交代不許可による横浜FMの失点騒動を検証。JFA審判委員会の見解とは

渡辺皓太(左)清水勇人氏(右)写真:Getty Images

日本サッカー協会(JFA)審判委員会は4月3日、東京都文京区のJFAハウスにてレフェリーブリーフィングを開催した。

3月30日に行われた2024明治安田J1リーグ第5節、名古屋グランパス対横浜F・マリノスにおいて、後半途中まで1-0とリードしていた横浜FMの選手交代が認められず、これにより11人対10人の数的不利の戦いを強いられた同クラブが同点ゴールを奪われてしまう。後半アディショナルタイムにも失点を喫した横浜FMが1-2で敗れたことで、清水勇人主審をはじめとする審判団の一連の措置に批判が集まった。

このトラブルの原因は何だったのか。ここでは本ブリーフィングに登壇した佐藤隆治氏(元国際審判員。現JFA審判マネジャーJリーグ担当統括)による説明を紹介しながら、この点を検証していく。


横浜F・マリノス MF渡辺皓太 写真:Getty Images

横浜FM交代不許可トラブルの背景

後半30分まで1-0とリードしていた横浜FMは、DF加藤蓮に代えDF畠中槙之輔を投入しようとする。ところがこの矢先、同クラブMF渡辺皓太がピッチに座り込みプレー続行不能に。選手交代は5人まで可能だが、交代回数はハーフタイムを除き3回までというルールになっており、これがこの試合3回目の選手交代だった横浜FMは畠中に加えMF山根陸も投入しようとした。

畠中と山根が同時投入されると思われたが、清水主審はこの合間の名古屋の選手交代(椎橋慧也、倍井謙の両MF投入)を認めた一方で、横浜FMの選手交代を認めず。名古屋のスローインで試合を再開した。

負傷によりプレー続行不能となった渡辺は既にピッチから退いていたため、横浜FMは一時的に10人での戦いを強いられる。これにより守備隊形を整えられなかった横浜FMは後半32分、相手MF森島司に最終ラインの背後を突かれ、同点ゴールを奪われてしまった。

この不公平に映る審判団の措置に、横浜FM陣営が怒りを露わに。審判員に抗議したハリー・キューウェル監督には、試合中にイエローカードが提示された。

これに加え、Jリーグは横浜FM通訳スタッフ、松崎裕氏へのペナルティを4月2日に発表。試合終了後の審判員への不適切な言動により、リーグ戦2試合のベンチ入り停止処分が同氏に科されている。こうした事情や横浜FMが逆転負けを喫した事実が火種となり、清水主審をはじめとする審判団への非難が集中した。


佐藤隆治氏 写真:Getty Images

最適解ではなかった

「やはりこの話からしないと、(ブリーフィングが)先に進まない」。本ブリーフィングで佐藤氏はこのように切り出し、一連の騒動の経緯を報道陣に説明した。

「時系列を整理すると、まずF・マリノスの選手(畠中)が交代の準備を終えて、第4の審判員も交代ボードで選手の背番号を準備(表示)し、今まさに交代しようとしている。このタイミングで、フィールド上のF・マリノスの選手(渡辺)が負傷で座り込みました」

「F・マリノスにとって、これがこの試合3回目の交代でした。今は交代人数5人まで、回数はハーフタイムを除いて3回までというルールです。F・マリノスとしてはここで交代してしまうと(畠中のみ投入してしまうと)、これ以上の交代ができなくなる(負傷した渡辺に代わる選手を投入できず、試合終了まで10人で戦うことになる)。なので交代を待ってくれと。渡辺選手が負傷したので、第4の審判員としてはドクターをピッチに入れるか入れないか、担架が必要かどうかのコミュニケーションを主審とすることになり、これにフォーカスします」

「そうしたら今度は名古屋から選手交代が2名発生しました。その後、F・マリノスが負傷した渡辺選手の分の選手交代(山根)を追加するということで、交代の手続きをすると。ただ、この時点での試合再開方法は名古屋のスローインで、(ピッチ上の選手の)準備は完全に整っている。こうしたなかでレフェリーは(横浜FMの)交代を後回しにして、試合を再開しました」

