ロスジェネ世代はつらいよ...昨年は「歴史的賃上げ」でも賃金増えなかったが、今年は恩恵ある?(1)/第一生命経済研究所の永濱利廣さんに聞く

「ロスジェネ世代はつらいよ」

学校卒業後の就職活動では氷河期、やっと入社しても......。

日本中が「歴史的賃上げ」に浮かれるなか、「ロスジェネ世代」といわれる30代後半~50代前半は、今回も賃上げの恩恵を受けない可能性があることが、第一生命経済研究所の永濱利廣さんの分析リポートで明らかになった。

家庭では子育てと仕事の両立に奮闘、企業では管理職として頑張る働き盛り世代だ。その世代を冷遇してニッポンはどうなる? 永濱利廣さんに話を聞いた。

「歴史的賃上げ」でも、マイナス賃金だった50代前半

「ロスジェネ世代」とは、バブル崩壊後の超就職難期に新卒で就職活動を行なった就職氷河期世代。現在の30代後半~50代前半にあたり、正社員として働けない人が多くいた。

連合が公表した今年の春闘1次集計結果によれば、平均で5.28%増となり、33年ぶりの「歴史的賃上げ」となった。

日本経済研究センターが発表していたエコノミストたちの事前予想では、同じく30年ぶりの「歴史的賃上げ」と騒がれた昨年の3.60%をやや上回る3.88%だったから、それを1.40%も上回る高い数字だ。一気に賃金上昇ムードが高まっている。

しかし、第一生命経済研究所の首席エコノミスト永濱利廣さんが発表したリポート「30年ぶり賃上げでも増えなかったロスジェネ賃金~今年の賃上げ効果は中小企業よりロスジェネへの波及が重要~」(2024年3月18日)によると、ロスジェネ世代は今回も賃上げの恩恵を受けにくい可能性があると指摘されている。

リポートで永濱さんは、昨年の「歴史的賃上げ」の結果を分析する。

【図表】は厚生労働省が発表した2023年の「賃金構造基本統計調査」から見た、年齢階級別と学歴別の所定内給与(=基本給プラス諸手当、ただし残業手当などは含まない)の伸び率(対前年比)のグラフだ。

(図表)年齢階級別・学歴別の所定内給与(第一生命経済研究所作成)

ホワイトカラー層が多い「大学卒の年齢階級グラフ」に注目すると、昨年の30年ぶり賃上げのけん引役となったのは20代の若年層と60代以降のシニアであり、30代後半~50代前半のロスジェネ世代では、ほとんど所定内給与が増えていない。

具体的に伸び率を見ると(四角い枠内)、20~24歳(2.6%増)、25~29歳(2.8%増)と、20代は2%台後半の高い水準だ。これが65歳以降になると、65~69歳(11.5%増)、70歳以上(10.5%増)とドーンと急上昇する。

ところが、ロスジェネ世代では35~39歳(0.1%増)、40~44歳(1.0%増)、45~49歳(0.3%増)と微増にとどまる。そして、なんと50~54歳では0.2%減とマイナスになってしまうのだ。

いったいなぜ、ロスジェネ世代は企業から冷遇されているのか。永濱さんは主に3つの要因を挙げている。

(1)もともと第2次ベビーブーマー世代を含み、労働者数のボリュームが大きく相対的に賃金水準が高い年代にある。

(2)ロスジェネ世代自身も就職に苦労したことから考え方が保守的になり、賃金上昇よりも雇用の安定を望む傾向にあり、賃金が上がりにくくなっている。

(3)結局、日本の平均賃金上昇を阻んできたのは、労働市場の流動性が乏しく、経営者の人材流出に対する危機感が薄かったことも大きい。特に、ロスジェネ世代が転職に保守的な背景には、同じ会社で長く働けば、賃金・退職金で恩恵を受けやすくなる日本的雇用慣行も影響している。

一方、所定内給与が上がれば個人消費も増える相関関係がある。このため永濱さんはリポートの最後で、日本の個人消費を本格的に回復させ、日本経済を復活させるには、ボリュームが大きいロスジェネ世代の恒常所得を引き上げる政策が必要と訴えている。

ロスジェネ世代が「保守的」な理由は

J‐CASTニュースBiz編集部は、第一生命経済研究所の永濱利廣さんに話を聞いた。

――ロスジェネ世代の賃金が低く抑えられている一番の理由は何でしょうか。

永濱利廣さん いまだに日本企業の多くが年功序列型賃金になっていることがあげられます。50代前半頃まで上がり続けて、まさにロスジェネ世代が総賃金の最大のボリュームゾーンになりますから、企業は人件費抑制のためにここを抑えようとします。

また、ひと昔前まで労働組合も高い賃上げを要求してこなかったことも問題です。雇用の維持を優先させ、賃下げや非正規雇用の拡大を受け入れてきたからですね。しかも、ロスジェネ世代が管理職になると、非組合員になりますから組合の保護から外れます。

組合のある会社でさえそんな状態のうえ、そもそも日本企業の組合の組織率は16%前後しかありません。ロスジェネ世代は就職前にも苦労の連続、就職後も苦難の道を歩んできたと言えるでしょう。

――リポートでは、ロスジェネ世代が「もとも保守的で転職したがらない」ことも賃上げの恩恵を受けなかった理由の1つと指摘していますが、「ロスジェネ世代が保守的」というのはどういう意味でしょうか。

永濱利廣さん 私自身もロスジェネ世代の1人だからわかりますが、就職氷河期に苦労してやっと会社に入ることができれば、心理的に転職に保守的になります。「35歳の壁」と言われるように、よほど自分のスキルに自信がある人でないと、転職の冒険に一歩踏み出すのは難しいでしょう。

