ドームから360度の眺望を楽しめる客車、ビールの試飲会も 日本語を話すスタッフも乗務、カナディアン乗車記④ 「鉄道なにコレ!?」【第60回】

By 大塚 圭一郎(おおつか・けいいちろう)

VIA鉄道カナダの「カナディアン」の「スカイラインドームカー」の2階にある展望用座席=2023年12月、カナダ中部サスカチワン州(筆者撮影)

 カナダ最大都市の東部オンタリオ州トロントと西部ブリティッシュコロンビア州バンクーバーの約4466キロを約97時間で結ぶVIA鉄道カナダの看板列車「カナディアン」には、中央に突き出した2階のドーム形部分から360度の眺望を楽しめる客車「スカイラインドームカー」が連結されている。道中はイベント車両としてカナダが誇るクラフトビールの試飲会などを開催し、私が乗った際には日本語も話せるスタッフが乗務していた。(共同通信=大塚圭一郎)

※筆者が音声でも解説しています。「共同通信Podcast」でお聴きください。

 【スカイラインドームカー】アメリカの金属加工メーカー、旧バッドなどが製造した1954年登場の旧型ステンレス製客車の一部で中間車。名称は1933年にカナディアンロッキーを踏破したハイキング愛好家団体「スカイライン・トレイル・ハイカーズ・オブ・ザ・カナディアンロッキー」に由来する。
 カナディアン・パシフィック鉄道(CP、現在の貨物鉄道大手のカナディアン・パシフィック・カンザスシティー)が発注して1954~55年に製造。CPは不採算だった旅客鉄道部門を1977年に設立された国営企業のVIA鉄道カナダへ翌78年に引き継いだ際、スカイラインドームカーを含めた車両を譲渡した。
 VIA鉄道は「カナディアン」の他に、中部マニトバ州のウィニペグ―チャーチル間を走る夜行列車(本連載第37~42回参照)にもこの中間車を連結している。

スカイラインドームカーの外観=2023年12月、カナダ中部サスカチワン州(筆者撮影)

 ▽ドーム形の天井まで窓、展望席のある中間車は2両を連結
 2023年の冬休みにカナディアンの「寝台車プラスクラス」の2人用個室を予約し、息子とともにトロント・ユニオン駅からバンクーバー・パシフィック・セントラル駅まで全路線に乗車する完全乗車、いわゆる〝完乗〟をした。
 食事の際に食堂車(本連載第59回参照)に赴いたのはもちろんだが、日中は他の時間も個室寝台をほぼ空けていた。だいたいの時間は列車の最後尾に連結している展望車の「パークカー」(本連載第58回参照)か、中間車のスカイラインドームカーで過ごした。
 というのもパークカー、スカイラインドームカーはともに2階部分の展望用座席から360度の車窓を満喫できるからだ。1階からの階段を上がると通路を挟んで左右二つずつの座席が6列、計24席あり、ドーム形になった天井の付近まで窓が延びている。
 スカイラインドームカーの1階にはテーブル席や長いすを置いたコーナーもあり、車両全体で計62人が着席できる。
 私が乗ったカナディアンはディーゼル機関車2両が先導した16両編成で、スカイラインドームカーは2両あった。うちエコノミークラスの乗客向けが7両目、寝台車利用者向けが13両目にそれぞれ連結されていた。

