掛けたロマコメの名匠レベッカ・ミラー。ピュリッツァー賞、トニー賞など栄えある賞を受賞したアメリカを代表する劇作家アーサー・ミラーを父に持ち、俳優、小説家、監督として才能を発揮してきた逸材だ。本作を楽しいだけのロマンチック・コメディには終わらせず、現在のアメリカが抱える問題もさりげなく忍ばせたレベッカ・ミラー。彼女はいかにして本作を作り上げたのか? 話を伺った。

『ブルックリンでオペラを』あらすじ

ニューヨーク、ブルックリンに暮らす夫婦、パトリシア(アン・ハサウェイ)とスティーブン(ピーター・ディンクレイジ)。人気精神科医の妻パトリシアは掃除が大好きな潔癖症。一方、人気の現代オペラ作曲家の夫スティーブンは人生最大のスランプに陥っていた。ある日、愛犬と行く当てのない散歩に送り出されたスティーブンは、とあるバーでユニークな船長のカトリーナ(マリサ・トメイ)と出会う。彼女に誘われて船に乗り込んでみると、予想だにしない出来事に襲われ!?その想定外の出会いが、やがて夫婦の人生を劇的に変えてゆく―!

複雑な内容を持ったロマンチック・コメディ


Q:本作はとても面白かったのですが、このような良質な大人のロマンチックコメディは減少傾向にあるように感じます、実際はどうなのでしょうか。

ミラー: それは同感ですね。ただ、ロマンチックコメディと言われる作品は、物語がシンプルなものが多い気もします。本作のようにロマンチックコメディでありながら、ちょっと複雑な内容を有した映画は珍しいと思いますし、そこは自負しているところです。観客の皆さんが観て楽しんでもらえている以上は、ロマンチックコメディも作る価値はあると思いますね。

Q:アン・ハサウェイはプロデューサーとしても名を連ねていて、かなり初期段階から参加されていたそうですね。

ミラー:かなり初期段階でお会いしたので、パトリシア役としては若すぎるのではないかと思いました。それでアンに合わせて当て書きしたんです。その結果、パトリシアは医学生の時に子供を授かりながらも、勉強を諦めず子育てと両立させた役柄になり、その情報だけでも彼女の人間性がわかるようになりました。また、アンは初期から参加してくれたおかげで、キャスティングやスケジュールにも関わってくれた。それで是非プロデューサーとしてもクレジットしようとなったのです。

『ブルックリンでオペラを』© 2023. AI Film Entertainment LLC. All Rights Reserved.

Q:ピーター・ディンクレイジのキャスティングがハマって、マリサ・トメイもとてもキュートでした。二人のキャスティングのポイントを教えてください。

ミラー:マリサとは以前から知り合いで、いつか一緒に仕事をしたいと思っていました。曳船の船長を説得力を持って演じられる役者というと、彼女しかいないかなと(笑)。マリサはチャーミングでリアリティがあって、彼女ならではの美しいセクシャリティもある。カトリーナは、彼女が時間を掛けて作り出してくれたキャラクターでもあるんです。

ピーターはアンとマリサが決まってからキャステイングされました。ポイントは作曲家として説得力があること。そういった役者さんは意外と少ない。ピーターの兄弟はプロのバイオリニストなので、音楽の世界のことをよく知っている上に、自身もすごく音楽性を持っている。そして彼は、魅力的な面とネガティブな感情の両方を併せ持ち、それをダイレクトに観客に伝えることが出来るんです。

ニュアンスを持って社会を描く


Q:富裕層と中間層、ホワイトカラーとブルーカラー、移民から人種の問題まで、“今のアメリカ”がさりげなく入っていました。意図したものはありますか。

ミラー:今回はニューヨークの社会を何層にもしたケーキを作っていくイメージでした。それを1ピース分だけ切り取ると、ニューヨーク社会の断面のようなものが見えてくる。また、社会の複雑な部分に関しては、キャラクターを通してさりげなく示唆したつもりです。人が持つ思想は決してひとつではなく、本作でアンチヒーローに見えるトレイ(パトリシアの息子の彼女であるテレザの父親)もいろいろな面を持っていて、ポジティブな面もあればネガティブな面もある。たぶん彼自身は人種差別的な振る舞いに気づいていないんです。そうやって、レイシズムを大きく表現するのではなく、いかにさりげなく感じさせるかに努めました。ニュアンスを持って社会を描くというのが今回の意図でしたね。

