クボリ流の法曹養成 「生き様を感じ取れ!」 一流弁護士になるための私塾4年目の春

久保利塾で若者に語りかける久保利英明弁護士(2024年3月9日、弁護士ドットコム撮影)

22人の若手弁護士たちの表情には緊張がにじんでいた。登場したのは鮮やかな緑のスーツ姿のレジェンド弁護士・久保利英明氏(79歳)。2021年に始まった「久保利塾」の第4期が3月9日、開講した。

主に5年目までの20〜30代の一人一人が自己紹介した後、久保利弁護士が口を開く。「右も左も分からないと言った人がいたけど、それで弁護士になっていいの?」

自らの仕事を「闘争業」と称するからこそ、若者にも容赦なく活を入れる。大企業の総会屋を排除するなど伝説を残し、現在も薬物問題など不祥事にあえぐ日本大学のガバナンスにも関わっている。

ロースクールが開校した司法制度改革から20年。私塾をつくった背景には、闘わずに小さくまとまる若手弁護士への危機感があった。

●「君は顧客と共に闘えるのか」

久保利塾では、黙っていてはダメだという。違うと思えば反論すればいい。冒頭、久保利氏に早速突っ込まれた男性も負けじと「実務ではどう動くべきか、 そもそも何が問題か分からないこともあるという意味です」と食い下がった。

久保利氏が弁護士にとって最も重要だと掲げるのは、三つのY「優しさ・柔らかい頭・勇気」だ。近年、知識を詰め込んだ「六法全書の四角い頭のまま」と感じている。予備試験を上位で通り、大手の事務所への就職活動にいそしむ風潮を憂う。

「秀才に見られたいから4大(法律事務所)に入る。それが何なんだ。小さい欲でしょう。命をかけてやっているのか」(久保利弁護士)

敗戦後もインドネシアに残り独立運動に関わった柳沼八郎氏や、陸軍パイロットとして炎上事故にあった戸田謙氏など、帰国後に弁護士になった先人を紹介。時代は違えど、生きるか死ぬかの人生をかけた顧客とともに、戦えるのか。自分は切り倒されても守れるのか。久保利氏は、それを問うている。

●OB弁護士「重要な決断の羅針盤」

創塾の経緯について、盟友の岡田和樹弁護士はこう語る。

「優れた弁護士になるには法則がある。人を元気づける力がある久保利先生と一緒に活動することで、それを感じ取れる。部屋に入ってきたらぱっと大きな声で挨拶。基本的に即レス。非常に重要な基本的なことだが、多くの人ができない。こんな大先生でもするということを感じてほしい」

塾生は2カ月に1回、久保利流の生き方に触れることができる。全国の法律事務所から寄付も募っており、受講料は無料。授業後の宴会も、もちろんタダだ。

議論するのに適切な数だという理由から受講者は20人ほどに絞っている。事務所に所属する若年の弁護士が中心だが、インハウスロイヤーや裁判官もいる。久保利氏が顧問をしていた会社の役員が弁護士になって入塾したことも。ただ、読書レポートやプレゼンなどの課題もこなさなければならず、修了できずに途中離脱者も出るらしい。

闘いを生き抜いてきた先達が、どんな経験をし、どの局面で、どんな判断をしたか。それを知る場所なのだ。「わたしは模範でもモデルでもないが、クボリはそう考えるのかとヒントとして受け取ってもらえればいい」(久保利氏)

久保利氏が設立に尽力した大宮法科大学院(現在は閉鎖)で学んだ宮島渉弁護士は、時間を共にし、追体験することの「クボリ効果」を語る。

「言っていることを知りたければ本を読めばいい。存在に触れることが一番の教育効果だと思います。私にとって役立っているのは、重要局面での決断です。一時的には儲かりそうな仕事だが断るなど選択の羅針盤になっています」

この日、入塾した寺西政喜弁護士(27歳)は75期の2年目。倒産を専門とする事務所で、多くの事件処理に忙しい毎日だという。「よくいる多数派の弁護士にならないよう、違う分野にも知見を広げたい」と意気込んでいた。

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