香港女性が日本のAVに進出、広がる波紋 閉塞感強まる社会で「挑戦する姿」に若い女性は共鳴

素海琳(英語名エレナ・ソウ)さん=2023年10月、香港(撮影・鄭偉学、共同)

 日本のアダルトビデオ(AV)界に1人の香港人女性が飛び込み、性に関して保守的とされる香港で波紋が広がっている。女性搾取につながるとの批判的な意見もあるが、「新しい世界への挑戦」としてその生き方を好意的に受け止める若い女性も少なくない。「多くの人が批判を恐れずに挑戦してくれたらうれしい」と自分の生き方を貫く姿は、中国の統制が強まり閉塞感が漂う香港社会に新たな風を吹き込んでいる。(共同通信香港支局 一井源太郎)

 ▽応援の声が続々と

 日本のAVに出演したのは素海琳(そ・かいりん)(英語名エレナ・ソウ)さん(27)。エレナさんは「相当な批判を受ける覚悟をしていた」と振り返るが、実際にデビューしてからは「多くの若い女性が交流サイト(SNS)などで応援のメッセージをくれている。デビュー前には想像もしていなかった」と驚きを隠さない。
 性に関する問題をタブー視する伝統的な価値観を持つ人が少なくない香港で、エレナさんのデビューは「一大事件」として受け止められ、新聞各紙が扱うなど大きな反響を呼んだ。性の商品化や女性搾取につながるとの批判も一部で起きたが、それ以上に「自分のやりたい道を突き進む姿に勇気をもらった」と、エレナさんには支持や激励の声が多く届いた。

AVデビューした素海琳(英語名エレナ・ソウ)さんについて報じる香港のニュースサイトを表示する画面(撮影・武隈周防、共同)

 ▽きっかけは新型コロナ

 エレナさんが日本のAV出演を目指したきっかけは、世界的に流行した新型コロナウイルスだ。以前から芸能活動をしていたが、新型コロナ禍で活動が制限され、行き詰まりを感じていた。そうした中で「何か大きなことがしたい」との思いが抑えきれなくなり、日本のAVへの出演を目指した。すぐに実現したわけではない。数十社に断られた。それでもあきらめきれず、台湾の会社を通じて大手プロダクションとの契約にこぎ着けた。

窓の外を見つめる素海琳(英語名エレナ・ソウ)さん=2023年10月、香港(撮影・鄭偉学、共同)

 ジェンダー問題に詳しい嶺南大(香港)のアニー・チャン准教授は、支持が広がる背景には2019年の反政府デモなどを経て醸成された香港人意識の高まりが影響していると指摘する。「競争の激しい日本のAV界で同じ香港人が活躍することは『すごい』と受け止められている」と分析する。
 中国指導部は香港のデモを受けて「愛国者による香港統治」を掲げ、香港の民主派を強制的に排除した。
 エレナさんは「私のことを見て、多くの人が批判を恐れずにさまざまなことに挑戦してくれたらうれしい」と話す。既存の価値観に挑む姿は、挫折感を味わう香港でことさらまぶしく映っている。

香港の繁華街を行き交う人たち=1月(撮影・武隈周防、共同)

 ▽「型破りな生き方」に刺激受ける若者

 香港では、中国主導で香港国家安全維持法(国安法)が導入されて以降、民主派の団体やメディアが次々と閉鎖に追い込まれた。表現の自由が保障された環境で育った若者らは、香港の「中国化」を前に無力感を抱いている。エレナさんへの支持拡大には、中国の統制によって変質する社会が色濃く反映されている。

インタビューに答える素海琳(英語名エレナ・ソウ)さん=2023年10月、香港(撮影・鄭偉学、共同)

 20代の香港人女性は「2019年の反政府デモ以前の香港であれば、エレナさんは受け入れられなかった。挫折を感じている若者が彼女の型破りな生き方に前向きなエネルギーを得ている」と共感を示す。
 香港社会は、表面上は安定を取り戻したように見える。しかし、人々は友人や家族の間でも政治的な話題を避けるようになった。中国共産党の批判や民主化要求はタブーとなっただけでなく、刑事訴追の対象にもなっている。香港の将来を悲観して、海外移住を目指す人も後を絶たない。
 中国は今年1月、愛国主義教育法を施行し、香港の若者に「愛国精神」を植え付けることも義務付けた。国安法で民主化を阻止したのに続き、中国への帰属意識を植え付けるための「心の統制」にも着手する構えだ。

香港市内を走る2階建てバス=2023年12月(撮影・武隈周防、共同)

 自由が奪われ、香港人意識が揺らぐ中、自分の道を突き進むエレナさんの姿は、多くの人々に今後の生き方を考えるきっかけをもたらしている。

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