ゴジラ-1.0と「君たちは~」アカデミーW受賞の瞬間、各国の記者から大歓声が起きた…沸いたのは日本だけじゃない 現地で実感した多様化と日本映画への期待

映画「ゴジラ―1.0」で第96回米アカデミー賞視覚効果賞を受賞し、オスカー像と金のゴジラ像を並ばせる山崎貴監督=2024年3月10日、米ハリウッド(ロイター=共同)

 「世界最大の映画の祭典」とされる第96回アカデミー賞の発表・授賞式をアメリカ・ハリウッドで取材した。長編アニメーション賞「君たちはどう生きるか」と視覚効果賞「ゴジラ―1.0(マイナスワン)」の日本作品W受賞に沸いたのは、日本だけではなかった。世界中のメディアが集まった現地の記者会見場でも日本映画は人気で、発表の瞬間は大歓声に包まれた。
 かつてアカデミー会員は白人男性が多数を占め、「アメリカの映画賞」の意味合いが強かった。しかし偏った会員構成が批判され、アカデミー賞は近年、女性や海外にルーツを持つ会員の割合を増やした。これも日本作品に追い風となったようだ。
 そして最も注目される作品賞は、原爆を作った男の葛藤に迫るアメリカ映画「オッペンハイマー」に輝いた。その原爆によって生まれた「ゴジラ」にも、記者たちの関心が向けられた。オスカー像を手に受賞者たちが語る記者会見は、原爆や戦争を巡って発信する場ともなった。(共同通信=加藤朗)

米アカデミー賞の授賞式会場に立つオスカー像のオブジェ=2023年3月、ロサンゼルス(共同)

 ▽オーラ!、チャーオ!、ザ・ヘロン
 記者がアカデミー賞を取材するのは昨年に続き2度目だ。映像や写真を撮るのではなく、記事だけを書く〝ペン記者〟は、授賞式会場ドルビーシアターに隣接したホテルの記者会見室に閉じ込められる。テレビ番組に合わせて次々に発表される受賞者をモニターで眺めていると、オスカー像を受け取った受賞者がそのまま記者会見室を訪れ、質疑応答が繰り広げられる。
 会見場に入って取材の準備をしていると、大柄な男性から「オーラ・アミーゴ!」と声をかけられた。メキシコ紙の記者だ。昨年の授賞式以来、1年ぶりの再会で「元気だった?」「どんな映画を見た?」などとひとしきり盛り上がる。
 「チャーオ!アキーラ!!」と筆者の名を呼ぶ陽気なあいさつはイタリアの通信社記者。開口一番「『ザ・ボーイ・アンド・ザ・ヘロン(君たちはどう生きるか)』はすっごく良かった。長編アニメ賞は間違いない」と太鼓判を押した。隣の席にはスペイン大手紙ムンドの記者。「スペインの作品もアニメ賞候補だが『ザ・ヘロン』は当選確実だ」とまじめな顔で言う。

米アカデミー賞の授賞式を前に、取材に応じた(左から)スタジオジブリの福田博之社長、麻生祐未さん、ヴィム・ヴェンダース監督、役所広司さん、柄本時生さん、山崎貴監督=2024年3月9日、ロサンゼルス(共同)

 ▽素っ気ないアメリカ、しゃべるラテン系
 アカデミー賞は、記者会見場に集まった記者からも多様性が感じられる。地元アメリカの記者は、あいさつしても忙しそうで素っ気ない。欧州メディアの記者は、母国との時差の関係かのんびり作業している印象だ。なぜか私の周りはラテン系の記者たちばかり。彼らは逐一ボケとツッコミを繰り返しながらよくしゃべり、情報交換をする。「ゴジラはむちゃくちゃ格好良かった」「子どもと3回見に行ったよ」「3回見た?スピルバーグと同じやん!」
 日本映画は3作も候補に入ったため、昨年以上に話しかけられる。長編アニメーション部門の「君たちはどう生きるか」(宮崎駿監督)と、国際長編映画部門の「PERFECT DAYS」(ヴィム・ヴェンダース監督)、視覚効果部門の「ゴジラ―1.0」(山崎貴監督)の3作だ。

