JR児島駅から車で約5分のところに、1日1組のための宿ができました。
DENIM HOUSE BON(デニムハウス ボン)です。
2024年3月1日にグランドオープンしました。
DENIM HOUSE BONは、同じく児島にある「DENIM HOSTEL float(デニムホステル フロート)」を運営する、株式会社ITONAMI(イトナミ)の2店舗目となる宿です。
“泊まれるデニム屋”と名前がつけられたDENIM HOUSE BONの特徴や、オープンにあたる思いなどを取材しました。
DENIM HOUSE BONとは
DENIM HOUSE BON(以下、BON)とは、1日1組のための“泊まれるデニム屋”です。
名前のとおり「DENIM」「HOUSE」「BON」それぞれの魅力があり、宿泊者が一つ屋根の下に集まることを大切につくられています。
家族や友達同士、4~6人で宿泊できるいわゆる1棟貸しの宿です。
築90年以上の民家を宿に
BONにたどり着くと、まずは存在感のある門が宿泊者を迎えてくれます。
イ草でできたのれんは、倉敷の須浪亨商店(すなみとおるしょうてん)でつくられたもの。宿に入る前から、倉敷の手仕事に触れられます。
門をくぐると、BONの建物が見えてきました。
重厚感がありつつも、日本家屋ならではの親しみやすさも感じます。
BONの建物は、築年数90年以上。
岡野さんというかたが住んでいたため、スタッフからは「岡野邸(おかのてい)」と呼ばれています。もともとは民家として人が住んでいましたが、別の用途で貸し出したのち、ITONAMIが宿を開くことになったそうです。
ITONAMIの共同代表であるデニム兄弟(兄:山脇耀平(やまわき ようへい)さん、弟:島田舜介さん(しまだ しゅんすけ))と岡野邸の大家さんは以前からの知り合いで、BONを開く以前から岡野邸への思いを聞いていたと言います。
大家さんからは「大切に受け継いできた民家なので、まちのために使ってもらえたらうれしい」との言葉があったそう。
その思いを継いでつくられたのが、DENIM HOUSE BONなのです。
内装はほとんどリノベーションしていますが、建物自体はほぼそのまま使っているそうです。
ITONAMIの山脇さんは「ホコリはあったものの、民家の木の状態はとても良かった。傷んでいるところがほどんどない。つくりが良い証だと思う」と話していました。
そして岡野邸を見たとき「一つ屋根の下で宿泊者が集まる」、まさに家(HOUSE)のようなイメージが浮かび、1日1組限定の宿にすることを決めたそうです。
「BON」は、お盆の特別さをモチーフに
「BON」の名前のもとになっているのは「盆」です。夏の風物詩である、お盆から着想を得たと言います。
お盆とは、死者を弔う(とむらう)ための日本ならではの風習のこと。「人を想うために人が集まる」という、お盆の特別さがモチーフとなっています。
また、「盆」という漢字は「皿」を「分」けると書きます。
人が集まり、みんなで食卓を囲み皿を分け合ってほしいという思いも込めて、BONを手がけていたそうです。
「集まる・囲む・分かち合う」といった時間を過ごせる、BONの空間を紹介します。
土間
BONのドアを開けると、左手には大きな土間があります。
「集まる・囲む・分かち合う」空間をつくるうえで土間は絶対にほしいという思いから、もともとあった床をつぶして土間のスペースを確保し、ゼロからつくったとのこと。
腰かけの部分もオリジナルで制作。建物のなかを見ながらくつろぐも良し、外の庭を眺めるのも良しの、ゆったりとした時間が過ごせる空間です。
山脇さんは「お客様にBONの空間をどう使っていただくか考えたとき、仲が良い人同士がお話しするシチュエーションをつくりたいと思った」そうです。
