SNSが理由で有名裁判官が罷免 遺族の抗議に“不適切すぎる”投稿…法律家が見解「危険な一歩」

西脇亨輔弁護士【写真:本人提供】

SNSの投稿で殺人事件の遺族を傷つけたことなどを理由に、裁判官弾劾裁判所は3日、仙台高裁判事の岡口基一氏(58)に罷免の判決を言い渡した。具体的にどのような問題だったのか。元テレビ朝日法務部長の西脇亨輔弁護士が解説し、法律家としての見解を示した。

「だから、こんな投稿はしないでほしかった」。それが、このニュースを聞いた時に抱いた感情だった。

岡口氏はこの事件の前から、弁護士らの間では「日本で最も有名な法律家」の1人だった。同氏は、それまで難解な授業で口伝えにしか教えてもらえなかった裁判実務を明快な「マニュアル」にした本を書き(『要件事実マニュアル』)、裁判学習のあり方を変えたからだ。日本の弁護士のほとんどがこの本のことを1度は聞いたことがあると思う。私も同書にお世話になり、著者には敬意を抱いている。

しかし、今回問題となった岡口氏のSNS投稿は、どう考えて不適切だった。

始まりは2017年12月。岡口氏は都内で女子高校生が殺害された事件について、「首を絞められて苦しむ女性の姿に性的興奮を覚える性癖を持った男」「そんな男に、無惨にも殺されてしまった17歳の女性」と表現し、その判決を掲載した裁判所サイトのアドレスを添えて投稿した。

この投稿を見て女性の遺族が抗議したところ、岡口氏は自分を非難するのは遺族が裁判所などに「洗脳」されているからだなどと投稿。裁判所から注意を受けて謝罪した後も「何かのはずみで、また同じ過ちを犯しかねません」などの記載を繰り返し、遺族が裁判官弾劾裁判所に岡口氏の罷免を求めていた。

これに対して岡口氏側はどう反論したのか。さまざまな主張があったが、その中核は、岡口氏側の意見書のこの一文に集約されていたと思う。

「本件遺族の感情を傷つけたこと自体は否めないが、だからといって、この投稿が『裁判官としての威信を著しく失うべき非行』に当たるとまでは評価できない」

裁判官は身分保障が厚く、クビになった例は刑事犯罪などに限られているから、「この程度」ではクビにする理由にはならない。それが岡口氏側の主張だった。これをどう考えるか。私の中では、法律家としての「都合」と、1人の市民としての「理屈」がぶつかり合った。

法律家の「都合」としては、裁判官の職を奪うという重大な処分の基準は明確であって欲しい。そうしないと裁判官の身分が不安定になり、権力などに忖度する判決が出るおそれがある。その意味では、これまでは「罷免されるのは、刑事犯罪などの議論の余地のない非行だけ」だったので「都合」が良かった。

しかし、一市民として今回の件を「理屈」で考えると、裁判官弾劾法は「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」があったら罷免できると決めていて、岡口氏の言動がこの「非行」にあたらないとする理由はなかなか見つからない。「遺族を傷つけているから厳罰に処すべき」という理屈は簡単に納得できるが、「この程度なら大した非行ではない」として岡口氏を無罪放免にすることには、誰もが納得できる理屈を見つけにくいのだ。

暗黙の了解に「風穴」 裁判官弾劾が活発化の可能性

そう考えると、有権者が注目する中で国会議員が裁判員を務める裁判官弾劾裁判所が、市民の「理屈」に沿って岡口氏を罷免したのはごく自然な成り行きといえる。

だが、今回の件については納得できたとしても、今後に向けて、この罷免は「危うい一穴」となる恐れがある。

裁判官を罷免できる理由について、法は「裁判官としての威信を著しく失うべき非行」という漠然とした決め方しかしていない。これまではこれを、法律家の「都合」で暗黙のうちに刑事犯罪などに限定していたのだが、今回の判決はこの暗黙の了解に風穴を開けた。今後は法律の文字通り、「裁判官としてけしからん」と言えるケースは広く罷免の対象となり、国会議員による裁判官弾劾の活動が活発になるかもしれない。

それは政治の力が裁判所に及びやすくなり、司法の独立が失われていくことを意味する。司法の独立が失われた社会では、政治と裁判所や捜査機関が一体となり、人権を守る最後の砦がなくなってしまう。

岡口氏の投稿はその入り口を作ってしまった。だから、こんな投稿はしないで欲しかったのだ。

多くの人が不適切だと感じる投稿がなされ、それをきっかけに裁判官の罷免の対象が広がり、司法の独立を揺るがしかねない最初の一歩になった。今回の判決に後から文句を言っても遅い。最初から投稿の前にその影響を考え、表現を慎重にし、司法の独立に隙を作らないようにしなければならなかった。

その教訓を皆で受け止め、2度と同じようなことが起きないようにしなければならないと思う。司法の独立も表現の自由も揺るぎないものではない。実はもろくて粗末に扱うと、あっという間に壊れてしまう。今回の罷免判決はそうした警鐘を鳴らしていると感じた。

□西脇亨輔(にしわき・きょうすけ)1970年10月5日、千葉・八千代市生まれ。東京大法学部在学中の92年に司法試験合格。司法修習を終えた後、95年4月にアナウンサーとしてテレビ朝日に入社。『ニュースステーション』『やじうま』『ワイドスクランブル』などの番組を担当した後、2007年に法務部へ異動。弁護士登録をし、社内問題解決などを担当。社外の刑事事件も担当し、詐欺罪、強制わいせつ罪、覚せい剤取締法違反の事件で弁護した被告を無罪に導いている。23年3月、国際政治学者の三浦瑠麗氏を提訴した名誉毀損裁判で勝訴確定。6月、『孤闘 三浦瑠麗裁判1345日』(幻冬舎刊)を上梓。7月、法務部長に昇進するも「木原事件」の取材を進めることも踏まえ、11月にテレビ朝日を自主退職。同月、西脇亨輔法律事務所を設立。ENCOUNT編集部

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