「まず皆さんにお伝えしたいのは、これ(今回の審判団の措置)は競技規則の適用ミスではないということです。ただ、この場面をご覧になられた皆さんは色々なことをお感じになられたと思います。我々も一つずつ分析して、当該審判員ともすぐ話をしました。(交代を認めずに)試合を再開しちゃダメだった、ルールの適用を間違っているという話ではないです。ただ、一連の流れ(経緯)を見たときに、もう少し別のやり方があったのではないか。最適解ではなかったと僕は思います」

清水勇人氏 写真:Getty Images

佐藤氏が慮った審判員の心情

一連の騒動の経緯を説明した佐藤氏は、すかさず第4の審判員(※)の業務に言及。当該審判員の心理に配慮したうえで私見を述べている。

「第4の審判員にとって、競技者の交代に関する業務は複雑で、業務自体も多いです。交代選手がタッチライン付近に立っていると、『あとはピッチに入場させるだけでしょ』と思われがちなんですけど、審判チームとしてはこのときに3つやらなければならない業務があります。1つ目は交代回数や人数の確認。交代が3回・5人以内に収まっているのか。これが間違っていたら大問題です。2つ目は、交代のときに提出される交代用紙とメンバー表原本の照合。3つ目は交代で入る選手の用具(スパイク等)チェックですね。これらは競技規則上、審判員が必ずやらなければなりません」

「交代ボードの設定を各チームのスタッフが担うリーグや大会もありますが、通常は第4の審判員の業務です。日本(Jリーグ)では今も第4の審判員がやっています」

「(名古屋vs横浜FMではこれらの)業務に時間がかかり、審判員はとてもプレッシャーを受けたと思います。(特に横浜FMの)監督やコーチ、通訳の方からですかね。そうしたなかで、名古屋の選手たちは試合を再開する準備ができている。こうしたところ(事情)で試合を再開させてしまいました」

「試合終了後に時系列を追った(経緯を整理した)のですが、交代手続きにすごく時間がかかっている(横浜FMが必要以上に時間をかけている)わけではなかったんですよね。ただ、本当にかかった時間は短くても、何かプレッシャーに晒されていると時間の経過を長く感じるとき、皆さんにもありますよね。レフェリーとしては速やかにプレーを再開しなければならない。アクチュアルプレーイングタイム(選手が実際にプレーしている時間)を確保しよう、アディショナルタイムが長くなりすぎないようになど、そんな気持ちにもなったのだろうと思います」

「なので、僕はこれ(清水主審の措置)を間違っているとは言いません。ただ、色々なことを考えたときに他にもやり方はあったのではないか。当該審判員にはこのように伝えましたし、他のJリーグ担当審判員にも映像とともに(本件を)共有しました」

「11人対11人でやるのがサッカーの基本です。でも、11人対11人になるまで必ず待つかと言われたら、それはケース・バイ・ケースだと思います。今後、Jリーグで色々な選手交代が行われるでしょう。少しでも状況が違えば、そこから導き出される答え(審判団の措置)が変わってくるので、(名古屋vs横浜FMの騒動について)この場で1個ずつ話すつもりはありません。ただ、色々なことを考えたときに、選手交代を全て終えてから試合再開という方法もあったよねと。色々な考えがあるなかでレフェリーが試合をリードしていく、(多くの人から)受け入れられるレフェリングを目指していくのが大事だと思います」

(※)選手交代手続きや、ベンチ入りスタッフ・選手の行動を管理する審判員


佐藤隆治氏 写真:Getty Images

審判員のタスク過多が遠因に

片方のチームの人数が減りかねないケースでは、交代が完了してから試合再開というのを原則とすべきではないか。本ブリーフィングに出席した記者からこのような指摘があったが、「その原則を逆手にとることもできる(試合再開を意図的に遅らせ、自軍に有利な状況を作るチームが現れる)ので、統一ルールではなく、そのときの最適解を審判員が導き出すのが大事」と佐藤氏は回答している。

また、佐藤氏は第4の審判員の業務過多に関し、「(交代ボードの設定を)両チームのスタッフに任せる。交代用紙についても第4の審判員へ直接提出される方もいらっしゃれば、各スタジアムの運営担当スタッフが触られたり(受け付けたり)と、色々なやり方があります。そうしたところはJリーグと話をしています」と、改善に向け着手していることを明かした。

第4の審判員の業務過多が、今回の騒動の遠因となった。この点は筆者も同感である。佐藤氏が口にした改善策の実現を願うばかりだ。

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