好きな花の花言葉「変わらぬ思い」胸に 西本さん、大田原離れ石川へ 能登半島地震で自宅半壊

石川県内に戻った西本真理さん(左)と長女瑠璃さん(右)、次女瑠那さん(中央)。市内で買ったハナカンザシもそばにある

 ことし元日の能登半島地震発生時から栃木県大田原市内の実家で娘2人と過ごしていた石川県珠洲市正院町、主婦西本真理(にしもとまり)さん(35)は4月、同県内に戻った。この3カ月、大田原で平穏な生活のありがたさをかみしめる半面、珠洲に残った夫を手助けできないもどかしさ、罪悪感は募った。石川でも元通りの暮らしからは程遠いが、好きな花の花言葉「変わらぬ思い」を胸に刻み、少しずつ歩みを進める。

 地震発生時、大田原に帰省していた西本さんは「娘たちを安全な場所に」と、そのままとどまった。半壊した珠洲の自宅には小学校教員の夫が残り、義母は県外に避難した。

 西本さんは大田原で過ごし、震災のショックが和らいだ。近所から大量の野菜をもらうなど、人の温かさに触れ、癒やされもした。長女瑠璃(るり)さん(7)は市野沢小へ、次女瑠那(るな)さん(4)はひかり幼稚園(山の手2丁目)へ通った。慣れない環境で休むこともあったが、頑張って行事にも参加した。友達も増えた。

 そんな中でも複雑な思いは増していった。

 

 2月、片道10時間かけ、被災したわが家の片付けに行った時のことだ。床板が外れ、屋根瓦が落ちた家に雨水が流れ込んでいた。娘に着せたベビー服、義母愛用の着物…。大切な思い出が詰まった品々を「ごみ」として扱わざるを得ない現実に胸を痛めた。

 「元の生活を取り戻すために自分も携わりたい。でも栃木にいてはできない」。ジレンマだった。

   ◇    ◇

 大田原での日々。ある時、買い物をしていると、「ハナカンザシ」の鉢が目に入った。

 珠洲では、畑で育てた花々を使ってドライフラワー作品を作っていた。地元のイベントで販売することもあり、「ことしは事業として始める」と考えていた矢先に震災が起こった。

 白く小さなハナカンザシはドライフラワーでも人気。「お母さんのお花好き。一緒にお花屋さんやる」と瑠璃さんが言っていた記憶がよみがえった。少しだけ前を向ける気がした。

 珠洲から約120キロ離れた白山市のみなし仮設住宅で暮らし始めた。自宅に残る夫との距離は近くなり、義母とは一緒だ。珠洲に帰れる見通しは立たないままだが、その場所への愛着は消えない。ハナカンザシの花言葉の一つは「変わらぬ思い」だ。

© 株式会社下野新聞社