私たちが“選ばなかった道”に思いを馳せる『パスト ライブス/再会』

Place: NY/ホリディカクテルラウンジ

本年度、米国アカデミー賞で作品賞と脚本賞にノミネートされた、セリーヌ・ソン監督の原体験を基に描く『パスト ライブス/再会』。もし、あの時違う選択をしていたら、私たちは今どうなっていたんだろう?(文・児玉美月/デジタル編集・スクリーン編集部)

▶︎『パスト ライブス /再会』関連記事はこちら

封切り4スクリーンから、アカデミー賞2部門ノミネートへ

セリーヌ・ソンによる映画監督デビュー作となった『パスト ライブス/再会』は封切り時わずか4スクリーンから始まったが、第96回米国アカデミー賞で作品賞と脚本賞の二部門にノミネートされるなどさまざまな映画賞を受賞する快挙を果たした。

ノラ役にはドラマシリーズ「ザ・モーニングショー」などで知られる韓国系移民二世の俳優であるグレタ・リー、ヘソン役にはドイツ出身でニューヨークやベルリンなどでキャリアを積んだ国際派のユ・テオ、アーサー役にはケリー・ライカート監督作『ファースト・カウ』(2020)『ショーイング・アップ』(2022)などにも出演しているジョン・マガロがそれぞれキャスティング。

新進気鋭スタジオA24と韓国大手配給会社CJ ENMによるタッグがここに実現した。

あらすじ

韓国のソウルに暮らす12歳のノラとヘソンは、お互いに淡い恋心を抱いていた。ある日、両親の仕事のためノラはカナダのトロントへと海外移住することに。その12年後、24歳になったノラはニューヨークで劇作家として活躍し、一方ヘソンは兵役を経てエンジニアとして就職を果たす。二人はオンライン越しに再会して言葉を交わしていたものの、その時間も再び途絶えてしまう。そして更に12年後、二人はニューヨークで運命の7日間を過ごす……。

登場人物

Place: NY/ホリディカクテルラウンジ

ノラ (グレタ・リー)(画像中央)

ニューヨークで劇作家として活動し、同じく作家のアーサーと結婚して暮らしている。

アーサー (ジョン・マガロ)(画像右)

作家であり、ノラの夫。妻の元恋人の予期せぬ来訪に心が揺れるが、穏やかで優しい。

ヘソン (ユ・テオ)(画像左)

ソウルでエンジニアとして働いている。交際中の恋人がいるものの、関係には行き詰まっている。

『パスト ライブス/再会』を更に楽しむ為のキーワード3

自身の原体験に基づくオリジナル脚本

Place:NY/2022年に引退した NY地下鉄の最古参車両R32にて

本作には、ノラと同じく自身も12歳でソウルからカナダに移住し、ニューヨークを中心に活躍する劇作家であるソン監督の記憶が反映されている。

深夜のバーでアジア系男性と白人男性にアジア系女性が挟まれているオープニングは本作でも印象的なシーンだが、ソン監督もまた同じシチュエーションを経験したという。ソン監督はその時を「まるでSFの中にいるようで、文化も時代も場所も言語も超越している感覚でした」と振り返る。

本作のキーワード、縁─イニョン─

Place: NY/マンハッタン島を一周できるサークルライン観光クルーズ

「イニョン」は、“摂理”や”運命”といった意味を持つ韓国語。現世で交差するのは、前世で二人の間にさまざまな繋がりがあったからだとされる。それは劇中で仏教に基づくとも説明されるが、韓国の文化では馴染み深い考え方。

ヘソンとアーサーは自分たちの間にも「イニョン」があると話す。「イニョン」は決して、男女だけにあるとは限らない。前世と現世と来世、輪廻転生のモチーフは『パスト ライブス』にとってきわめて重要なものだ。

描かれている女性像が現代的!