映画「君たちはどう生きるか」より(ⓒ2023 Hayao Miyazaki/Studio Ghibli)

 ▽「ハヤオに会いたかったなぁ」
 授賞式は、冒頭から司会の人気コメディアンが長々としゃべり倒す。3番目に発表予定の長編アニメ賞が最初のニュースとなるのでヤキモキしていると、イタリアの通信社記者が「絶対に賞を取るから」とあおる。スペインの新聞記者も「(スペイン・フランス映画の)『ロボット・ドリームズ』だったら納得だが『スパイダーマン アクロス・ザ・スパイダーバース』を選んだら残念だ」。
 そして壇上で「ザ・ボーイ・アンド・ザ・ヘロン」の名が読み上げられると、記者は思わず「ワー!」と声が出た。向かいに座るイタリア人記者とハイタッチを交わし、周辺の記者らから祝福を受けた。
 みんなスタジオジブリ作品が好きだ。「(『千と千尋の神隠し』の)モンスターたちが憎めなくて」「(『紅の豚』の)豚だよ、空飛ぶ豚」「“政治的に正しい”ディズニー作品とは違って、少々悪ガキな登場人物がいっぱいいるところがいい」などと口々に言う。
 しかし宮崎駿監督は高齢のため欠席。記者会見にスタジオジブリの中島清文副社長が代理で現れ「許してあげてください」と話すと、会場から「会いたかったなぁ」とため息が聞かれた。

第96回米アカデミー賞授賞式を前に、写真撮影に応じたヴィム・ヴェンダース監督(左)と役所広司さん=2024年3月10日、米ハリウッド(AP=共同)

 ▽東京へいざなうヴェンダース映画
 国際長編映画賞は、各国記者の意見が対立していた。どれも名作だが、昨年のカンヌ国際映画祭で第2席のグランプリに輝いた英国代表作「関心領域」が頭一つ抜けていた。
 それでも「雪山の絆」がこの賞の候補に入っていたスペインの新聞記者は「ヴェンダース監督の功績を鑑みれば、オスカーは彼に贈られるべきだ」と日本代表の「PERFECT DAYS」を称賛する。
 私の背後に陣取った地元アメリカの新聞記者は「アメリカの観客は(映画本編が終わって)エンドロールが始まると席を立ってしまう。映画の最後に説明された『木漏れ日』のワードを目にした投票者は少ないだろう。映画館にもシートベルトを設置すべきだ」と遠回しに評価した。
 発表の結果、オスカーはやはり「関心領域」が獲得した。しかし別のアメリカの記者は「『PERFECT DAYS』を見て東京に行きたくなった。11月の飛行機を予約した」と話す。名刺交換すると「東京に着いたら電話する。(映画に登場する)あの地下の居酒屋に連れて行って」と約束させられた。ホントに来るかな?

第96回米アカデミー賞授賞式を前に、写真撮影に応じた山崎貴監督=2024年3月10日、米ハリウッド(ロイター=共同)

 ▽シュワルツェネッガーに呼ばれたゴジラ
 「ゴジラは取るって。間違いない」。視覚効果賞の発表が近づくと、地元ロサンゼルスのスペイン語紙記者が安請け合いを連発した。「ゴジラが怖かった」と繰り返す。賞のプレゼンターとして、アーノルド・シュワルツェネッガーさんとダニー・デヴィートさんの2人が登場すると、記者会見場はザワ付いた。ハリウッドスターの2人は「バットマン」シリーズでそれぞれ怪人を演じたことがあり、怪獣のゴジラに期待する記者らが勝手に〝悪役〟同士を結びつけて盛り上がっている。
 シュワルツェネッガーさんが「ガッズィーラ・マイノス・ワン(と聞こえた)」とコールすると、授賞式会場だけでなく、記者会見場にも大歓声が上がった。

第96回米アカデミー賞で映画「ゴジラ―1.0」が視覚効果賞を受賞し、笑顔で撮影に応じる山崎貴監督(左から2人目)ら=2024年3月10日、米ハリウッド(ロイター=共同)

