【イベントレポート】芦澤明子×山崎裕 映画はこうして作られる 撮影監督と語る夜【CINEMORE ACADEMY Vol.30】

2023年11月21日に開催されたトークイベント「芦澤明子×山崎裕 映画はこうして作られる 撮影監督と語る夜【CINEMORE ACADEMY】」のレポートをお届け!

今回の【CINEMORE ACADEMY】ゲストは撮影監督の芦澤明子さんと山崎裕さん。二人のキャリアを合わせると何と100年に迫る勢いのレジェンドカメラマン。そんな彼らが最新作(イベント開催時)で捉えたのは「春画」。芦澤明子さんが撮影した劇映画『春画先生』、山崎裕さんが撮影したドキュメンタリー『春の画 SHUNGA』。劇映画とドキュメンタリー、レジェンドたちは春画をどう捉えたのか? お二人のフィルモグラフィも振り返りながら、レジェンドたちの撮影術に迫る!

第一部「撮影監督 芦澤明子×山崎裕」


第一部「撮影監督 芦澤明子×山崎裕」では、2人のキャリアにまつわるトークが展開。芦澤さんは、ピンク映画の助監督を経て独立、その後CM撮影などに携わり、平山秀幸監督の『よい子と遊ぼう』で初めて劇映画の撮影監督を務め、その後も『トウキョウソナタ』、『南極料理人』、『わが母の記』などに参加してきた。

山崎さんは日大在学中に学生運動の記録映画に参加し、その後も数多くのドキュメンタリーに参加。是枝裕和監督の『ワンダフルライフ』で初めて劇映画の撮影監督を務め、『誰も知らない』、『歩いても 歩いても』などの是枝作品や、河瀨直美監督の『2つ目の窓』、森達也監督のドキュメンタリー『FAKE』などでカメラマンを務めてきた。

2人の出会いは芦澤さんがカメラマンとして独立した1983年前後。初めてビデオカメラを肩に担いで撮影に臨むにあたり、山崎さんに助言を求めたそうで、カメラの持ち方や様々な工夫について、山崎さんからアドバイスを受けたという。芦澤さんはTV番組「Nationalドキュメンタリー特集」で山崎さんが撮影した、ブロードウェイに挑む若者たちを追った「オーディション」を見て、「この人たらしのカメラマンは何なんだ…? (被写体の)女性への距離感やインタビューに感動しました」と明かし、その山崎さんに会って相談できることに「ワクワクしました」とふり返る。

当時はCMの仕事が多かったが「CMの世界は女性が入れる度量があったし、勢いがあり、才能ある監督が集まっていて学ぶことが多かったですし、それがいまでも血肉となっています。(CMディレクターの)関口菊日出さんが新人の私に言ってくださった『カメラの前の被写体は、今日出てきた若者も巨匠もみんな孤独なんだよ。孤独な人を最初に見つめるのが君の仕事』という言葉を、いまでも思い出しながら撮影に臨んでいます」と語る。

山崎さんは日大在学中に60年代安保闘争の記録映画に参加したが、労組がゼネストで線路への座り込みを行ない、社会党の浅沼稲次郎(のちに右翼青年に刺されて死亡)がその応援に足を運んだ際の思い出を述懐。「浅沼さんはニュースや新聞のカメラマンを後ろに連れてきていて、僕だけ逆から(浅沼氏とカメラマンたちを)撮ったら『このガキ、どけ!』と石を投げられました。『報道はみんな一緒になって撮るものなんだ…。こっちのほうが面白いのに』と思いました」と当時から、独自の批評的な視点を持ってカメラを構えていたことをうかがわせた。

そんな芦澤さんと山崎さんが、影響を受けた作品を尋ねると、芦澤さんは『暗殺の森』(監督:ベルナルド・ベルトルッチ、撮影:ヴィットリオ・ストラーロ)と『無常』(監督:実相寺昭雄、撮影:稲垣湧三)、山崎さんは『勝手にしやがれ』(監督:ジャン=リュック・ゴダール)、『抵抗(レジスタンス) 死刑囚の手記より』(監督:ロベール・ブレッソン)とレンブラントの絵画「羊飼いの礼拝」、「夜警」を挙げる。

芦澤さんは『無常』について「移動を連発する画に惚れました」と語り、『暗殺の森』については「いまでも私たちがトライしなくてはいけない課題をあの時代にクリアしている」とし、特に車中での2人の人物の画について「冗漫になりがちなシーンですが丁寧に撮っていて、明暗の付け方も個性的。いまでも気が弱くなると、この映画を観て力づけられます」と称賛する。

