荻原博子氏が解説「新年度 生活防衛のツボ」株価史上最高値でも庶民は投資をやめるべき

荻原博子氏(C)日刊ゲンダイ

新年度になって、幅広い商品で値上げが続く。日銀のマイナス金利解除を受けて普通預金金利が上昇するのはうれしいが、住宅ローン金利はどうなるか。生活を支える制度については、さまざまな変更がある。どうやって生活を守るか。経済ジャーナリストの荻原博子氏に聞いた。

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帝国データバンクの調査によると、4月に値上げ予定の飲食料品は2806品目に上る。主な食品メーカー195社を対象に価格改定の動きを調べたところ、4月の値上げはハムやソーセージ、冷凍食品など「加工食品」が最多の2077品目。そのほか、「調味料」(369品目)、「酒類・飲料」(287品目)なども目立つ。

飲食料品以外にもさまざまな商品やサービスの値上げが予想される。たとえば佐川急便やヤマト運輸の宅配料金も、4月から2~7%ほど値上げだ。ドライバーの時間外労働が上限960時間に制限されると、1人当たりの輸送量や収入が減る。その分が転嫁されるためだ。

値上げラッシュに見舞われるが、日経平均株価は先月22日に史上初の4万1087円をつけた。その後も一進一退の攻防が続き、4万円前後で推移している。今年から始まった新NISAでは、非課税枠が拡大したことで、個人投資家が株式市場に集まったことも株価を押し上げる要因とされる。

一方で日銀は、マイナス金利を解除。これを受けてメガバンクの普通預金金利は、0.001%から0.02%と20倍に上昇した。そんな金利上昇の動きから、経済誌には、インフレ時代到来を印象づける見出しが並ぶ。株式市場は好調でインフレ局面を踏まえると、積極的に株式投資を考えるべきなのか。荻原氏はそんなムードにクギを刺す。

「まず大前提として、日銀はまだデフレ脱却宣言をしていません。その状況で、インフレと解釈するのは間違いで、その誤った解釈を基に株式投資を、という議論は根本的におかしい。株式投資は常にリスクを伴いますから、慎重に見極めるべきです」

そもそも好調な株式相場は、日銀と海外の機関投資家が大量に資金を投入することで成り立っている。そこに政府は新NISAのメリットをPRすることで、個人投資家も押せ押せムードにのっているわけだが、プロがシノギを削る“鉄火場”にシロウトが“参戦”するのは危険だという。その根拠のひとつが、株価が上昇し、時価総額が増えても、日本経済はよくなっていないことだ。どういうことか。

「GDPの個人消費は3期連続マイナスで、株式相場のイメージほど日本全体の景気はよくなっていないのです。年度替わりを挟んだ調整局面という見方もありますが、平均株価は4万円前後で停滞しています。史上最高値に向かったときの勢いはなく、相場は必ずしもよくない。何より、今後の世界がどうなるか、まったく予測できません。株式投資は、未来を予想するものです。この国内外の状況では、個人が手を出すべきではありません」

■11月の米大統領選が波乱の火種に

振り返ると、米国でバイデン大統領が誕生したのは2021年1月だった。翌年2月にロシアがウクライナに侵攻したことで、世界に原材料高の嵐が巻き起こった。それが値上げの一因にもなり、いまも続いている。荻原氏が続ける。

「こうした世界情勢の流れをだれが予想できたでしょうか? できませんよね。それと同じような世界情勢の激変が、秋の米大統領選をキッカケとして起こるかもしれません。共和党の指名候補争いではトランプ氏がスーパーチューズデーを制して、バイデン氏との世論調査でも有利な情勢です。しかし、トランプ氏の元側近は米議会襲撃事件に関与したとされる極右のスティーブ・バノン氏で、娘婿のクシュナー氏はガザ地区をめぐって過激な発言をした過去があります。米大統領選の状況によっては、その先がまったく見えません。予測できないことが毎日、繰り返されているのが世界なのです」

■従業員より株主重視は東インド会社時代のまま

平均株価は上昇した。企業の収益も改善した。ところが、この30年間、実質賃金は変わらないどころか、減っている。厚労省の「毎月勤労統計」(23年版)によると、20年の実質賃金を100とすると、23年は97.1。30年前からほぼ右肩下がりで、15.3ポイントも下落している。ここにきて大手企業だけでなく中小企業にも賃上げの動きは見られるが、どうなのか。

「企業はこれまで利益の多くを株主への配当に回し、従業員への還元は二の次でした。資本家(株主)がリスクを取って企業に出資して、利益を生んだ企業は資本家に還元する。資本主義とはそういうもので、株式会社の原点といわれる東インド会社の時代から受け継がれています。商法を改正した日本がグローバル化した以上、仕方ないことです」

実質賃金が上がらず、生活が八方塞がりのままとなると、沸騰する株式市場に魅力を感じる人もいるだろう。やっぱり株式投資は控えるべきなのか。

「日本の人口構成は、富裕層とそれ以外に二極化してきています。投資ができるのは、資金に余裕がある富裕層で、多くの庶民は生活が大変で株式投資に回す余裕資金はないはずです。失ってもいいと思える資金で面白いと思えれば、株式投資に回すのはいいのですが、そうするとそれは投資ではなく、投機になります。そのスタンスで株式投資初心者のシニアが、今後の生活資金である退職金などを株式投資につぎ込んで失うと、取り戻すのが難しい。老後の生活に困るので、シニアの初心者はやらない方がいいです」

若い人なら、株式投資もありだという。損失を回収できる時間があるのがひとつ。もうひとつは、少額投資でヤケドを負った経験は将来、生きる可能性もあるためだという。

変動金利の125%ルールで元本が減らず…

金利についてはどうか。今後、長期金利が上がれば、住宅ローン金利の上昇も予想されるだろう。

「フラット35をはじめとする固定金利の方は金利上昇でも問題ありませんが、変動金利の方は要注意。その根拠が、変動金利に設けられている125%ルールです」

変動金利には、5年ルールと125%ルールがある。どちらも激変緩和措置で、前者は契約から5年間は金利が上昇しても毎月の返済額が変わらない仕組みだ。後者は、6年目からの毎月の返済額は、それまでの金額に対して125%までしか上げられないというルールである。125%ルールの落とし穴が怖いという。

「125%ルールは毎月の返済額を抑える仕組みですが、総返済額を減らす仕組みではありません。金利が上昇すると、返済額に占める利息部分が増える。ところが、返済額が125%で抑えられていると、元本の返済が進まず、未払いの利息が発生する恐れがあるのです。変動金利の人はとにかく元本を減らす、あるいは返済年数を減らすことを考えるべきです」

東京都と大阪府では4月から高校授業料の実質無償化が始まった。これまで設けられていた年収制限がなくなり、授業料が実質タダになる。都立や府立のほか、私立高校も対象だ。

「たとえば神奈川や千葉から東京の私立高校を目指す場合、受験前に引っ越して授業料無償化の恩恵を受けるのは生活防衛のひとつ。しかし、私立の場合、入学金や設備費、修学旅行の積立金なども公立より高いので、そこは頭に入れておくべきでしょう」

こうしてみると安くなるのは高校の授業料くらいで、生活への逆風は強くなりそうで困る。対策は?

「家計の引き締めが一番です。各種保険の見直しや解約をしたり、通信費の節約で格安スマホに変更したり。ポイントの利活用も大切で、できることはなんでもやって生活防衛につなげる意識が必要です。経済が不安定のまま、庶民の購買力が改善しなければ、デフレに戻る可能性もあるとみています」

生き残るには、もがき続けるしかない。

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