寝台車プラスクラスの個室にある靴箱に使われていた小箱=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

 ▽乗客目線で書かれた案内、「気配りができる乗務員」と推理
 トロントからバンクーバーへ向かうカナディアンは、定刻ならば2日目の夜にカナダ中部マニトバ州ウィニペグで客室乗務員が全て交代する。
 寝台車利用者向けのスカイラインドームカーの1階には、案内事項を手書きした白板が掲げられていたが、板書をひと目眺めただけでトロントからウィニペグまでも、ウィニペグからバンクーバーまでも、ともに気配りができる担当者だなと推理した。
 なぜならば白板に記入した内容が乗客目線に立っていると感心したからだ。その後、実際に本人たちに会って私の推理が当たっていたと確信した。
 ウィニペグまで担当したサラ・ブリークリーさんは1日目の列車出発後、白板に「新鮮な外気を吸える場所」としてオンタリオ州のキャプレオル駅に午後5時22分までに到着予定なのを案内していた。
 カナディアンは禁煙のため、ある乗務員は「喫煙できる途中駅への到着が遅れたことにいら立った喫煙者がトラブルを起こしたこともある」と打ち明ける。ブリークリーさんはニコチンを欲している喫煙者にも配慮していたのだ。
 列車がマニトバ州の穀倉地帯にある単線区間を走行中には、反対方向の列車と行き違うため待避線に進入した。ところがなかなか発車せず、私が腰かけていた2階の展望用座席の近くには遅延を心配する乗客もいた。
 そんな様子を察知したブルークリーさんは2階にやって来て「反対方向の貨物列車が遅れていますが、この列車は大幅に余裕を見たダイヤ設定をしているのでウィニペグにほぼ定刻通り到着できますよ」と説明した。実際、貨物列車とすれ違った後のカナディアンは順調に走り、ウィニペグに到着したのは定刻よりやや早いほどだった。

スカイラインドームカーでの試飲会で参加者にクラフトビールの缶を見せるエミリー・ファラージさん=2023年12月、カナダ西部アルバータ州(筆者撮影)

 ▽「イベント車両へようこそ!」カナディアンの豆知識を連発
 代わってウィニペグで乗り込んだエミリー・ファラージさんは、白板を見ただけでスカイラインドームカーを盛り上げようと意欲満々なのが一目瞭然だった。「イベント車両へようこそ!」と大書し、3日目は午後2時から2階でのVIA鉄道のレクチャー、午後4時からは1階でのカナダのクラフトビールの飲み比べ、午後8時から映画上映会があると記入されている。
 2階の展望用座席から中部サスカチワン州の大平原を眺めていると、午後2時ぴったりにファラージさんが登場した。「私は今回が初めてのイベント車両担当なのです。皆さん、ようこそ来てくださいました!」とあいさつし、大きな拍手が起きた。
 ファラージさんは、乗っているカナディアンの豆知識を次々と繰り出した。「この列車は16両編成で16人の客室乗務員がいますが、繁忙期の夏になると22両編成になって客室乗務員も30人程度に増えるんですよ」と説明した上で、「『駅にはそんなに長い列車を止められるほど長いプラットホームはあるのか?』と疑問に思うお客様もいると思うのですが、正解を言うとそれほど長いホームはありません」と断言した。
 それを聞いた乗客が「ではどうしているの?」と合いの手を入れると、ファラージさんは待っていましたとばかりに続けた。「夏には客車のうち半分の車両をホームに止めた後、残る半分の客車は別のホームに入れるのです。このため、夏は皆さんが利用している食堂車もそれぞれに連結しており、今より1両多い2両あるんですよ」

カナディアンとすれ違うカナディアン・ナショナル鉄道の貨物列車=2023年12月、カナダ中部サスカチワン州(筆者撮影)
寝台車プラスクラスの個室にある靴箱に使われていた小箱=2023年12月、カナダ西部ブリティッシュコロンビア州(筆者撮影)

 ▽謎の小箱の正体は…廃止された「終わるまで眠れない」サービス
 続けてファラージさんは「寝台車プラスクラスの個室を利用の皆さんは入り口の扉の脇にふたが付いた小箱があるのに気づきましたか?」と問いかけた。私も含めて「気がつかなかった」という返答が相次ぐ中で、「昔は靴箱に使っていたのです。靴を入れておくと、夜中のうちに客室乗務員が靴を磨くサービスがあったのです」と解説した。
 ファラージさんは「だから当時の客室乗務員は靴磨きが終わるまで眠れなかったそうです」との逸話を披露。「靴磨きサービスが廃止されて良かったです。そうでないと私も就寝できなかったので」と冗談を飛ばして聞き手を笑わせた。
 やがてカナディアンは待避線で停止し、行き違いの貨物鉄道大手カナディアン・ナショナル鉄道(CN)の貨物列車が近づいてきた。ファラージさんはディーゼル機関車に手を振ると、「この列車は最高で時速130キロ程度まで出しますが、貨物列車との待ち合わせがあるので遅く感じるでしょう」と言ってこう続けた。
 「(最高時速285キロの)東海道新幹線の高速走行とは対照的ですね。私は運良く2015年に日本を訪れた時に東京駅から京都駅まで乗りましたが、その速さに驚きました」

