川勝知事の辞意表明…リニアの命運を決める戦いが始まる|小林一哉 急転直下、辞意を表明した川勝知事。しかし、本当の戦いはここからだ――。

突然の辞任表明

辞意表明した川勝知事(筆者撮影)

静岡県の川勝平太知事は4月2日午後6時頃、新規採用職員向けの訓示で行った「差別発言」の囲み取材で、突然、辞意を表明した。

取材の最後に「6月県議会をもってこの職を辞そうと思っている」と述べたのである。

静岡県議会議長宛に正式に辞職届を提出後、6月19日開会の県議会に出席した上で辞職する手続きを取るようだ。

いつ辞職届を提出するのかなど詳しい説明は一切、しなかった。

何よりも、川勝知事の意向に従って、議論が行われてきたリニア静岡問題については全く触れていない。

今後のリニア中央新幹線の静岡工区着工に大きな影響が出るのは間違いない。

リニア静岡問題が解決に向かうのか不透明な状況はいまも続いている。

国のリニア静岡工区モニタリング会議が3月29日開かれたばかりだった。

そこで、丹羽俊介JR東海社長は、静岡工区の遅れで、東京―名古屋間の新たな開業時期を見通すことはできないとして、「2027年のリニア開業断念」を公式の場で初めて明らかにした。

さらに、リニア南アルプストンネル静岡工区の工事期間は「約10年」掛かると説明した。

翌日30日の朝刊は、中日新聞が1面トップ「リニア開業34年以降」と大きな横見出し、静岡新聞も1面トップ「リニア開業34年以降に」と縦の大見出し、袖見出し「静岡工区着工できず」などと伝えた。

静岡工区の工事にいますぐに着手しても10年掛かるから、2034年開業の見込みという計算は間違いない。

だから、各紙とも「リニア開業34年以降」を伝えるほぼ同じ見出しを使った。

ただ「34年以降」では、いったい、いつなのか非常にあいまいであり、読者にはあまりにも不親切である。それが川勝知事の退場によって大きく変わるかもしれない。

一歩も進まなかったJR東海との「対話」

そもそもいますぐ静岡工区の工事に着手することを前提にして、2034年以降開業とした。実際には「いますぐ着手」など無理な話である。

いつ着手できるのかいまも全く不透明である。来年に着手できることさえ誰もが無理だと承知している。

何よりも早期着工が必要なのは、工事が南アルプスという最難関地域で行われることである。

工期10年よりもさらに遅れる可能性が高いことは誰もが理解できる。

静岡工区のトンネル掘削工事(斜坑、先進坑、本坑)は掘削延長が約8・9キロと長く、糸魚川静岡構造線、中央構造線が通る世界最大級の断層地帯であり、畑薙山断層帯などぜい弱な破砕帯がつづく。
実際に掘ってみなければ、大量の湧水など何が起きるのか全くわからないほど不確実性が高いからだ。

モニタリング会議後の取材で、JR東海は「技術的な観点から工期短縮は厳しい。工期が延びる可能性は十分にある」との見方を示した。

つまり、リニア開業はさらに遅れる可能性を示唆している。実際には、そこのところは不明である。だから、1日も早く着手しなければない。

リニア静岡問題の解決できるかどうかは、ひとえに川勝平知事の存在に掛かっていた。

モニタリング会議のあと、リニア開業を遅らせている当事者の川勝知事は「JR東海との『対話』をできる限り速やかに進めていく」とのコメントを出している。

川勝知事の言う『対話』は、水資源の保全をテーマにする県地質構造・水資源専門部会、南アルプスの自然環境保全を議論する県生物多様性専門部会が担っている。

筆者は、2018年夏から、その2つの専門部会で県とJR東海との『対話』の席に必ずいた。

『対話』を開始してから、6年目に入るが、当初から一歩も前に進んでいない。水資源や南アルプスの自然環境で何らかの解決策がまとまったことは一度もない。

「会議は踊る」のたとえ通りに、単に『対話』をしているだけであり、そこには解決へ導こうとする姿勢がなかった。

解決の道は川勝知事退場しかない

購入→http://amzn.to/3Jr21AJ

反リニアに徹している川勝知事の意向に沿って、県専門部会は、JR東海へ言い掛かりをつけるのが役割となっていた。

川勝知事の「姿勢」が変わらない限り、『対話』によってリニア問題が解決できることなどありえないことはわかっていた。

だから、ほとんどの人が、川勝知事の退場しか解決の道はないと見ていた。

今回、丹羽社長は「静岡工区の遅れは、名古屋までの開業時期の遅れに直結する。2027年に実現できる状況にない」と、2027年リニア開業の断念を明らかにしたことで、すべてのメディアが一斉に詳しく報道した。