時間を気にせず他愛のない話を続けられる、日常の延長にあるような特別なひとときを過ごせます。
ダイニング
ダイニングも「集まる・囲む・分かち合う」空間をつくるためにつくられたスペースの一つです。丸テーブルで食卓を囲む場があり、奥にはキッチンがあります。
もともとは食卓とキッチンの間に壁があったそうですが、あえて壁をなくしたとのこと。
食事を準備する人・食べる人が分けへだてなく会話を楽しんだり、つくる人・皿を運ぶ人などの役割分担が自然と入れ替わったりするシチュエーションをイメージして、空間をつくったそうです。
またBONは、夕食・朝食付きのプランを予約できます。
夕食は以下の4種類から選べます。
季節によって内容が変わる場合があり。
- 岡山県産豚のすき焼き
- 瀬戸内の海鮮鍋
- pile定番のラザニアセット
- 郷土料理のばら寿司
朝食は「児島名物のたこめし」。
食材などはチェックイン時に用意されており、火を通す、炊飯器のスイッチを押すなど、最後の工程は宿泊者がおこなうスタイルです。いずれも岡山県内の食材を存分に味わえる、特別感のあるメニューです。
お茶やコーヒーなどのドリンクはありますが、BONのスタッフがセレクトしたワインもあります(別途料金)。
倉敷市船穂町にある「GRAPE SHIP」(グレープシップ)のワインをはじめ、BONのスタッフがセレクトしたワインも楽しめます。
デニム兄弟が手がける、こだわりの内装
DENIM HOUSE BONの名前のとおり、BONではデニム生地やデニム色の内装が際立っています。
BONにある二つの部屋や浴室などを紹介します。
EN
一つめの部屋、「EN」。
縁側の「縁」をモチーフにつくられました。
扉を開けると、クイーンサイズのベッドが一つあります。最大2名まで使える部屋です。
掛け軸などが置かれていたような小さなスペースには、ぴたりとはまったソファが設置されています。
生地はもちろん、デニム生地です。
ふすまを開けると、部屋のモチーフとなっている縁側があります。
庭を眺めていると、毎分毎秒の時間の流れを感じられそうです。
YO
二つめの部屋は「YO」。
太陽の「陽」をモチーフにしています。
手前の和室、奥の洋室と二つのスペースに分かれている部屋です。
奥の窓からは、太陽の光が差し込みます。
チェックインの時間(午後4時~6時)に、もっとも日差しが差し込むそうです。
ベッドがある奥の部屋にはソファがあり、これもデニム生地でつくられています。
手前の畳の部屋にも布団を敷けます。洋室2名、和室2名で最大4名が使える部屋です。
和室の隅には、書斎として使えるスペースも。
もともとは収納スペースだった、この場所。
日本家屋には、掛け軸や収納などの小さなスペースが多くあったことが改めて分かります。
洗面台、お手洗いにはデニム色の内装が
内装は木のあたたかみを残しつつ、デニム色の壁がアクセントになっています。
統一感があるため、おだやかで落ち着いたひとときを過ごせそうです。
アメニティの一部は、ITONAMIオリジナル商品
BONのアメニティの一部には、ITONAMIのオリジナル商品があります。
デニム寝衣は、BONの館内着として利用できます。
触り心地なめらかな素材で、BONで過ごす時間がより快適になるでしょう。
素材は海に廃棄されている漁網(ぎょもう)をリサイクルしたナイロン糸です。少しずつ普及していますが、デニム業界ではいまだに珍しい取り組みといえるとのこと。
瀬戸内海に面した場所に拠点を構えるITONAMIが、海の良さを守りたいという思いから採用した素材です。
再生デニム羽織もBONの施設内で着用できます。
