田中道子が語る絵画への自信と葛藤「まずは匿名で個展を開いてみようかな」

バラエティ番組『プレバト!!』(MBS / TBS)で、最高位となる水彩画名人10段の称号を持つ田中道子。2022年には一級建築士の試験に合格し、俳優のみならずアートと建築に精通したトライブリッドなキャラで多方面において活躍している。

昨年の12月に刊行された『あなたも才能アリになれる! プレバト公式! 名画から学ぶ水彩画』(ヨシモトブックス)でも、彼女の作品は数多く取り上げられており、監修を務める画家の野村重存氏も太鼓判を押すクオリティだ。番組では“感情むき出しアーティスト”と評される彼女に、ニュースクランチ編集部がインタビューを敢行。話を通じて見えてきたのは絵に対する真摯な姿勢と、実験性を持った飽くなき探究心だった。

▲田中道子【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-Interview】

『プレバト!!』の水彩画は完成までに平均40時間

今や『プレバト!!』に欠かせない存在となった田中道子。『名画から学ぶ水彩画』には歴代水彩画作品のトップ10が掲載されており、彼女の作品では、博物館で恐竜の化石を描いた『ティラノサウルス、本当は毛が生えてた説』、漁港の景色を描いた『漁師になろうよ』、首都高を描いた『出勤中』の3点がエントリーしている。

「3作品も選んでいただいたことはありがたいですが、じつは私の中ではもっと自信作があるんです。それが『浜ちゃん追撃』と名づけたボートレースの作品です。

▲『浜ちゃん追撃』

これは右下のアンミカさんが乗る“アン”と書かれた1号艇に、浜田(雅功)さんの3号艇が迫る接戦の様子を描いた構図なんですけれど、先生いわく“1号艇があと1センチ左にあって、ボートの3文字目が見えてたら1位”とのことでした。でも聞いてくださいよ、ボートに載せられる文字は2文字までなんです。2年以上も経ちますけど、いまだに納得はしてません(笑)」

「『漁師になろうよ』という作品は、自分なりに構図を大きくアレンジしました。現場にはメインの漁師さんもいなかったし、船の場所も変えています。実際に行ったときは昼だったけれど、出航前の時間帯にして朝焼けのピンクの空を描きました。そういった工夫が評価された思い入れのある1枚です」

▲『漁師になろうよ』

『プレバト!!』では写実性に加えて、絵の構図も重視される。大胆な構図の変換が見られるのも彼女の作品の特徴だ。

「途中から評価軸としてストーリー性が加わったんです。見たままの景色を描いても面白くないので、絵としての構図を変えてみたら褒められて味を占めました(笑)。『夜の工場地帯』では、画面下部に光を入れたかったので地面を海に変えて、燃えている煙突も別の場所から拝借してます。私って自分が楽しくないと絵が描けないので、やりたいことはどんどんやるようにしています」

▲『夜の工場地帯』

これだけ緻密な作品を仕上げるには、平均で40時間を要するという。一級建築士の試験勉強をしていた時期は、寝る間を削って時間を捻出したというエピソードからも、彼女の根気の強さがわかる。

▲『プレバト!!』でのエピソードをいろいろと話してくれた

天野喜孝さんのアドバイスで吹っ切れた悩み

『プレバト!!』では写実的な水彩画を披露しているが、プライベートでは油絵の抽象画を描いているという。技法もテーマも大きく異なる二つの絵画を手がける理由を聞いた。

「油絵を描き始めたのは上京してすぐです。仕事もなく引きこもって競馬漬けだった毎日を変えようと思い、世界堂に足を運んだんです。それまでも鉛筆で絵は描いてましたが、油絵は敷居が高くてチャレンジできていませんでした。昔から絵を描いてるときは時間を忘れて没頭できたので、好きなことをもう一度思い出そうと始めたのがきっかけです」

具象画と異なり、抽象画は目に見える対象を描くものではない。どのようなテーマで抽象画に取り組んでいるのだろう。

「普通に“部屋に飾る絵が欲しい”という動機で今は描いています。そのときの気持ちを表現しようと思い、モチーフは特に決めずにキャンバスに絵の具を乗せて、そのまま広がる様子を作品にしました。絵の完成形が頭にあったわけではなく、その日の気分で思うままに絵の具を乗せています。特別な信念があって描き始めたわけじゃないんです」

