日本の食をグローバル展開するために必要なこと フードテックスタートアップの現状と課題

日本のフードテックスタートアップのグローバル展開をテーマとした「TOKYO FOOD MEETUP GLOBAL」が3月26日に開催された。「日本のFoodTech Startupのグローバル展開を加速するために食産業としてできることは何か?」と題したパネルディスカッションでは、米国でフードテックスタートアップ向けのアクセラレーターとして活動するKitchenTownや、グローバル展開を本格稼働したベースフードのCOOなどが登壇し、フードテックスタートアップの現状と今後の課題について語った。

日本のフードテックは、盛り上がる“前夜”

2017年から毎年開催されている食に関するカンファレンス「SKS JAPAN」を主催するUnlocX 取締役でStartup Specialist & Geekの住朋亨氏は、本格的にフードテックが盛り上がる“前夜”だと語った。

「SKS JAPANが立ち上がったのは2017年だったが、当時はフードテックスタートアップを探すのが本当に大変だった。それから変わったのは、フードテックのスタートアップという存在を知っていて、組みたい大企業がここ数年ですごく増えてきた。グローバルの視点では韓国がいい例で、CESではかなり多く出展しており、産業を創出するクラスターや大学などがたくさんあってスタートアップを世界に送り込んでいる。日本はそれが起こる“前夜”だと感じる」(住氏)

米KitchenTown Business Developmentの小林航氏は、日本の食が米国で受け入れられる態勢について次のように語った。

「先日『Natural Products EXPO WEST』に参加してきたが、そこで一番感じたものの一つが米国の市場でアジアンフードの現地化が進んでいることだった。アジアンフードがすごく注目されていて、現地の若い世代の米国人がアジアをクールだと思っている。エンタメの世界でもK-POPが人気で、最近は映画やNetflixでもアジア人を主要キャストにしたコンテンツが注目されているのは、その辺が物語っていると思う」(小林氏)

金融機関として企業を支援する三菱UFJ銀行(MUFG) 営業本部 第五営業部 部長の小杉裕司氏は、大企業とスタートアップをつなげるところが金融機関としての役割だと語った。

「MUFGでも食は非常に大事な社会課題と理解しており、2年ほど前から『FoodX PT(Food Transformation Project Team)』を立ち上げて活動してきた。もともと大企業を担当していたので、スタートアップと大企業をつなげる作業をしてきた。しかしわれわれの会社も大きいので、スタートアップを見ている部署と大企業を見ている部署が断絶しており、社内ではこれをなんとかしたいという話をしている。裏を返すと、そこをしっかりつなげればすごいポテンシャルがある。アクセラレーターも含めて枠組みができれば、すごく大きなムーブメントになってくるのではないか」(小杉氏)

ベースフードは香港から中国、台湾、シンガポールに進出

2017年に「BASE PASTA」を発売し、「BASE BREAD」や「BASE Cookie」などの完全栄養食を展開するベースフード 取締役COOの齋藤竜太氏は、2018年には米国展開にチャレンジしたと語る。

「2018年に、社員10人のうち2人をサンフランシスコに送り出して米国展開に挑戦した。KitchenTownで米国版のミックス粉の試作やBASE PASTAの加工、多くの許可をとる手続きなどを進めていた。2019年にBASE PASTAを発売して少しずつ認知をとる施策をしていたが、コロナ禍で行き来しづらくなったことや、ビザの問題などがあって撤退した。2022年5月にもう一回挑戦しようということで香港に進出した。香港では主に越境ECという形でBASE BREADとBASE Cookieを販売している。中国に2023年、2024年1月から台湾とシンガポールで販売開始という形でグローバル展開をしている。香港では30万食を突破し、HKTVモールという香港の一番大きいプラットフォームのブレッドカテゴリーの主位になっているなど、香港でも受け入れられている。中国やシンガポール、台湾も少しずつ広まっていて、他の国でも諸々準備をしている状況だ」(齋藤氏)

齋藤氏は、海外に進出する上で「食のトレンドや都市部における生活者のニーズは日本と似ている」と語った。

「健康志向、プロテインや全粒粉ベースの食事、クイックな食事を求めるみたいな生活者のニーズは、同時多発的に日本も世界も起きていると思う。日本のコンセプトや、やりたいことを、あまりローカライズさせずに言語だけ変えてプロダクトやサービスとしては持っていけるという実感はある」(齋藤氏)