スカイラインドームカーから貨物列車に手を振るファラージさん=2023年12月、カナダ西部アルバータ州(筆者撮影)

 ▽「日本からもっと多くの人に来てほしい」
 レクチャー終了後に「日本のことをよくご存じですね」と話しかけると、ファラージさんは「日本の方ですか!」ときれいな発音の日本語で返答した。
 ファラージさんは地質学者の父親が北海道大学で研究していたため札幌市で生まれ、約7カ月過ごした。オーストラリアのブリスベーンを経て、1988年の冬季オリンピックが開かれたカナダ西部アルバータ州カルガリーへ2003年に引っ越した。岐阜県内の高校を卒業した日本語教師の母親から日本語を教わり、高校卒業後の15年には福岡市の日本語学校で約3カ月間学んだという。
 VIA鉄道に入った後に訓練してくれたトレーナーも、日本語が流ちょうだという。ファラージさんは「最近は少なくなってしまいましたが、かつては大勢の日本人が乗車していたと聞きました。日本からもっと多くの人に来てほしいです」と強調した。

試飲会で説明するファラージさん=2023年12月、カナダ西部アルバータ州(筆者撮影)

 ▽「タダ酒のチャンスを逃すわけには…」満席の試飲会
 午後4時からのスカイラインドームカーの1階のテーブル席で開かれたカナダ各地のクラフトビールの試飲会は、講師役のファラージさんが現れた時点で置かれていた20余りのいすが既に埋まっていた。
 カナディアンは旅客機のファーストクラスに当たる寝台個室「プレスティージ寝台車クラス」(本連載第58回参照)以外の乗客はアルコール類を注文すると有料だ。このため、「タダ酒のチャンスを逃すわけにいきませんよね」と同じテーブルになった人たちと笑い合った。
 試飲した中で特にユニークだったのは、オレンジ色の缶に入ったブリティッシュコロンビア州ノースバンクーバー市のブリッジ・ブリューイングの「バーボン・ブラットオレンジ・ウィートエール」という商品だ。ブラッドオレンジのジュースとピール、バーボンを加えて醸造した濁ったオレンジ色のビールで、柑橘系のさわやかな口当たりながら余韻が残る。
 ファラージさんは「バンクーバー周辺にはあちこちにビール醸造所があるので、ビールが好きな方には醸造所巡りがお薦めです」と語りかけた。
 終着駅のバンクーバーで下車する前に個室寝台で身支度をしていると、息子が「何か書いた絵はがきがあるよ」と言う。受け取った絵はがきには「カナダを巡る魅力的な旅でお会いできてとても良かったです。私のイベントに積極的に参加してくれてありがとうございました」などとファラージさんからの心温まるメッセージがしたためられていた。
 文面の反対側はカナディアンが走るカラー写真で、ファラージさんが扉の下から差し入れてくれたのだと気づいた。車内で再会する日を楽しみにしながら、往年のヒット曲「カナダからの手紙」ならぬ「カナディアンからの手紙」を大切に持っている。

試飲会で振る舞われたクラフトビール=2023年12月、カナダ西部アルバータ州(筆者撮影)

 ※「鉄道なにコレ!?」とは:鉄道と旅行が好きで、鉄道コラム「汐留鉄道倶楽部」の執筆者でもある筆者が、鉄道に関して「なにコレ!?」と驚いた体験や、意外に思われそうな話題をご紹介する連載。2019年8月に始まり、ほぼ月に1回お届けしています。ぜひご愛読ください!

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