これだけ絵の才能が広く知れ渡っていると、当然、ファンからは個展を要望する声が届く。“プライベートで描いている抽象画を展示したい”と彼女は語るが、そこには絵に対する葛藤が見え隠れする。

「皆さんに個展をやってほしいと言われますが、私が絵でお金を稼ぐのはおこがましいと感じるんです。私自身、絵が大好きで、画家の方を尊敬してるし、苦労してる人をたくさん見てきましたから。大学では私より何倍も絵がうまいのに苦労してる人もいました。あとは、なんて言うんだろう……まだ自分の絵に納得してないんです。

いろんな人の作品からインスピレーションを受けて抽象画を描いてますが、それって“ゼロから何も生み出してないんじゃないか?”という不安があって。それに、趣味の範囲で描いてる絵を人に評価してもらうのは違う、という考えもあります。

先日、尊敬する天野喜孝さんと仕事でご一緒したとき、そのことについて相談してみたんです。そうしたら天野さんから“僕もモネの真似から絵を描き始めたんだよ”とアドバイスをいただいて、人からインスピレーションを受けるのは間違ってないと腑に落ちました。ようやく最近になって“絵が得意です”と言えるようになったくらいです」

▲『海』

「この『海』と名づけた作品は、画材でどこまで遊べるかを追求した一枚です。キャンバスの凹凸の凸の部分にうっすら色を乗せて、いろいろ遊んでみました。人に見せたいというよりも、自分の中で実験を突き詰めた作品なんです。ここまで話して閃いたけど、それが自分オリジナルの絵なのかもしれませんね」

『夜の工場地帯』は魂を削って描きました

あまり世に出してはいないものの、すでにそれなりの点数の抽象画を描いてきたが、心から納得できる作品はいまだ描けてないという。

「抽象画については“これで完成!”と言える作品はまだありません。いま見ると、どの作品も“もっと良くできる”と思うんです。いろんな人の作品を見て勉強すると、私の構図の甘さが見えてくるんですね。自分の部屋に飾る作品だったらすぐに描けますが、それでコンテストを狙うとなったら、もっと時間をかけて納得のいく出来にするはずです。

私って絵を描くペースに波があって、『プレバト!!』で描いた『夜の工場地帯』は一級建築士の受験生期間とカブっていたので、本当に魂を削って描きました(笑)。そのせいか、3ランク昇格して名人8段になれましたが、そういうときのほうが筆が進むんですよね。

コロナ禍で時間ができたとき、大作を描こうと思って大きなキャンバスを買いましたが、そのときはまったく筆が進みませんでした。当時は家に引きこもって人にも会わず、何を描いていいのか思い浮かばなくて。

私は感情の揺れ幅で筆が動くタイプなので、描くときは思いきり描いて、波が収まると途端に描かなくなるんです。レオナルド・ダ・ヴィンチもそうだったみたいですね。筆を持ったら3日寝ないで描くタイプ。私と同じです(笑)」

▲筆を持ったら3日寝ないで描くタイプなんです

「プレバト!!」最高位の名人10段の称号を持ちながら、その地位に甘んじることなく上を目指す彼女。今後の目標について聞いた。

「『プレバト!!』で名人10段まで昇格できましたが、番組内のコンクールではいまだ無冠なんです。でも、それがオイシイかなとも思ってるので、当面は維持するかも(笑)。じつは最近、水墨画にも興味があります。ちょっとでも天野さんの絵に近づけないかなと思っていて。

油絵もまだまだ勉強することだらけです。いろいろな展示会に行くと“油絵の表現ってこんなにあるのか!”と驚くことばかりです。塗って乾燥した絵の具をヤスリで削って中身を出すとか、目玉が飛び出るくらいビックリしました。そういう実験もどんどんしたいですね。今日、いろいろとお話を聞いてもらって、少しだけ自分に自信が持てました。まずは匿名で個展を開いてみようかな(笑)」

(取材:松山 タカシ)


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