【掛布雅之が野球解説】2018年阪神タイガース「地獄ドラフト」から生まれた救世主…近本光司の武器とは何なのか

(※写真はイメージです/PIXTA)

「地獄ドラフト」と揶揄された2018年における阪神タイガースのドラフト。1位であった近本光司選手が、1番バッターとして「阪神の命運を握っていることは間違いない」と掛布雅之氏は語ります。近本選手の武器とはどのようなものだったのでしょうか。掛布氏の著書『常勝タイガースへの道 阪神の伝統と未来』(PHP研究所)より、詳しく解説します。

「地獄ドラフト」を背負った近本光司

近本光司選手について語ろう。近本選手は、関西学院大学出身で社会人野球の大阪ガスで1年目から活躍し、三菱重工神戸・高砂の補強選手として都市対抗野球本戦に出場した。翌2018年には見事優勝を果たし、首位打者にも輝いている。

ただ近本は、藤原恭大(現ロッテ)、辰巳涼介(現楽天)の外れ外れの1位であり、将来の大砲候補を待ち望んでいた一部のファンからは「地獄ドラフト」と揶揄された。しかし、その年のドラフト3位が木浪聖也であり、6位には湯浅京己がいた。

2022年は3番を打つことが多かったが、2023年は、1番バッターに固定して岡田監督はずっと起用していた。打順を固定されれば、バッターとしては「出塁」という1番打者の役割に集中でき、打席に向かうまでの迷いがなくなる。出塁以外にも、8番を打つ木浪の状態がよければチャンスでポイントゲッターになる必要がある。

1番の役割を考えたときに、近本選手の大きな変化としては四球の数だ。四球の数が増えることにより、打率3割も見えてくる。

近本選手の目標は、四球の数よりもヒットの数で出塁を増やしたいという考え方だったと思う。しかし、年間のヒットを150本打ち、四球を50個以上選べば、200以上の出塁となる。2021年には178本でセ・リーグの最多安打に輝き、四球は33、打率3割1分3厘。2022年は154安打で、四球は41、打率2割9分3厘だった。

四球を意識すれば、打率もさらに安定したものになり、確実な出塁でチームへの貢献もさらに増えていくだろう。

そして何より、近本選手のバッティングにとって大きくプラスの影響を与えるはずだ。四球を選べるのは、投手の投じるボールをよく見極めているからである。バットとボールが当たるポイントを少し後ろで打てるので、レフト方向へもいい打球が飛ぶようになった。

また、四球が増えるということは、ストライクゾーンから外れた球を振っていないということである。ボール球を振る確率が減ることは、バッティングが崩れないことにもつながる。ストライクゾーンを振るのであれば、スイングの形は崩れない。

だから四球を多く選べるバッターは、バッティングの状態のよいときが長く続くのだ。近本のボール球の見極め、四球数は、阪神の野球を変えることは間違いない。

2023年シーズン、近本の四球数は67個。一昨年、昨年の四球数を20個以上上回った。出塁率も3割7分9厘と一昨年、去年の3割5分台から向上した。1番バッターに固定されている近本の出塁が、阪神の命運を握っていることは間違いなかろう。

では、投手が投げたボールがストライクかボールかを、打者はどのタイミングで見極めればよいのだろうか。投手のプレートからホームベースまでは18.44メートル。150キロを投げる投手であれば、約0.4秒でキャッチャーミットに収まる。

その1秒にも満たない間で、私の場合は、投手のリリースポイントとバットに当たるポイントの間に自分しか持てない架空の四角いストライクゾーンをつくっていた。ピッチャーの手を離れて、打つポイントまでにトンネルがあると思ってほしい。

昨今のメジャーリーグ中継では、ストライクの枠がテレビ画面に映るが、それがそのまま投手に伸びていっていると考えてほしい。

そのトンネルの中に入ってくるボールを打つ。トンネルから外れたボールはボール球である。トンネルの中のボールを近くまで引きつけて見極められる打者ほどよい成績を残せる。見極めが早くなる打者は、手元でボールが変化して振らされることも多くなる。

近本選手は、左投げ左打ちだ。左腕が強いのでポイントを近づけても対応できる。私のような右投げ左打ちとは、ポイントも異なってくる。

近本選手は春先に状態があまり上がらないことが多いので、自分の中でいいスタートを切りたい気持ちが強く、左腕を強く使わず、ショートの頭上に打球を放つイメージでバットの角度をつくっているように見えた。

村上宗隆選手のバッティングの話のときにもふれたが、いかにバッティングの面をつくるかである。面をつくるためには左手首が早く返ってしまってはいけない。左利きの選手であれば、左腕が強いためにどうしても左手首が返りがちになる。近本選手は春先に面をずっと保つような形で対応していたため、いいスタートを切れたと考えている。