Place:NY/ヘソンとノラの再会はマディソン・スクエアパークで

ノラは成績でヘソンに負けて二番手になると涙するほど競争心が強く、わずか12歳で同級生たちに「韓国人はノーベル文化賞を取れないから」カナダへ移住するのだと宣言してみせる。

『パスト ライブス』は12歳、24歳、36歳の三幕構成になっているが、それぞれの章でノラ自身が自分の人生の選択を決断する瞬間が訪れる。つねに夢と目標を持ち、キャリアを追求できる生活の土壌を守ろうとするノラは、その意味で現代的な女性といえるだろう。

セリーヌ・ソン監督 インタビュー

Photo by Getty Images

セリーヌ・ソン監督 プロフィール

1988年、韓国・ソウル出身。父は『ナンバー・スリー NO.3』を手掛けた映画製作者のソン・ヌンハン、母はイラストレーター。12歳のころに家族とともにソウルからトロントへ移住。映画デビュー作となる本作で、アカデミー賞にノミネート。長編映画第2作『The Materialists』(監督・脚本)を、A24のもとで製作中。

“愛というのは、自分が差し出すもの、捧げるものです。そして、見返りを期待しないものです”

──この映画はあなたの自伝的な作品だそうですが、どのような経験や感情を、あなたの記念すべきデビュー作で描きたいと思ったのですか?

そうですね。この映画は、私の人生で起きたことや心に残ってる情景を元にして作ったものです。なので、非常にパーソナルなことや、思い出が元になっていたりします。実際、映画のオープニングシーンと全く同じ経験をしました。それがこの映画を作る大きなきっかけとなりました。

ある時、(NYの)イーストビレッジのバーで、子供の頃に好きだった人と、白人でアメリカ人の夫に挟まれて座るという経験をしました。2人は英語と、韓国語で、同じ言語を話せなかったので、私が2人の間に座って通訳をしました。

その体験が特別だと思えたのは、本来だったら絶対に出会うはずもない2人が、私がいるからというだけで出会い、しかも私のためにお互いを知ろうと最善の努力をしていたことです。その姿を見て、この2人にものすごいつながりを感じたし、感動しました。

ここにいる3人は、お互いを大事に思うからこそ、それぞれ最善を尽くそうとしている。そして、それを見て私が感じたことは、映画になるのかも?!と思えたのです。

──あなたはこの映画を「誰かとデートすることを描いたものではなくて、愛について描いたものです」と言っていましたが、それについてもう少し詳しく話してもらえますか?

デートするというのは、その人を自分のものにする、みたいな感覚があると思います。実際、彼女を自分のものにするとか、または逆にその人を手に入れることができなかった、みたいな言い方をすると思うのです。その人を『キープする』みたいにも言ったりすると思います。

でも、愛というのは、自分が差し出すもの、捧げるものです。そして、見返りを期待しないものです。本作のヘソンはそういう愛を感じられる人であり、ノラも2人の男性からそれを感じています。アーサーももちろんノラに対してそういう愛を持っていて、そして最終的には、アーサーとヘソンですらそういう愛をお互いに感じていると思うのです。

つまりこの映画は、2人がデートをすることを描いた物語ではないし、2人が愛し合うことを描いた物語でもありません。お互いを愛することができる3人の物語なのです。

──この映画の中では、ノラがマスキュリニティに対してコメントする場面がありますが、今の社会でマスキュリニティは大きな問題になっています。それに関して、間接的に指摘したのでしょうか?

私はこの映画の中で、自分も好きで、良いと思える主人公達を描いています。それで、マスキュリニティ(男性性、男らしさ)というのは、“強さ”を見せるものだという点において、時に誤解されていると思うのです。

私は、マスキュリニティは好きですし、本当の強さを見せるマスキュリニティなら良いと思うのです。私が好きなマスキュリティというのは、自分の自信のなさや弱さ嫉妬などを抑える“強さ”があることです。だから、ここで言う“強さ”と言うのは、愛する人のために自分の気持ちを抑えて、耐えられること。なので、この映画で描いているのは、私にとってのマスキュリティと男性の愛すべきところ、についてです。

