【コラム・天風録】花蓮と地震

 花蓮―。震度6強の揺れに襲われた台湾東部の地名に、30年余り前に書いた記事を思い出した。戦時徴用され、広島の宇品港に停泊中の船で被爆した男性が「台湾の青年たちも一緒だった」と証言したのだ。花蓮港で動員した先住民も5人ほどいた、と▲「日本語も上手で純朴な若者たち」。元船員は懐かしがったが、消息は分からずじまい。日本統治下で日本人として生きた彼らは被爆した自覚もないまま戦後を過ごしたのかもしれない▲その花蓮は今も人口の3割近くがアミ族を中心とした先住民。自然に息づく民族文化や日本統治時代の景観も融合した穴場の観光地と聞く。一度行ってみたかった街でビルが倒壊し、一帯の山が崩れる映像に胸が痛む▲全ての被災者の安否が心配されるが、とりわけ被害が見えない先住民たちが気がかりだ。民主化の一環で少数民族が憲法で認定されて30年。生活水準は高くない。支援や復興において弱者となる恐れはないのだろうか▲地震の被害は刻々と拡大する。ずれた花蓮付近の断層の図を見ると能登半島と重ねてしまう。日本の震災に支援を惜しまない台湾に恩返しすると同時に、曲折を経た日本との関わりに思いをはせたい。

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