ITONAMIのプロジェクトの一つ「FUKKOKU」(ふっこく)の商品です。FUKKOKUとはデニムを回収後、粉砕して綿の状態に戻し、糸の原料をつくってから再び生地を織り上げて製品にするプロジェクト。
なかでも再生デニム羽織は、日本家屋のBONの雰囲気に合うアイテムです。
東京の高円寺にある銭湯「小杉湯」とのコラボレーションで、デニム回収からものづくりをしてできたそう。
そのほかキッチンには、エプロンや鍋掴みなど実際に使えるITONAMIの商品があります。
デニムのまち児島ならではの体験として、手に取って試してみてください。
ギャラリー&ショップ
そしてBONには、ギャラリーとショップが併設されています。
もともと蔵だったスペースをリノベーションしたそう。
1階にはITONAMIの商品がそろうショップがあります。試着もでき、気に入った商品は購入可能です。
2階には、ITONAMIのこれまでの歩みが知られるギャラリースペースがあります。
紹介されているのは、沿革をはじめITONAMIのプロジェクトについてです。
生産者との出会いやつながりを大切にし、アパレルブランドや宿を運営しているITONAMI。
どのような思いからこれらの活動をしているのかを知ると、ITONAMIのサービス一つ一つがより愛おしくなるはずです。宿だけでなく、ギャラリー&ショップの一面も持つBON。
オープンへの思いや、BONを手がける過程で印象に残っていることなどを、ITONAMIの共同代表である山脇耀平さんに聞きました。
BONを営む、山脇耀平さんにインタビュー
BONオープンへの思いや、BONを手がける過程で印象に残っていることなどを、ITONAMIの共同代表である山脇耀平さんに聞きました。
「集まる・囲む・分け合う」空間づくりへのこだわり
──ITONAMIにとっては2店舗目となる宿、BONを始めた経緯を教えてください。
山脇(敬称略)──
BONの民家はもともと、他で貸し出していました。
その貸し出しが終了したことを大家さんに聞き、構想が始まったんです。「地域のために使ってほしい」という大家さんの思いを、僕たちで引き継げないかと思いました。
──BONの内装はほとんどリノベーションしているそうですね。その過程はITONAMIのみなさんも手がけていると聞きましたが、印象に残っていることはありますか?
山脇──
全体的な話をすると、コンセプトである「BON」に合う空間をどうやったらつくれるのか考え、それを実現していったことです。
BONは「人を想うために人が集まる」という、お盆の特別さがモチーフとなっています。
また「盆」という漢字は「皿」を「分」けると書くことから、みんなで食卓を囲み皿を分け合ってほしいという思いも込めました。
なので宿泊者同士が「集まる・囲む・分け合う」空間をつくれるように、建物内を広く使えるような内装にしたんです。
たとえば、床を壊して土間をつくったこと。
キッチンとダイニングの壁を取っ払って、一つの空間にしたこと。
「YO」の部屋の前にもいくつかの小さな部屋があったのですが、すべてなくしてダイニングから部屋に続く廊下にしました。
それだけ、「集まる・囲む・分け合う」空間づくりにはこだわりましたね。
あとは浴室が家庭用だったので、快適に過ごしていただけるように全面張り替えました。
プレオープン期間にお客様に使っていただいているのですが、「充分ゆっくりと入れています」と言っていただけました。
建物自体の歴史や趣(おもむき)を大切にしつつ、僕たちが大切にしたい思いも表現できるような宿になったと思います。
──大がかりなリノベーションだったと思いますが、「ここは残した」というところはありますか?