今の社会の問題を指摘しているというものではなくて、むしろ私が愛すること、大事に思うことを表現したものなのです。

グレタ・リー × ユ・テオ インタビュー

Photo by Getty Images

グレタ・リー プロフィール

1983年に、韓国系移民2世として生まれる。アメリカ・カリフォルニア州ロサンゼルス出身。Netflix「ロシアン・ドール」(2019〜)と、Apple TV+「ザ・モーニングショー」(2021〜)で注目を集め、『スパイダーマン:スパイダーバース』(2019)『スラムドッグス』(2023)など声優としても活躍。

ユ・テオ プロフィール

1981年生まれ、ドイツ・ケルン出身。ニューヨークとベルリンで独立系の映画や演劇作品に出演してキャリアを重ね、2009年よりソウルに拠点を移す。近年の出演作に「保健教師アン・ウニョン」(2020)、『担保』(2020)、『別れる決心』(2022)、「その恋、断固お断りします」(2023)などがある。

“全てのシーンにおいて、とにかくその瞬間にいること、という演技をするように心がけました”

──主人公の2人は、出てきた瞬間に誰もが大好きになってしまうキャラクターだと思いました。あなた達にとって、すぐに共感できる役でしたか?

グレタ・リー ノラのことはすぐに好きになりました。ノラは、私よりずっと大きくなってから移民した韓国系カナダ人で、私はノラに比べたら移民としての経験は少ないです(*彼女の両親は韓国生まれで移民。彼女はアメリカLA生まれ)。

ノラは本当に野心的で、それが負担になっているわけでもなくて。彼女くらいの若さで、すでにこういう賞を全部取るんだと、目標を立てていて、素晴らしい人生を夢見ていて、心から好きでした。彼女は、恐れがないし、自分がどんな男性を選ぶのかで人生が決まるとも思っていない。彼女は本当にカッコ良い女性だと思いました。だから大好きです。

ユ・テオ 僕の場合は、むしろ脚本全体が大好きになって、ヘソンという役に対して同情したという感じでした。ただ究極的には、彼は僕自身とは大きく違う人間だと思いました。この脚本は最初に読んだ瞬間からものすごく感動してしまいました。読んで泣いてしまったんです。脚本を読んで泣くというのは、あまりないんです。

そして、セリーヌ(・ソン監督)が、”イニョン”という文化をすごく明るく分かりやすく西洋の観客に紹介してくれてすごく嬉しかったし、幸運であるとすら思いました。なぜなら韓国の文化において日々の生活の中ですごくカジュアルに使うからです。

──演技する上でとりわけ難しかった・嬉しかったシーンはありましたか?

グレタ 全てのシーンがそうでした。全て(笑)。アジア系アメリカ人女性として、私のこれまでのキャリアで、私はアジア系で、アジア系というのはどういう人達で、というのを説明するような役ばかりを演じてきました。

でもこの役は、何よりも女性であるということが第一の役だったのです。だから全てのシーンにおいて、とにかくその瞬間にいること、という演技をするように心がけました。

テオ 僕の場合は、か弱さがある男性の役を、これまでも演じてきたように思います。だから僕にとっては、こういう役を演じるのは、それほど難しいというものではありませんでした。

グレタ テオにとっては簡単だったってことですね(笑)

テオ (笑)僕が演じる上ですごく役に立ったのは、グレタがノラを演じるにあたり、技術的な面で苦労し、このシーンに相応しいエネルギーを探そうとしているのを見ていることでした。

今回僕はグレタの演技を目撃していれば良いだけだったんです。だから、彼女のような女優が、勇気を出して自分がこれまでにやったこともない演技をするのを目の前で見れたことが、僕に物凄い影響を与えてくれました。

▶︎『パスト ライブス /再会』関連記事はこちら

『パスト ライブス /再会』
2024年4月5日(金)公開
アメリカ/2023/1時間46分/配給:ハピネットファントム・スタジオ
監督:セリーヌ・ソン
出演:グレタ・リー、ユ・テオ、ジョン・マガロ

Copyright 2022 © Twenty Years Rights LLC. All Rights Reserved

© 株式会社近代映画社