栃木・那須町に一目ぼれ、地域活性化に尽力 那須どうぶつ王国運営・鈴木和也氏(青森・むつ市出身)

那須にほれ込み、地域の活性化に貢献したいと願う鈴木さん。ペンギンなどが登場する企画で人気を呼んでいる

 雄大な自然と食にほれ込み栃木県那須町に移住し35年。「那須どうぶつ王国」を運営する第三セクター「那須高原リゾート開発」の社長・鈴木和也氏(62)=むつ市出身=は「よそ者」にもかかわらず人脈を築き、「顔」と言える存在となった。「地域の人とともにここを盛り上げ、新しい価値をつくりたい」

 「明日から頼むよ」。冬を経て、翌日からの通期営業を前にした3月中旬、ジェンツーペンギンに優しく語りかけた。飼育する20羽が泳ぐ、走る、飛ぶといった運動能力の高さを見せる新企画「ジェンツーラン」が今季の目玉企画だ。

 東京ドーム10個分の敷地に150種700頭羽の動物がいる。マヌルネコやスナネコ、カピバラなど癒やし系の動物が人気だ。可能な限りおりのフェンスを低くし、動物との距離の短さを売りとしてきた。

 「まさか動物園を運営しているなんてね」。鈴木さんが笑う。大学卒業後に入社したのは、東京のホテルチェーン。同社の出発点は元々経営していた老舗旅館のある那須町だった。鈴木さんは、会社幹部の送迎で訪れた那須に一目ぼれした。「空と大地が広がる景観が持つ磁力に引き寄せられた。こんなところで仕事をしたい」。リゾート開発が熱を帯び、夢のあった時代だ。入社後の配属先は人事部だったが、同社トップに直訴し続け入社5年目に念願がかない三セクに異動する。

 任されたのはスキー場開発。この時経験した地元での交渉が後に、那須で濃密な人間関係を築く原点となった。「地域の人たちとのつながりを大切にして、膝を突き合わせて進める地域活性化」は今も仕事のモチベーションだ。

 1994年、ホテルチェーンが撤退した後も鈴木さんは三セクに残る。迷いはなかった。98年に「那須どうぶつ王国」が開国。2006年に支配人となる。

 東日本大震災、そして近年の新型コロナウイルス禍など何度も入場不振の危機に見舞われた。その都度スタッフと知恵を振り絞り、「地域の人に愛される動物園となれば、首都圏からも来てもらえる」と足元を大事にする運営を心がけた。

 動物たちが持つ不思議な力に、救われてきたと思う。東日本大震災後、動物を連れて被災地を巡回。「帰る際、動物の乗ったバスを子どもたちが追いかけてくるのを見て涙が出た。客のいない動物園では私自身が動物に癒やされました」。1年ほどの行脚が客足を戻す後押しとなった。

 那須大好き人間として「地域のためになることを考えている」と胸を張る。地場の食材をふんだんに活用した新・ご当地グルメ「なすべん」はロングランの人気を誇る。

 遠く離れた古里への思いはもちろん強い。那須を「東北と関東のハブ(中継点)として、双方をつないでいきたい」と言う。 
 会社の理念「動物と人間の共生を通じ、驚きと感動を提供する」を愛する那須と来場者にこれからも届けるつもりだ。

すずき・かずや 1961年、むつ市出身。大湊高校、中央大学を卒業後、大手ホテルチェーンに入社。同社と那須町が参画する第三セクター「那須高原リゾート開発株式会社」に出向し、スキー場オープン事業に従事。98年にスタートした那須どうぶつ王国では、2006年から支配人を務める。24年3月から代表取締役社長。「スペクタクル鈴木」を自称し、那須PRに奔走する>

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