山脇──
窓枠や柱は残しています。
窓枠をよく見ると、角が丸くなっていますよね。
これは今の建築のつくりにはなくて、非常に珍しいそうです。大家さんの意向を伺ったうえで残すことにしました。
柱もそのままなので、日本家屋ならではの木のぬくもりが感じられると思います。
仲の良い人たちと過ごせる時間自体が大切
──DENIM HOSTEL float(以下、float)との違いをあえて挙げるとしたら、どのような点でしょう。
山脇──
一棟貸しなので、宿側がすべてのサービスをおこなうのではなく、空間や環境を用意してお客様自身に宿を使っていただくことです。
僕と同じ30代くらいの世代は、自分で料理を振舞って、仲が良い友達とゆったりとした過ごす時間は、日常的に取りにくいのではないかと思います。DENIM HOUSEとあえて「家」と言っているのは、家に友達を招くのと似たような感覚でゆっくりとした時間を過ごしてほしい。
それを旅先でやることの特別感を味わってほしいと思っています。
友達を自分の家に招くとなると、自分がホストで、友達がゲストになりますよね。でも旅先だと、ホストとゲストという分け方はなくなります。集まった人たちがみんなフラットに過ごせるのが、BONの魅力です。
言葉にすると平凡なことのように思うのですが、集まることや食卓を囲むことが今の自分にとっては特別だなと思います。
──山脇さん自身が、「集まる・囲む・分け合う」ことに価値を感じているのですね。
山脇──
僕個人の話をすると、食卓を囲むことの価値は年を重ねるたびに高まっています。
人生のなかで、仲の良い人たちと時間を過ごせる時間自体が大切だし、それが当たり前にできていることが幸せだなと感じているんです。
見たことのない景色を求めてどこかに行く、刺激を求める旅もいいなと思いますが、仲の良い人たちと集まって話す、食卓を囲む時間が、刺激を求めに行く時間に勝るくらい幸せなことだと思います。
なので、空間自体を仲の良い人たちと自由に使えて、話したり食卓を囲んだりできる宿があったら個人的にはうれしくて。
floatでは空間的に叶えられないこともあるので、BONの空間を見たときに、ここでは「集う・囲む・分け合う」ことが叶う場なのではないかと思いました。
それに、家のようなスタイルの宿は児島ではなかなかないので、僕たちがチャレンジしてみてもいいのかなと思った次第です。
自分たちにとっての必然を大切に
──宿にギャラリー&スペースがあるのも、新鮮さを感じました。
山脇──
floatを運営していて、僕たちの思いを伝えきれていないのがもどかしくもあったんです。
BONに来ていただいたかたには僕たちの成り立ちを深く知ってもらいたいと思っていました。
なので構想段階からギャラリーとショップはつくろうと思っていて。
叶えられたことはうれしく思います。
──児島という地で2店舗目の宿をやることに、何かの意味は感じていますか?
山脇──
僕たちが児島に来たのは、児島にデニム産業があって、ものづくりをしている人と出会ったからです。
そしてfloatを開き、アパレルブランド内でプロジェクトをおこない、さらに2店舗目の宿を開くことになりました。児島で活動することのこだわりはありますよね。
もしかしたら、誰かに「何でここでやっているんだろう」と思われているかもしれない。BONは児島のなかでも住宅街にありますし。
でも、BONも大家さんとの出会いがあってオープンすることになった。
僕たちが児島に根を張っていることも、BONをやることも、人との出会いというストーリーがあります。そのストーリーは、僕たちにとっては必然なんです。
他の人に不思議に思われても、僕たちは僕たちにとっての必然を大切にしたいし、僕たちにとって良い場所だと思えるところであればチャレンジも続いていくのではないかなと思っています。
──最後にメッセージをお願いします。
山脇──
仲の良い人たちと一緒に、楽しめる空間をつくっていけるのがBONの醍醐味(だいごみ)だと思います。「この時間にこう過ごしてほしい」というお客様への要望はあまり詰め込んでいないので、思い思いに過ごしていただけるとうれしいです。
僕たちも泊まりましたが、話しているとあっという間に時間が経ちます。ダイニングの円卓も話しやすくて。
「泊まりに来たから何かしなきゃ」とわざわざ特別な行動をするのではなく、「話していて盛り上がったらあとは寝るだけ」と、家のように過ごせる宿になりました。顔を合わせ続けられる空間だと思うので、話したり食卓を囲んだりと自由に楽しんでもらえたらうれしいです。
また、floatを開業して約4年半で2店舗目の宿をオープンすることになりました。
floatに来ていただいたかたに、新たな宿を案内できることもうれしく思います。
BONの魅力もいろいろな人に伝えていきたいです。
おわりに
「食卓を囲むことの価値が高まっている」と話していた、山脇さんの言葉が印象的でした。
何気ない日常にこそ価値がある。そのようなことを、BONではじんわりと感じられるのだろうなと思います。
また、話したり食卓を囲んだりすることが無理なく自然と続く空間づくりのていねいさに、息をのむような取材でした。
人との出会いやつながりを大切にしてきたITONAMIの2店舗目の宿、BON。
気のおけない友達や家族と、日常の延長にあるような素朴で愛おしい時間をBONで過ごしてみては。