在日Jリーガーが語る北朝鮮代表の素顔 「これだけは言いたい」…“一面”だけでは見えない同胞の温かさ【独占インタビュー】

文仁柱(7番)は日本戦後、遠藤航(6番)と健闘を称え合い握手【写真:徳原隆元】

北朝鮮A代表デビューを果たした文仁柱の印象に残った選手は前田大然と上田綺世

J3・FC岐阜に所属する在日コリアンのMF文仁柱(ムン・インジュ)は、3月21日に行われた北中米ワールドカップ(W杯)アジア2次予選の日本代表対朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)の一戦で北朝鮮A代表デビューを果たした。唯一の“国外組”として参加したなか、「これだけは言わせてください」と北朝鮮代表に対する印象への思いを口にした。(取材・文=FOOTBALL ZONE編集部・小田智史/全2回の2回目)

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2020年にタイで開催されたU-23アジアカップでU-23北朝鮮代表を経験した文仁柱はその後、2022年にJ3のガイナーレ鳥取でプロキャリアをスタート。2シーズンを過ごしたのち、今年から岐阜にプレーの場を移した。

新天地・岐阜でのキャンプ期間、中国で行われた北朝鮮のA代表合宿(1月29日~2月5日)に初参加。事実上の“テスト”をクリアし、3月21日、26日の北中米W杯アジア2次予選の日本戦に向けたメンバー24人に唯一の“国外組”として選出。国立競技場での第3節において、0-1とビハインドの後半38分にDFキム・ポンヒョク(黎明体育団)に代わって左サイドバックに入り、念願の北朝鮮A代表デビューを飾った。

「自分は日本で生まれて、日本で育っているので、日本代表を観てきました。例えば久保建英選手(レアル・ソシエダ)とか、遠藤航選手(リバプール)といった(世界の)トップレベルでやっている選手たちがいるチームとの対戦はすごく興奮したし、高ぶりました。非常に有意義な時間だったと思います」

アディショナルタイム4分を含めたピッチ上での11分間は押し込まれて難しさが伴うプレーとなったが、FIFAランキングでアジア1位(全体18位)の日本代表を目の前にし、大いに刺激があったという。

「ベンチから試合を見ていて、前田大然選手(セルティック)は元々足が速いのは分かっていましたけど、実際に見てみるともっと速かったし、ディフェンス面においてもプレッシャーの強度とか凄くて、J3にはなかなかいない。上田綺世選手(フェイエノールト)の身体の使い方とか上手いなと思いました。試合終了後には、遠藤航選手が近くにいたので『ありがとうございました』と挨拶をしに行ったら、向こうも『頑張って』みたいな感じで声をかけてくれました」

同胞の鄭大世氏(写真は現役時代)【写真:Getty Images】

鄭大世氏から受け取った「今度は君につないでいってほしい」の言葉

在日コリアンでは、過去にMF安英学(アン・ヨンハ)氏、MF李漢宰(リ・ハンジェ)氏、MF梁勇基(リャン・ヨンギ)氏、FW鄭大世(チョン・テセ)氏、DF李栄直(リ・ヨンジ/FC安養)らが、Jリーグでプレーしながら北朝鮮代表としてプレーした経験を持つ。現在J3でプレーする文仁柱は、偉大な先輩たちの背中を追いかけるためにも、上のステージを目指したいと思いを明かす。

「朝鮮代表チームとして、技術的な面では(日本代表と)レベルの差があったのは事実です。自分は今回、J3から招集でしたが、代表に選ばれたという肩書きがついているので、J1レベルでやっていかないといけない。いい意味で、全く歯が立たないとはそこまで感じなかったとはいえ、自分は今J3にいて、もどかしさもある。安英学さんや鄭大世さんは上のカテゴリーから代表に入っていますから。周囲のみなさんからはJ3から入って凄いと言っていただきますが、上のカテゴリーに行って選ばれたい思いがあります」

鄭大世氏は3月21日の日本対北朝鮮戦でテレビ解説を務め、文仁柱について「同じ在日コリアンなので気持ちは分かるんですけど、朝鮮代表として日本代表と試合するというのはやはり特別な思いがあります」と語っていた。「直接会って挨拶はできなかった」と話す文仁柱だが、試合前に連絡をもらい、熱いメッセージを受け取ったという。