Q:トレイはいわゆるアメリカの保守層にあたるのでしょうか。

ミラー:保守やリベラルといった政治的なことではなく、トレイは単純に「昔が良かったなぁ」と思っている人間。あえてそこを批判的な視点で描きました、彼の趣味は19世紀の南北戦争時代のコスプレをしてロールプレイすることですが、それはつまり、彼は19世紀の男女の関係性に憧れているということ。今のアメリカ自体も19世紀に逆行しつつあり、女性の権利に関する法律は特にそうです。この作品を通じてその辺も感じて欲しいですね。

『ブルックリンでオペラを』© 2023. AI Film Entertainment LLC. All Rights Reserved.

Q:今のアメリカを描きつつも、ジュリアン(パトリシアの息子)やテレザら若い世代の描き方は未来への希望のように感じました。若く燃え上がる愛の中にも冷静な考え方を持っているところが良かったです。

ミラー:ミロス・フォアマン監督の『パパ/ずれてるゥ!』(71)という映画が大好きで、今回の映画を作る際に改めて観直しました。マリファナをやって酔っ払った親がストリップポーカーをやっていると、その真っ只中に娘が帰ってきて、長い髪の娘の姿がマリア様のようにも見えるという面白いシーンがあるのですが、そういったシーンを観ると、若い人たちこそがピュアな存在であると改めて思いました。若い人たちはまだ人生に消耗させられていないし、人生で避けることのできない多くの妥協はまだ強いられていない。テレザが「私たちが誰であるかを忘れることが怖い」と言うセリフがありますが、これは悲しくも美しいセリフだと思います。自分たちが持っているものが失われていくかもしれない、あるいはその可能性が高いということを、彼らは知っているんです。

Q:画面のサイズが、シネマスコープとスタンダードサイズで交互に切り替わりますが、このアイデアはどこから来たのでしょうか。

ミラー:そこに気づいてくれてとても嬉しいです。以前からシネスコとスタンダードの組合せはやりたいと思っていて、今回やっと実現できました。まず船内など狭い場所で撮影をする必要があったので、実用的な点からスタンダードで撮りました。ジャン・ヴィゴ監督の『アタラント号』(34)にもインスピレーションを受けています。一方で外にいるときなどはシネスコで撮影しました。特にオペラシーンはスタンダードで撮るわけにはいきませんからね(笑)。それでスタンダードかシネスコかと考えた時に、良い機会なので今回は二つのサイズを混ぜてみようと決めたわけです。そうやって実用的な点から二つのサイズを使いましたが、内面的なことで言うと、皆の願いが形になるような瞬間や強烈な出来事が起こるときは、スタンダードで撮りました。

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監督/脚本/プロデューサー:レベッカ・ミラー

1962年9月15日、米コネチカット州ロックスベリー生まれ。アメリカを代表する劇作家アーサー・ミラーを父に持ち、夫は元俳優のダニエル・デイ=ルイス。イェール大学で絵画と文学を専攻。ドイツで数年を過ごした後、1987年にニューヨークのニュースクール大学で映画を専攻。卒業後は女優として舞台や映画で活躍していたが、1995年に監督デビューした『アンジェラ』で、サンダンス映画祭においてフィルムメーカーズ・トロフィーと撮影賞、ゴッサム賞でオープンパーム賞を受賞。その後『Personal Velocity:Three Portraits』(02・原題)でサンダンス映画祭審査委員大賞、撮影賞と、インディペンデント・スピリット賞のジョン・カサヴェテス賞に輝いた。その他の監督作には『50歳の恋愛白書』(10)、『マギーズ・プラン 幸せのあとしまつ』(15)、ドキュメンタリー映画『Arthur Miller: Writer』(17・原題)など。小説家としても活躍しており、本作の原案となった短編小説「She Came to Me」が収録されている「Total」を含む5冊の本を執筆している。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

『ブルックリンでオペラを』

4月5日(金)新宿ピカデリー、ヒューマントラストシネマ有楽町、シネ・リーブル池袋ほか全国公開

配給:松竹

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