山崎さんは19歳の時に『勝手にしやがれ』をロードショーで見て「映画ってこんなに自由なものなのかとたまげた」と明かし、『抵抗』についても「カメラで人間の行為をどう分析・分解し、積み重ねていくかということを示している」と語る。レンブラントの絵画については「ロンドンにいた頃、小さな作品を観て、最初は写真だと思った。光源がロウソクやランタンなどハッキリしていてリアリズムがある。レンブラントの絵を観てから常に光源を意識するようになった」と影響の大きさを口にする。

また、自身が携わった思い出深い作品についても尋ねると、芦澤さんは原田眞人監督の『わが母の記』を挙げ「照明技師とVEと一体となって、攻めの撮影ができたことを誇らしく思います」とふり返る。撮影当時、原田監督とは「フィーリングが合わなかった」と明かしつつ「でも結果的に良いものができたし、原田監督の奥様の『違った者同士だったから良いものができることがあるのね』という言葉が救いになりました。良い作品になったと思うけど、その後、原田監督からオファーはありません(笑)」とユーモアたっぷりに語った。

一方、山崎さんは是枝監督の作品の中で『誰も知らない』について「春夏秋冬を通して撮影しながら子どもたちの成長にも付き合っていくその関係性がものすごく楽しかった。ドキュメンタリーみたいな撮り方だけど、フィクションにきちんと向き合う意識で撮っていて是枝監督とつくった映画の中でも印象深い」と明かし、『歩いても 歩いても』については「是枝監督のホームドラマ的な作品の中で一番完成度が高い」と称賛し「原田芳雄さんとか樹木希林さんといった役者のすごさを撮らせてもらい、フィクションドラマを撮るという意味で印象に残っています」とふり返った。

ちなみに、是枝監督作品には長編2作目の『ワンダフルライフ』から参加しているが、その前のデビュー作『幻の光』(撮影:中堀正夫)にも言及。試写で同作を見た山崎さんは是枝監督に「ヨーロッパで高く評価されますよ。(賞を)獲るなら中堀の撮影賞だな」と声をかけたそうで、実際に同作はヴェネツィア国際映画祭で金オゼッラ賞(撮影賞)を受賞した。だがその後、是枝監督は侯孝賢のドキュメンタリーを撮った際に『幻の光』について「侯孝賢から『絵コンテ通りに撮っただろう? それで面白いのか? 映画はその場で光も芝居も変わるものだ。そこに向き合って撮っていくのが面白いんじゃないのか?』と言われて衝撃を受けたらしいです」と明かし、『ワンダフルライフ』では自身がTVドキュメンタリー出身であることをふまえ「TVをベースにしたディレクターが撮る映画を撮ろうとして、ドキュメンタリー経験のあるスタッフを集めた。自身の出発点をリセットしたんじゃないか?」と推察した。

また、山崎さんはドキュメンタリーで関わった印象深い作品として「僕たちはあきらめない 混迷するハイチと子供たち」と「なぜ隣人を殺したか ルワンダ虐殺と煽動ラジオ放送」の2本に触れ、「ハイチでは子どもたち3人を追いかけたんですが、2日目くらいに監督に『街を歩いているだけですよ』とボヤいたら『当たり前でしょ。それが日常よ』と言われてハッとしました。歩いているだけでも、彼らの表情や関係性を見ないといけないし、丁寧に見てみるとすごく興味深いんです。勉強になりました」と述懐。ルワンダでの撮影に関しても「加害者を撮らないと問題が見えてこないと感じていた」と語り、「普段、手持ちのカメラが多かったんですが、手持ちでは自分の感情が無意識に出てしまう。それを活かして手で持つことが多かったんですが、加害者に向き合うこの時だけは、客観的に撮るために固定にしました」と明かした。

第二部:『春画先生』『春の画 SHUNGA』をどう撮ったのか?


トークイベント第二部では、『春画先生』と『春の画 SHUNGA』の撮影について2人が語り合った。『春の画SHUNGA』を見て芦澤さんが感じたというのが「聞き出しの上手さ」を。春画というセンシティブな題材を扱うだけに「(被写体が)普段なら言いづらいことを話しているけど、すごくスムーズに普通の話をする延長のように話していて、そういう空気をつくり出しているのを強く感じました」と、映画を通じて現場に“話しやすい”空気感が醸し出されているのを感じたと語る。

さらに、過去に感銘を受けた先述の「オーディション」と同様の山崎さんらしさを感じたというシーンとして横尾忠則氏が登場する場面について言及。「横尾さんが、ちょっとここでは言えないようなことをおっしゃっている(笑)、魅力的なシーンなんですが、外の樹木が風に揺らいでいる中で、緑と横尾さんの顔が一体化していて、そこですごく大胆な発言をされているんです。やっぱり山崎さんだなと思いました。そこで普通ならもうちょっと横尾さんの顔を見たいと思うけど、余計なライトを当てずに我慢して撮られていて、山崎さんのドキュメンタリー魂を感じた大好きなシーンです」と惜しみない称賛を送っていた。