リニア開業を遅らせる川勝知事への厳しい批判が殺到した。

批判の嵐が続いたあと、川勝知事の辞意表明の直接のきっかけは、4月1日の新規採用職員向けの訓示で職業差別ととれる発言を行ったことである。

読売新聞のみが地方版で『知事訓示「県庁は知性高い」「野菜売るのとは違う」』という見出しで、大きく報じた。

これにテレビ各局が追随し、SNSなどで知事の「差別発言」が広がり、県庁には400件を超える抗議の電話やメールが殺到した。

筆者は、2日午後6時から、川勝知事の説明を求める囲み取材が行われることを聞いたが、いつも通りにわけのわからない釈明で終わると考えていた。

まさか、その席で辞意表明をするなど県幹部も知らず、その後の報道で筆者も驚きの声を挙げた。

これまで川勝知事は失言暴言などさまざまな不適切な発言を繰り返しても、何とか切り抜けてきたからだ。

2021年暮れ、静岡県議会で、「御殿場にはコシヒカリしかない」とする地域差別発言を理由に辞職勧告決議を採択された。

それに対して、川勝知事は「(わたしは)権力のある方に対しても、間違っていると思えば、失礼であることを承知しながらも、はっきりと物申す。南アルプスのトンネル工事は責任をもって県民にどうなっているのかを伝えるという、これまで通りの仕事をしながら責任を取っていく」と述べた。

あまりにもかっこう良すぎる発言にうなずく県民も多かった。

命運を握る選挙

実験線でのリニア(JR東海提供)

いざリニア問題となると、川勝知事は?正義派?を気取った発言を繰り返した。

失言暴言の多い川勝知事だが、リニア問題に関しては正しいと思い込んでいる県民が多いのも確かである。

ただ今回は、反リニアに対する批判が続き、神通力も失われたのだろう。

リニアは静岡県にはあまり大きな意味を持たない。

昨年、岸田文雄首相の指示で、静岡県のメリットとして、東海道新幹線のひかり、こだまが増発されることが示された。それで非常に便利になると思う人のほうが少ないだろう。

川勝知事が退場したあと、リニアの命運を握る選挙が行われる。

リニア推進かどうか全国的に注目を集める選挙になるだろう。

リニア開業を一日も早く実現するためには、いったい、何をすればいいのか?

中島みゆきの歌った「地上の星」が主題歌となったNHKのプロジェクトXでは、黒四ダムや青函トンネルなどの超難関工事がテーマとなった。

昭和時代の懐かしい話である。

映画「黒部の太陽」では、黒部第4発電所建設の過程で、さまざまな苦闘を経てダムに通じる輸送用トンネルの貫通までが最大の山場となった。

突発湧水によって、多くの作業員が何度も危険な目に遭うシーンがリアルに描かれた。昭和時代の黒四ダムは、延べ作業員1千万人、6年11カ月が掛かった。

令和時代のリニア南アルプストンネルでは、静岡県庁での『対話』だけで黒四ダム同様に6年余が掛かっている。

1日も早く『対話』を終わらせても、10年掛かるという南アルプスの厳しい自然と闘う工事が始まるのである。

これまで、JR東海は日本の未来のためにリニアがどうしても必要だというPR不足が目立っていた。まず、それが必要である。

リニア開業で何が大きなハードルとなっていたのか、川勝知事のリニア妨害の真実もちゃんと伝えなければならない。

リニアの命運を握る決戦の火ぶたが切られる。

小林一哉(こばやし・かずや)

© 株式会社飛鳥新社