 ▽合わせ鏡のオッペンハイマーとゴジラ
 記者会見場に「ゴジラ」の山崎監督ら4人が登場すると、またもや歓声。記者の一部は、授賞式の中継映像を見たりパソコンで作業したりしていたが、質疑で指名してもらった私が質問すると、一斉に手が止まった。
 「今回のオスカーでまるで合わせ鏡のようにも見える『オッペンハイマー』との関係をどう思うか」と尋ねたのだった。
 アメリカ映画の「オッペンハイマー」は、原爆を開発した物理学者の苦悩を描く重厚な人間ドラマだ。今回のアカデミー賞で作品賞など計7部門で受賞した。一方、日本のゴジラは、その原爆で身体を焼かれて放射線を浴び、巨大化して日本に災厄をもたらす。
 全く異なる視点から原爆を捉えた2本の映画をどう考えれば良いのか。日本の記者として、どうしても聞いておきたかった。
 「ゴジラ」について山崎監督は、現在の世界情勢を念頭に「戦争の象徴であり、核兵器の象徴でもあるゴジラを何とか鎮める話。鎮めるという感覚を世界が欲しているのではないか」と語った。
 そして私の問いに堂々と答えた。「日本人として、いつか『オッペンハイマー』へのアンサー(回答)となる映画を作りたいと思う」。通訳の男性が英語に翻訳すると、記者たちから拍手が起きた。

映画「オッペンハイマー」の広告=2023年7月、米ニューヨーク(共同)

 ▽核兵器をなくし、世界をより安全に
 それまで「ゴジラ―」に素っ気なかったアメリカの新聞記者から「ゴジラってそんな感じ?」「見てないんだけど、キングコングと暴れる映画じゃないの?」と問い詰められる。
 その後「オッペンハイマー」のクリストファー・ノーラン監督も記者会見に登場した。世界の現状を語り「ここ数年、核拡散防止について間違った方向に進んでいる」と批判した。
 そして世界各地から来た記者に呼びかけた。「絶望するのではなく、核の数を減らすため、政治家や指導者に圧力をかけようと活動している組織に目を向けることがとても大切だ。私たちの地球上に核兵器がなくなり、世界がより安全になるように」

第96回米アカデミー賞で視覚効果賞を受けた「ゴジラ―1.0」の山崎貴監督(左)と、作品賞などを獲得した「オッペンハイマー」のクリストファー・ノーラン監督(中央)ら=2024年3月10日、米ハリウッド(ロイター=共同)

 ▽KAIJU+Tokusatsu
 受賞者たちの記者会見を取材しているうちに、気づくと授賞式は終わっていた。引き上げようとすると、スペイン語紙の記者が追いかけてきた。「分からない言葉があって、多分日本語。Tokusatsuって、どういう意味?」。
 差し出したスマートフォンに「KAIJU KING+Tokusatsu=Oscar」の文字が見えた。「怪獣の王+特撮=アカデミー賞」と訳せば良いだろうか。
 メキシコ出身のギレルモ・デル・トロ監督がSNSへ投稿したものだった。日本のアニメや特撮に影響を受け、2018年に「シェイプ・オブ・ウォーター」でアカデミー賞の作品賞などを獲得した巨匠だ。
 自他共に認める〝オタク〟監督らしい方程式に、思わず噴き出してしまった。筆者が「アナログ技術によるSFX(特殊撮影)のことだ」と説明すると、その記者は「オー、ウルトラマンとかスタートレックね」と納得した顔だった。

 ▽こぢんまりした作品の殻、破れるか
 日本作品は授賞式や記者会見場を盛り上げたが、主要賞には絡まなかった。授賞式のクライマックスに発表される、メインの作品賞や監督賞、主演俳優賞は大きく盛り上がり、日本の記者としてうらやましかった。
 イタリア通信社の記者が「イタリア作品はせっかく良くても、どこか自信なさげでこぢんまりしている」と話しているのを聞いて、日本作品にも同じことが言えると感じた。
 「面白い映画をたくさん生み出すには、芸術性と製作規模のレベルがともに高い作品をハリウッド以外からも送り込み続けなくちゃいけない」という意見に同感だ。
 多様化が進むアカデミー賞の波に乗り、日本映画も他の国と競い合って殻を破り、世界でますます飛躍することを期待したい。日本からのアンサーを世界に届けるためにも。

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