一方で、知名度のない国での展開は困難だと齋藤氏は続ける。

「海外に挑戦する場合、信頼や信用がない状態で進めると難易度が高くなる。米国ではかなり厳しかった。小売店にも相手にされないし、初期のユーザーを得るにもアプローチできるところが少ないと感じた。香港で比較的うまくいっているのは、国内の信用をテコにしているからだ。たとえば在日の外国人の方をフックにしたり、親日YouTuberから攻めたり、大使館と一緒にやるなど、日本での実績を使いながらやると比較的うまくいくと感じる」(齋藤氏)

海外への挑戦で提案したいこと

大企業と違うスタートアップならではの困難な店として、齋藤氏は物流における細かいノウハウがないことを挙げた。

「中国などのアジア圏に行く時に、通関で引っかかっているうちに消費期限が切れたり、高い関税を取られたりと、そういうのが日常茶飯事になってしまっている。大手食品メーカーや商社なら当たり前にできている部分でも、われわれスタートアップにはリソースもノウハウもない。食品を輸出する時の規格や、添加物や原材料などの各国のルールや情報、全体像を把握するのが大変だった。JETROなどがそれぞれ公開しているが、各国、各カテゴリーの情報がまとまっていないので、各社がコンサルタントなどを使って調べても時間がかかる。米国なら州ごとに違うし、欧州なら他にもいろいろな規制がある。こういったことがまとまっているガイドラインがあればいいのにと常日頃から考えている」(齋藤氏)

スタートアップがスケールアップする上で困難になるのが、販路の拡大だと齋藤氏は続ける。

「ローカルなマーケットで小売店に導入する場合、1社ではなかなか交渉のパワーがないし、特にスタートアップだと、交渉の席につくまでが大変だ。大手の食品会社と一緒に提案するとか、プロモーションを一緒に企画するといった手が有効だ。日本の食品やサービスは『おいしくて安全で健康的』というブランド力があるので、こういったものをまとめて発信していきたいと思う」(齋藤氏)

手法の一つとして提案するのが「小売店の棚を買うこと」だと齋藤氏は語る。

「たとえばWhole FoodsやSprouts Farmers Marketなどの棚を日本として買って、そこをスタートアップなど海外に進出したいところが運用するみたいなことができるといい。ポップアップストアや展示会にちょっと出すより、リアルなニーズとしてずっとビジネスができる可能性は高まるのではないか」(齋藤氏)

日本の食産業があまり海外に目を向けない理由について、UnlocXの住氏は「日本の食品メーカーは戦後に日本の食を安定供給するためにできた会社が多く、世界に輸出して戦っていこうという体力や文化を今まで持っていなかった」と語る。

「イタリアやスペインなどは、食は輸出産業だと考えているので、産業を輸出するためのパイプラインをたくさん持っており、ブランディングもしっかりしている。世界の人たちに聞いても日本の食はおいしいし、日本の加工食品もハイレベルだが、そういう背景があってマーケットにつながってなかった。今はいろんなクラスターが集まっているので、一丸となって世界で戦っていけば、日本の食産業を輸出産業に変えられる、まさに“前夜”だと思う」(住氏)

日本の食産業、グローバル展開で重要なのは「ルールメイク」

KitchenTownの小林氏は、「米国に輸出するためには消費者のニーズを見極めてアジャストしていくことが必要だと思う」と語った。

「米国のマーケットでの丁寧なリサーチが必要だ。顧客のどのような課題に対して、どのようなソリューションを提供していくのかというのは、KitchenTownでは新規事業を支援する上でものすごく大事にしている。具体的には、KitchenTownで業界関係者や消費者へのインタビュー、ウェブアンケートなどのリサーチを重ねて仮説を作り、その仮説を検証していくようなトライアル販売もしている。成功している米国のスタートアップはリサーチをしっかりしていて、現地のニーズに合わせた商品展開をしているという印象を持っている」(小林氏)

MUFGの小杉氏は、日本の食産業がグローバル展開する上で「ルールメイク」にかかわることが重要だと語った。

「食の世界はいろいろなルールメイクがグローバルで進んでいる。人類が健康にならなければいけないという発想でWHO(世界保健機関)などが食塩や飽和脂肪酸、糖類を減らしなさいというガイドラインを作るのが世界的なルールメイクの潮流の原点だ。不健康な食材を世の中に提供しないように国際的なルールメイクの動きが欧州中心に発信されており、日本などのアジア勢が全然入っていない」(小杉氏)

