「船出で例えるなら船からロープを外しただけ」カブス号の乗員としてメジャーリーグという大海に乗り出した今永昇太<SLUGGER>

今にも雨が降り出しそうな不穏な曇り空を、今永昇太の第一球が、吹き飛ばしてくれたような気がした。

現地4月1日の月曜日、カブスのホーム開幕戦は、今永の4シーム・ファストボールで幕を開けた。ホップ成分の高い球質=高めに伸びる速球。キャッチャーミットを叩く音が記者席まで聞こえ、割れんばかりの歓声を挙げた観客席が一瞬、揺れた。

「試合前、レフト(観客席下)のブルペンに歩いていく時にも、もの凄い歓声をいただきましたし、カブスのファンの方の熱気というか、選手をすごくリスペクトしているんだなっていうのを感じました」

今永は試合後にそう語った。ゲーム開始時点の気温は摂氏6度前後。それでも彼は「僕は元々、寒さへの耐性はあるし、日本でもずっとしてたので」と半袖のアンダーシャツでマウンドに上がり、ロッキーズの先頭打者チャーリー・ブラックモンに3球続けて速球を投げた。

最後はもちろん高めの速球で、中飛に打ち取ると、2番ブレンダン・ロジャーズは低めのスプリット(本人によるとチェンジアップ)で、メジャーリーグにおける最初の三振を空振りで奪った。

そこから6回2死までノーヒッター。最終的には6回2安打無失点、9三振、無四球でメジャー初勝利! という結果を先に知った人からすれば、すべて順調に思えるだろうが、実はそうではない。

2回、先頭の4番クリス・ブライアントを三塁ゴロに打ち取りながらも、守備に難のあるクリストファー・モレルがあっさり後逸。5番ライアン・マクマーンに投じた10球の速球のうち7球もファウルにされる苦しい展開になった。「まあとにかく、エラーから四球っていうのは良くないですし、何か良くないことが起こったあとに四球が絡むと、自分の中の経験では良くないことがたくさんあった。あそこは上手くストライクゾーンに投げるボールをずっと選択して、それが真っすぐだった」

左バッターに対していつスプリットを投げるのか? と誰もが思ったことだろう。

「相手も反対方向の打撃だったので、真っすぐ投げておけば、引っ張られることはないのかなという分析の中で、(ファストボールは)もうないだろうっていうところで最後、あっちも多分、疑いを持ってた中でチェンジアップを選択できて、ゾーンに近いところに投げられて良かった」

今永の言う通り、13球目のスプリットで空振り三振を奪うと、後続を連続の空振り三振と右飛に打ち取り、味方野手のエラーが本当の意味でピンチに変わる前に、悪くなりかけた試合の流れを強引に引き寄せた。

実はこのエラー、少し尾ひれがついた。

打球初速が102.3マイル(約164.6キロ)だったこともあり、最初の公式記録は「ヒット」だった。

記録が表示されるスコアボードを見たのだろう。今永も初ヒットを許したと思いこんでおり、後に「三塁手のエラー」だったことを知らずに投げ続けたという。

6回2死から、1番ブラックモンにスライダーにバットを合わされて中前打=初ヒットを許した時、地元ファンが拍手喝采で30歳の新人左腕を労った瞬間、今永はエラーがヒットに変わっていたことに気づいたそうだ。 続くロジャースにも連打を許して、2死ながら一、二塁という今度は本当のピンチを迎えたのだから、ノーヒッターを逃したことに何の感情も持つはずがない。

圧巻はこの場面で、4番ノーラン・ジョーンズの初球に投球間隔制限=ピッチクロック違反で1ボールとされながらも91.8マイルの速球、82.4マイルのスライダー、そして92.6マイルの速球で空振り三振に打ち取ったことだろう。

ジョーンズのバットが空を切った瞬間、今永はマウンド上で思わず叫んだ。

「何て言ったかは覚えてないですけど」と今永。

「とりあえず雄叫びを上げて、その後に多分、『Let's Go!』って言ったんで、少しアメリカ人になってるかもしれないです」

会見場がクスクス笑いに包まれたことは、言うまでもないだろう。

現地のベテラン記者から、リスペクトを込められながら「(日本では)あなたはベテランだが」と質問されると、「僕はまだ若いです」とすかさず答えて笑わせるなど、アメリカ人記者とのやり取りも堂に入っていた。個人的に感心したのは、違うアメリカ人記者から、「ロッキーズはゴロによるアウトが1つもなかったが、これはあなたにとって普通のことなのか?」と問われた時の答えだ。

「フライボールが割合高いピッチャーですが、僕はそれが決して良いこととは思ってない。それで打ち取れている時は良いですけど、ハードヒットが増えてきた時に、何か配球を変えたりとか、考えることが増えると思う。フライボールでアウトが取れている時はそのまま続けますけど、それが強い打球が飛び出した時にどうするかが、今後の課題」。 超・超・超訳すれば、「今日は良かったけど、だから何よ?」ということだろう。

当たり前の話だが、今永はメジャーデビュー戦で好投するためだけにカブスと契約したわけではないし、たった1勝のためにメジャーリーグに挑戦しているわけでもない。

「これを船出で例えるなら、まだ船からロープを外しただけというか、まだこれから150試合以上あるわけで、『よし、これでやれるぞ!』なんて気持ちはまったくない。まだまだ自分が苦しいと思う時もあるので、今日は(初勝利の)余韻に浸りますけど、また気を締めて過ごしたいなと思います」

補足するなら、「初めてカブスという名の船に乗ったのに、とてもスムーズにロープを外せた」ということになるだろうか。

とにかく彼は今、カブス号の乗員として港を離れ、メジャーリーグという名の大きな海に出た。今は穏やかに見える海が、この先とこかで荒れることもあれば、嵐にも遭遇するかも知れない。それでもなぜか、彼が航路に迷ったり、操船術に溺れることはないだろうと思う。ましてや彼が、荒れ狂う海のおかげで船酔いするところは想像できない。

「試合が終わった後、(買い物用の)カートに乗せられて、ビールとかいろいろかけられたんですけど、何でも混ぜればいいわけではないなっていうのは、勉強になりましたね」

破顔一笑の今永昇太。

彼が次に酔うのは、この大航海の最終目標、「ペナントレースを制する時」かも知れない――。

文●ナガオ勝司

【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、

アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、

ロードアイランド州に転居した'

01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、

リトルリーグや女子サッカー、

F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'

08年より全米野球記者協会会員となり、

現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。

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