前科の消し方=自分のクローンを処刑!?『インフィニティ・プール』ブランドン・クローネンバーグ監督「あらゆる“欲求”はフェチ的」

『インフィニティ・プール』© 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

ブランドン・クローネンバーグの猛烈なフェティシズム

人間の欲望ってのはね、全てはフェティシズムから来ていると思っているんだ。それが“並”のモノなのか“苛烈”なモノなのか、程度の差はあれど脳から発せられる“欲求”は全てフェティシスティックなものさ。

ブランドン・クローネンバーグは自身の作品が描くフェティシズムについて淡々と語り始めた。

最新作『インフィニティ・プール』はブランドンのこれまでの作品、『アンチヴァイラル』(2012年)、『ポゼッサー』(2020年)よりも猛烈なフェティシズムを感じる作品となっている。

架空のリゾート地リ・トルカにやってきた夫婦、ジェームズとエム。スランプ真っ只中の小説家のジェームズはリゾートを楽しむわけでもなく、鬱屈とした表情。それにつられてエムも浮かない顔だ。そんな彼らに声をかけたのは、同じ旅行者のガビとアルバン。彼らはジェームズたちをドライブに誘う。海辺でノンビリと酒を飲んだ帰り道、彼らは人を跳ねてしまう。アルバンは“この国の警察は腐りきっているから自首はダメだ”と轢き逃げを提案。冷や汗をかきながらホテルに戻った一行だが、翌日ジェームズは逮捕されてしまう。

リ・トルカにおいて犯罪者は、押し並べて死刑だという。だが、独自の司法制度があり、罰金とともに自身のクローンを生成。そのクローンを処刑することで罪を帳消しにできるという。仕方なしに取引に応じるジェームズだが、自らのクローンの処刑を強制的に見せられたことにより、彼の中に“自分の処刑を観る”行為に特別な快楽があることに気がついてしまう。実はガビとアルバンは “処刑”をジェームズに経験させることが目的だったのだ。そして彼らは次々と犯罪を犯しクローン処刑を楽しむようになるのだが……。

「僕の映画は主観的なものだから、どうしてもフェチ的なものになる」

―これまでの作品すべてにフェティシズムを感じますが、やはり人を描くためには必須というお考えでしょうか?

キャラクターが“何か”に対して欲求を抱いていたり固執していたりするよね。例えば暴力だとしたら、血であったり、内臓的感覚のものであったりする。僕の映画は主観的なものだから、それを描こうとすると、どうしてもフェチ的なものになるんだ。

―心理を描く映画はたくさんありますが、監督は独特の表現をされますね。

僕の映画は内側に“めり込んだ”映画なんだ。心理の変容を追っていくために自分なりのフェティシズムに対するアプローチを提示して、観客にその内なる“変容”を理解してもらいたいと思いながら作っているよ。

―それを体感させるためにCGを多用せず、プラクティカル(物理)な特殊効果を多用しているのでしょうか?

それはあるね。もちろんCGを使うことに抵抗はないし、必要に応じて利用はするよ。でも、プラクティカルな特殊効果でしか得られない質感は絶対的なインパクトがある。それは僕にとっても観客にとってもベターなんじゃないかな。

「作り手と観客のコミュニケーションがエネルギーを生む。それこそが映画だよ」

―クローン生成や処刑シーンなどは相当手間をかけて撮影されたと思いますが。

やっぱり、プラクティカルな特殊効果を生み出すプロセスが好きなんだ。『アンチヴァイラル』の頃から組んでいるカメラのカリム・ハッセン(迷作ホラー『大脳分裂』[2000年]の監督でもある)と何ヶ月もかけて、いかに映像を歪ませるか色々と実験をしたよ。ガラスや液体越しに撮ったり、レンズに仕掛けをしたり、プロジェクション・フィードバック(一度撮影した映像を再撮影する)したりね。この実験過程も『インフィニティ・プール』の“言語”になっていると思う。