その一例が飽和脂肪酸だ。「欧米では飽和脂肪酸を減らせば減らすほど死亡数が減るという統計学的な因果関係があるが、日本は太っている人が多くない。どちらかというと塩分の問題で、飽和脂肪酸を減らすほど脳卒中で死ぬ人が増えるという構造感がある。欧州のルール通りに食生活を変えていくと、かえって死亡者が増えるという変なルールメイクになってしまう。こういったところをエビデンスベースで発信していき、アジアや日本の食文化、もしくは日本人の健康状態を踏まえてどういった食材をたくさん摂るべきかといったところをしっかり発信し、正しくルールを作ってもらうことが必要だ。そこは比較的金融機関が得意な領域でもあるため、厚生労働省や国立健康栄養研究所などとコンソーシアムを組んでルールメイクにかかわっている。こういったことが間接的に日本のスタートアップや大企業の海外進出のハードルを下げていくことにもつながると思う」(小杉氏)

グローバル展開を加速するために必要なこと

最後に、グローバル展開を加速するために本当に必要だと思うことについて参加者が語った。

MUFGの小杉氏は「グローバル展開は必ずしもスタートアップだけの問題ではなく、私自身が担当している大企業にとっても大変悩んで、失敗の連続といっても過言じゃない」と語る。そんな中でスタートアップが海外進出するためには、大企業の肩を借りることも重要だと続ける。

「既に進出して苦労している日本の大企業との連携は一つの手だと思う」(小杉氏)

ベースフードの齋藤氏もそれに同意した。「日本の海外ですでに成功してノウハウを持っている食品メーカーは、一般貿易や食品規制の乗り越え方、現地の企業との付き合い方などわれわれスタートアップからしたら欲しい情報やお任せしたいなと思っていることをたくさん持っている。これをクリアするとプロダクトやサービスは海外に行けるというところを、オールジャパンで助け合いながらやれる仕組みや構造があればすごくいいと思う」(齋藤氏)

KitchenTownの小林氏も「外部のリソースをうまく活用するのがポイントだ」と語る。

「ディストリビューションやレギュレーションの確認など、事業の本質ではない、あまり時間を割きたくないところは手前味噌になるがKitchenTownのような現地のプロフェッショナルをうまく活用すればいい。ワークトップで顧客の課題を解決できるところや、痒いところに手が届くのがKitchenTownの強みなので、外部パートナーを便利に使うといいと思う」(小林氏)

UnlocXの住氏は「1社で海外に行くと非常に辛い思いをするので、産業と官と民間、大企業とスタートアップが一緒に海外に行くことが大事」だと語り、「米国はベンチャーキャピタルが強い国だが、欧州などは違う文化がある」と続けた。

「日本のスタートアップが、すべてめちゃくちゃ儲かる会社だけではないと思う。そういったスタートアップは欧州や中東などに日本という国として行き、文化交流をしながらカルチャーやマーケットを作っていくのが大事だと思う。米国以外にみんなで行って産業を一緒に作っていくことをやれればいいと思う」(住氏)

最後に参加者から、グローバルに展開する上で米国やその他の国との違いについての質問が出た。

ベースフードの齋藤氏は最初に米国市場に挑戦して一度撤退した経験は生きていると語った。

「われわれが早く海外に出たのは、世界共通のプロダクトを作ろうという思いがあった。健康を当たり前にしたいというミッションは日本に閉じたものではないので、グローバルに通用するレベルにサービスやプロダクトを上げていきたかった。実際にはちょっと早く行きすぎたと思うが、その失敗は今の取り組みに生きている。死なない程度のリスクを取りながら早めに挑戦することはやった方がいいと思う」(齋藤氏)

その上で、やはりアジア圏が進出しやすいのではないかと語った。

「アジア圏は食べているものも感覚も近いし、好きなアニメのコンテンツなど、リーチできるものが多い。そういった取り組みやすいところから成功体験を作るという意味では、アジアはやりやすいなと実感する。米国や欧州に行く場合は、小林さんが言われたようにリサーチしてどの人種のどのクラスターに行くかなど、リソースと時間をかけながらきちんとやる方がうまくいくと思う」(齋藤氏)

米国のスタートアップは、米国市場を見ていてグローバル展開までは考えていないのではないかと小林氏は語った。

「先ほど住さんが言われたように、米国のスタートアップはベンチャーキャピタルが牛耳っており、米国の市場で成功させてでイグジットするのが定番であり、投資家であるベンチャーキャピタルが求めているところだ。欧州への展開などをやっているスタートアップは聞くが、そこまでグローバル化は重視していないような印象を持っている」(小林氏)

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