「『楽しくやって来い』と。安英学さん、梁勇基さん、鄭大世さんたちが現役を引退して以降、ここ何年か朝鮮代表選手が出ていなかった。今回、自分が代表に入って、日本代表と対戦することになって、『こうやってタスキはつながっていくんだ』『今度は君につないでいってほしい』という旨の言葉をいただきました」

また、安英学氏は試合翌日、北朝鮮代表の歓送会へ足を運んだ様子を自身の公式X(旧ツイッター)に投稿。「若い選手たちに『とても良い試合をしたけど不必要なファウルが多いな』と言うと、『どうしても緊張してしまって…』と申し訳なさそうに答えた。まだまだ若くて発展途上のチーム。再びW杯の舞台に立つ日が来ると信じています。夢は叶う」と、選手たちとの会話の内容も明かしていた。文仁柱は「僕もその話をしました」と話す。

「試合の立ち上がりは緊張で固くなっていたとみんな言っていました。日本代表はいいチームだと言っているし、リスペクトして戦っている。(シン・ヨンナム)監督からも、『(日本代表は)上手いチームだからこそ、自分たちは気持ちで戦わないといけない』『サッカーは勝つためにやってるので、気持ちが熱くなるのはいいことだけど、悪質なファウルだったり、冷静な判断ができないようなプレーはしないように』と、ミーティングで話がありました。故意に、ファウルしてやろうという気持ちは全くないです。だからこそ、安英学さんが話に来てくださった時に、そういう話になったと思います」

文仁柱は代表活動で気心の知れたDFキム・ギョンソクらといい関係を構築【写真提供:FC GIFU】

北朝鮮代表の選手たちは「すごく純粋で温かい」

北朝鮮と言えば、昨年10月のアジア大会準々決勝でU-22日本代表と対戦した際、激しいプレーのほかに、ゲームが止まっていた時間帯に、日本のスタッフから水を受け取った選手が威嚇のようなジェスチャーを取ってイエローカードを受け、試合終了後には審判団に詰め寄る姿が中継映像に映し出されてクローズアップされてしまった。

今回の対戦でも、後半終盤にFW菅原由勢(AZアルクマール)や前田大然が危険なファウルを受けるシーンこそあったが、それ以外の場面では激しくもフェアなプレーで日本と渡り合ったのも事実だ。文仁柱も、「これだけは言わせてください」と言葉を紡ぐ。

「朝鮮代表は試合だけのイメージがあって、見ている人たちは試合でしか朝鮮代表の一面を知らない。日本と対戦する時に、気持ちが熱くなるのは事実です。僕もサッカー選手なので、もちろん危ないファウルは危ない。でも、その一面だけを切り取られて、イメージを持たれてしまうのはすごく残念なのが正直な気持ちです。

朝鮮代表の選手たちはすごく純粋で、僕が代表合宿に行った時もすぐにチームの輪に入れてくれて、『日本で頑張ってるか?』『今どのチームに所属しているんだ?』と積極的にコミュニケーションを取ってくれました。分からないことがあれば、僕のところまで教えに来てくれて、朝の起床時間にはわざわざ部屋まで起こしに来てくれたりしました。みんなすごく温かくて、裏表がないです。仲がいいのは、右サイドバックのDFキム・ギョンソク(先鋒蹴球団)選手。年代別代表で一緒で、当時のメンバーがA代表に何人かいたので、お互いにイジったりイジられたり、いい関係を築けました」

文仁柱が勇気を持って、選手の素顔やチーム内でのやり取りを可能な範囲で発信することは、北朝鮮代表にとっても意義のあることだろう。

[プロフィール]
文仁柱(ムン・インジュ)/1999年8月22日生まれ、埼玉県出身。朝鮮大学校―鳥取―岐阜。J3通算55試合・2得点、北朝鮮代表通算1試合・0得点。在日コリアンで、4歳年上の兄の影響でサッカーに魅了され、物心がついた頃から夢は「プロサッカー選手」。2022年には鳥取でプロ入りの夢を果たし、今季から岐阜でプレーする。サイドバックやボランチをこなすユーティリティー性を備える。好きな言葉は「人生楽しんだもん勝ち」、好きな選手は大学の先輩でもあるサガン鳥栖GK朴一圭。(FOOTBALL ZONE編集部・小田智史 / Tomofumi Oda)

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