近本選手は足のスピードと体の強さがあることが最大の武器である。怪我をしない、怪我に強いことは大きな武器だ。

2023年7月2日の巨人戦。高梨雄平投手のボールが右脇腹付近に当たり、右肋骨骨折の診断を受けた。それでも3日の夜には、広島戦に備えて新幹線で広島入りしたが、4日午後に出場登録を抹消されると球団広報と共に帰阪した。しかし、7月22日には早くも復帰し、23日のヤクルト戦では盗塁も成功させ、フェンス際のジャンピングキャッチも披露した。

かつては金本知憲選手が左手首に死球を受けて骨折しながら出場し、鳥谷敬選手は鼻骨骨折をしながらフェイスガードをつけて出場した。そうした反骨心も阪神に息づいている魂ではないだろうか。

練習する体力があるということは、ひとつの才能である。そして、プロ野球は日本国内を移動しながら140試合以上を戦う。練習だけでなく、毎試合戦う体力がプロ野球選手には求められる。高校や大学で抜きんでた数字を残していたとしても、体力面ではプロの世界はまったく異なるといっていい。

投手は、8月ぐらいから体力的にも落ちてくる。夏場には打者の調子が上がってこなければならない。夏場に投手に合わせるように落ちていく打者は一流とはいえない。近本にはそれがない。

近本と中野拓夢の絶妙な仕掛け

近本と中野拓夢の1、2番は素晴らしい。近本が仕掛けを遅らせることによって、中野にすごく打ちやすい間を与えている。近本の仕掛けが早ければ、中野自身、仕掛けを早くすることはできない。近本が間をつくってくれるため、中野の仕掛けるリズムを早くしても問題ないのだろう。近本はボールの見極めといい、中野にいい間でバトンを渡している。

その間とは、もっとわかりやすくいうと、1球目から仕掛けられるということだ。

投手は、基本的に1球目は甘くて、だんだんと厳しいコースにボールを投じる。投手は1球目からギリギリのボールを投げない。なぜなら、1球目からウイニングショットを見せたら、それよりいいボールを投げないと、打者に見極められてしまうからである。

1、2球目のストライクを取ってくるボールが、甘いところから両サイドに広がっていって、ウイニングショットにつながっていく。だからツーストライクピッチャーとよくいうのは、ツーストライク目に最高のボールを投げすぎてしまい、投げるボールがなくなって真ん中に投げて打たれるのだ。

それ以上のいいボールは、ストライクからボールになる球種でしかない。しかし、好打者はそれを見極めるだろう。だから近本はボールを見極めて間をつくることによって、中野の早い仕掛けのリズムをつくっていけるのだ。

1番打者の近本の前の打者は、9番の投手である。打席に入った投手を休ませる必要も生じる。投手が打席で打ち、全力疾走をした後、1番打者は1球目から打てるだろうか。そこで近本が間をつくってくれれば、中野は躊躇なく仕掛けられる。

ドラフト6位の中野は、新人にして難しいショートのポジションを奪取。30盗塁で、2001年の赤星憲広、2019年の近本以来の「新人盗塁王」に輝いた。

だが、岡田監督は中野の肩の弱さを見抜き、セカンドへのコンバートを決めた。平田勝男ヘッドコーチは中野を「菊池(10年連続でゴールデン・グラブ賞に輝いた広島の菊池涼介選手)以上の選手に育てる」と言っている。

このコンバートは中野自身から捉えると、セカンドのポジションは終着駅である。セカンドから別のポジションへのコンバートは、まずあり得ない。中野自身にとって、彼は終着駅のポジションで守っているわけだ。それが彼の危機感を生んでいる。

このセカンドのポジションは誰にも渡さないという決意だ。ここしかないんだという最後の砦である。だから随所に好プレーを連発して、頑張れる。セカンドに行ったことで、逆にいい意味の危機感を抱いているはずだ。

WBCでソフトバンクの近藤健介選手と一緒にプレーして、同じ左バッターとして学んだこともたくさんあるだろう。近藤選手の打席は三振しようが、凡打になろうが、ヒットを打とうが、すごいの一言に尽きる。阪神の選手は見習うべきだと解説したことがある。

近藤選手は三振の仕方からも学べる選手である。自分がボールと思ったら、振りにいかない。審判はストライクをコールして結果としては見逃し三振なのだが、自分の選球眼を信じきる三振に近藤のすごさを感じた。だからこそ4割以上の高い出塁率につながるのだ。

掛布雅之

プロ野球解説者・評論家

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