2009年に米カリフォルニア大学のギウリアーノ教授と、IMF(国際通貨基金)のスピリンバーゴ氏が米国のデータをもとに、若い頃の「経済環境」が、その世代の価値観に影響を与えることを実証的に明らかにしています。

高校や大学を卒業して数年間に不況を経験するかどうかが、その世代の価値観に大きな影響を与えるというものです。

具体的には、18歳~25歳の不況経験で、その世代の価値観が決まります。そして、この価値観は、その後年齢を重ねてもほとんど変わらないとしています。

「管理職=罰ゲーム」には、プラスとマイナス効果

――なるほど。ロスジェネ世代は生涯、転職に保守的という価値観は変わらないというわけですね。
しかし、ロスジェネ世代が管理職になっても報われずに、会社の冷遇に耐えていることが、若い世代からは「管理職=罰ゲーム」に見えて、管理職になりたがらない若者が増えている原因とする見方が出ています。

永濱利廣さん 「管理職=罰ゲーム」論は捉え方次第ではそうなのかもしれません。

しかし、プラスとマイナスの両面が考えられます。まず、マイナス面では管理職がネガティブに捉えられれば、なりたい人が減って会社側が困るという側面があります。

逆にプラスの効果としては、若い人が管理職を冷遇する会社のやり方を目の当たりにすれば、「こんな会社で出世するのはバカバカしい」と、真剣に転職を考えるきっかけになることです。

若い人がどんどん転職すれば、会社も困って人材引き止めに本腰を入れなくてはならなくなり、社員の待遇をよくして賃金を上げる動きが加速するかもしれません。

転職がもっともっと増えて、労働市場の流動性が高まれば、日本企業の平均賃金は上がりやすくなるでしょう。

――ところで、リポートの分析で不思議なのは、若い世代の賃上げ率が高いことはわかりますが、65歳以上のシニア世代の賃上げ率が10~11%増と異様に高いことです。 私自身も70歳代で働いていますが、シニアになってから収入が大きく下がったことはあっても、高くなったことはありません。

永濱利廣さん それは統計のトリックです。シニアひとり一人の個人収入が上がったわけではなく、シニア層全体の平均収入額が上がったということです。

――どういうことでしょうか。

永濱利廣さん まず、定年延長によってシニアになっても正社員で働く人が増えました。以前であれば定年後は非正規のパートだった人が、正社員で雇用が続く分、シニア層全体の収入が上がっています。

かといって、会社がシニア層全体の総人件費を増やしたわけではありません。その点、会社はしたたかに計算しています。シニアになる前の年代、50代から段階的に賃金を抑制して、シニアになってから支払う分に回しています。

たとえば、それまで毎月支払っていた賃金の一定割合を積み立てるといった方法で、シニアになった後の賃金の原資をひねり出しています。

こうしたことも、昨年「30年ぶりの賃上げ」を記録したにもかかわらず50歳~54歳の所定内給与がマイナスになった一因かもしれません。

ただし、シニア層個人の毎月の収入が増えたわけではないとはいえ、長く働けるようになった分、生涯に得られる総賃金は増えるかもしれません。

表面的な賃上げとは必ずしも一致しない実体も

――連合資料によると、今年の賃上げは平均で5%を超え、事前予想をはるかに上回る「歴史的な賃上げ」になりました。今回こそ、ロスジェネ世代は恩恵をこうむることができるでしょうか。
また、実質賃金が22か月連続のマイナス(2024年3月、厚生労働省発表現在)を更新中ですが、プラスに転じることができるでしょうか。

永濱利廣さん 両方とも微妙ですね。

まず、企業側が「賃上げアピール」をしたいために記録的な賃上げ率になりましたが、個々の具体的な企業の中身を見ると、あまり実質が伴っていないケースも散見されます。

たとえば、新入社員の初任給を大幅に引き上げると、大々的に発表している会社でもかなりの固定残業代が含まれているケースなどもあり、そうした「賃上げアピール」の例が少なからずあると思われます。

また、給料は「所定内給与」だけではありません。残業などの時間外手当も含めた「所定外給与」、さらにボーナス(賞与)もあります。賃上げ率は主に「所定内給与」に影響しますが、総労働時間規制が進行しているため、「所定外給与」は増えにくい傾向にあります。

さらに、昨年の「歴史的な賃上げ」の結果を分析すると、多くの企業が基本給である「所定内給与」を増やしましたが、その分、ボーナスを減らしたケースもありました。

マクロ経済から見て、企業の総人件費は「30年ぶりの賃上げ」といわれるほど増えていません。これからは、自社株を社員に譲渡する方法で賃上げとする企業も増えていくでしょう。

ロスジェネ世代はつらいよ...昨年は「歴史的賃上げ」でも賃金増えなかったが、今年は恩恵ある?(2)/第一生命経済研究所の永濱利廣さんに聞く>に続きます。

(J‐CASTニュースBiz編集部 福田和郎)


【プロフィール】
永濱 利廣(ながはま・としひろ)
第一生命経済研究所経済調査部首席エコノミスト
担当:内外経済市場長期予測、経済統計、マクロ経済分析

1995年早稲田大学理工学部工業経営学科卒。2005年東京大学大学院経済学研究科修士課程修了。
1995年第一生命保険入社。1998年日本経済研究センター出向。2000年第一生命経済研究所経済調査部。2016年4月より現職。
著書に『エコノミストの父が、これだけは子どもたちに教えておきたい大切なお金の話 増補・改訂版』(ワニ・プラス)、『給料が上がらないのは、円安のせいですか?』(PHP研究所)、『日本病 なぜ給料と物価は安いママなのか』(講談社現在新書)、『日本病 なぜ給料と物価は安いままなのか』(講談社現代新書)など多数。

© 株式会社ジェイ・キャスト