一方、山崎さんは『春画先生』について「春画から始まって、塩田ワールドへと一直線に入っていった感じで、カメラの置き方で、最初のうちは春画を意識してるような、半分見えないように見えにくくしているようなところがあるけど、映画が進むにしたがって、それがなくなっていく」と芦澤さんによるカメラの意図について指摘。芦澤さんは「春画が入口でありテーマですが、だんだんと生身の人間に春画的なものを感じてもらいたいと思った」と“春画”から“人間”へと観客の意識を誘うような視点を意識したと明かした。

また山崎さんは、春画をカメラに収める中で「春画の世界の中にいる男と女がすごくおおらかで優しくて自由なのをものすごく感じました。巨大な陰茎などが話題になるけど、それよりも男と女の表情――やはり絵師たちは人間を描こうとしていると感じました。江戸時代の性に対する意識の豊かさ、自由さを感じたし、歌麿の男女の関係の構図は、まさに映画カメラマンも勉強したほうがいいなと思います。表情を見せないで表現しているところがすごくて、カメラマンとしての刺激を受けました」と語った。

第三部:スクリーンで観る意義とは(質疑応答)


トークの第三部では、参加した観客からの質問に2人が答えた。ドキュメンタリーの撮影における、被写体との信頼関係の構築の仕方について尋ねられると、山崎さんは「生身の人間同士の関係性だと相手に感じてもらうこと。そのためにアイコンタクトが大事で、ファインダーを通してだけでなく、(ファインダーを覗くのと逆の)片目で人の表情を見て目を合わせることで、通じることを信じています。肉眼で目を見て話を聞くことで感じ合うことがあると思う」と自身の経験を元に語る。

また、フィルムで撮るか? デジタルで撮るかの選択の決め手について尋ねる質問に山崎さんは「単なるノスタルジーでフィルムを使う気持ちはない」と断った上で、それぞれの質感の違いを考えた上で、選ぶと語った。芦澤さんも作品の内容で選ぶことを前提にしつつ「(フィルムは)お金もかかるけど、それ以上に手間もかかる。手間をいとわない気持ちが大事だと思う」と答えた。

また、映画の学校で講師をしている女性は、生徒にタルコフスキーの映画を「映画館で観ないといけない映画」と語ったところ「ストリーミングでいい映画と映画館で観ないといけない映画の違い」について質問を受けたという実体験を明かし、2人に見解を尋ねた。ストリーミングで映画を見る習慣がないという芦澤さんは「おうちで見るより映画館で観たら『すげぇ』と思える映像、大きなスクリーンのその先――フレームの“外”を感じられる映画を撮りたいなと思っています。『仁義なき戦い』をモニターで見ていた人が、初めてスクリーンで観て『違う映画を観たみたいにすげぇ!』と言ったんですけど、そういうこと」と語る。

山崎さんは「映画をスクリーンで観るって、物語だけを追うってことじゃなくて、ある種の体験なんだと思う。物語だけを説明してわからせるのが映画ではない。スクリーンが持っている世界を見る人がどう感じ、そこで悩んだり、謎解きをしながら見ていくという作業。とにかくストーリーだけわかるという画を撮ってもしょうがないんだと思う」と自戒を込めてスクリーンで観るにふさわしい映像を撮る心意気を口にしていた。

休憩を挟んで約2時間半のトークとなったが、半世紀以上前のエピソードから技術論まで、2人の口から語られる貴重な内容に観客は無心に耳を傾けていた。

芦澤明子 (JSC):

東京都出身。自主映画の制作、ピンク映画の撮影等を経て、83年にカメラマンとして独立。近年の主な作品に、『わが母の記』(12)、『岸辺の旅』 (15) 、『散歩する侵略者』 (17) 、『旅の おわり世界のはじまり』 (19) 、『影裏』 (20)、 『子供はわかってあげない』(21)、『レジェンド& バタフライ』(23) など。

山崎裕:

1940 年、東京生まれ。1963 年日本大学芸術学部映画学科撮影専攻コース卒業。記録映画『日本の華 浮世絵肉筆』(小川益王監督) で24 才の時にフィルムカメラマンとしてデビューし、以来、記録映画、CM、TV ドキュメンタリー、劇映画、などで活躍。主な作品に『ワンダフルライフ』(99)、『誰も知らない』(04)、『海よりもまだ深く』(16)などの是枝裕和監督作品や、『2つめの窓』(河瀬直美/14)、『永い言い訳』(西川美和/16)、『コンプリシティ 優しい共犯』(近浦啓/18)、『ANPO』(リンダ・ホークランド/10)、『ニッポンの嘘~報道写真家 福島菊次郎 90 歳~』(長谷川三郎/12)などがある。

構成:CINEMORE編集部

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