―一方で、特殊効果を使わない場面での画角や小道具の設置はかなり計算されていますよね。たとえば前半に、壁を使ってスマホで撮影したような画角になる場面がありますが、これは後半、ジェームズがスマホで撮影されるシーケンスにつながっていたり……。

計算しているというより、ロケ地やキャストを決める前にショットリストは全部作り上げてしまうんだ。現場で調整はするけれどね。でも、僕たちが綿密に計算していても最後に作品を仕上げるのは受け手、つまり君たち“観客”だと考えている。

実は、君が言ったスマホの画角の話、いま初めて気がついたんだ(笑)。でも、そうやって映画が皆の解釈で完成していく。それが僕にとって一番満足感が味わえるところだよ。

―監督は“映画”と“観客”の繋がりを信じてらっしゃるんですね。

もちろん。映画の作り手は観てもらうために映画を作っているからね。僕たちは「感じてほしい」ことを案内していると言っていい。もちろん100%分かってもらえるとは思っていないよ。だけど、表現したいもののリズムを奏でて、観客をのせる。ある種のコミュニケーションじゃないかな。

逆に観客は「これはどういう意図を持っているんだろう?」と思って観てくれていると思う。作品の構造を探って、意味を模索する。直接会うことは出来ない両者のコミュニケーションがエネルギーを生む。それこそが映画だよ!

「クローンを沢山作って◯◯◯パーティーはするかも(笑)」

―キャストについて伺います。今回はミア・ゴスとアレクサンダー・スカルスガルドと、いつにも増してクセが強めでしたが。

僕はね、言葉では表現できない輝きを感じさせる、そしてスクリーンを爆発させてくれるような俳優が好きなんだ。だからキャスティングについては凄くシンプルなプロセスといっていい。僕の腹にドンっときた俳優に、それぞれの解釈で役柄を演じてもらうんだ。

実はね、撮影に入る頃には、自分の脚本に飽きちゃってるんだ……何回も書き直しているからね。だから彼らに、脚本に新たな息を吹き込んで欲しいっていうのもある。そうすると撮影がとてもスリリングになるんだ。ミアもアレックスも知っての通りの俳優だから、今回お願いしたんだ。

―劇中音楽についてはどうでしょう? 今回はエクスペリメンタル・テクノで知られているティム・ヘッカーを起用しています。

ティムの音楽性が僕の映画のコンセプトにピッタリだったんだ。彼はアナログとデジタルが混在し、混沌とした様々な風景を隆起させるようなサウンドスケープを持っている。彼は映像作品をやらないのかな? と思っていたんだけど、実は『ポゼッサー』の制作陣が手掛けたTVシリーズ『北氷洋』(2021年)で既に映像作品を手がけていたんだ。それで仕事ぶりが素晴らしいと聞きかじってね。今回も良い仕事をしてくれたよ。彼は素晴らしいアーティストだ。

―最後の質問です。もし監督がリ・トルカ島に行ったらジェームズと同じことをします?

えっとね、あんなに残酷なことはしない……と思いたいよ(笑)。でも、クローンを沢山作ってセックスパーティーくらいはするかもね!(笑)。

――今回は敢えて、父デヴィッド・クローネンバーグや『インフィニティ・プール』の作品深掘りはしないインタビューを行った。

というのは、『アンチヴァイラル』も『ポゼッサー』も同様だが、『インフィニティ・プール』も色眼鏡無しで観てほしい、ブランドンが紡ぐリズムに身を委ね、混沌とした欲望に身を委ねてほしいからだ。これまでで一番分かり難い作品ではあるものの、一番尖った作品になっている。是非、異様なリズムを体感あれ。

取材・文:氏家譲寿(ナマニク)

『インフィニティ・プール』は2024年4月5日(金)より新宿ピカデリー、池袋HUMAXシネマズ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

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