「早慶戦も可能な1~2万席のラグビー場建設を」 東京の行ったことがない区1位・板橋で動き始めた夢

板橋区の体験会でラグビーを楽しむ子どもたち【写真:吉田宏】

スタジアム建設用地すら未定の“夢物語”に浮かび上がる地域スポーツの可能性

官民連携で区内にラグビースタジアムを――。東京・板橋区の、小さな協会が大きな夢に挑戦する。2020年に発足した板橋区ラグビー協会は、同区からの支援、連繋を受けながら昨年4月から板橋区ラグビースクール(RS)を開校。一見ありがちな市区町村レベルのスポーツ団体(協会)だが、将来思い描くのは同区内に大学公式戦開催規模のスタジアム建設だ。現実的には、スタジアム建設用地すら未定の“夢物語”だが、官民連携で推進するこれからの地域スポーツの可能性が浮かび上がる。(取材・文=吉田 宏)

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小さな町のラグビー好きが、大きな夢に動き出している。

「協会設立は、板橋でもラグビーを活性化したいということから始まりました。メーンはグラウンドを作る動きができないかということです。その先に大学公式戦を板橋で開催したいというのも、協会のロードマップには書いてあります。早慶戦のような試合が開催可能な1万、2万(席)のラグビー場が作れればという思いはあります。もちろん、まだまだ実現には長い道程のあることですけれどね」

こう語るのは板橋区ラグビー協会の宮澤仁理事・事務局長だ。

一般的には、区のラグビー協会という組織は、あまり馴染みのないものかも知れない。日本国内でのラグビーは、公益法人の日本ラグビーフットボール協会が統括している。その法人内に関東、関西、九州の3協会が設けられ、その下に各都道府県協会がある。板橋のような区レベルの協会は、東京都協会傘下の団体ではあるが、東京23区すべてにあるものではない。設立や活動は任意で行われているため、ラグビー好きによる地域に根差したコミュニティー協会というのが妥当な形容だろう。

同協会は、シニアプレーヤーのクラブチームとして知られるNPO法人「不惑倶楽部」の関係者を中心に2020年に設立された。宮澤事務局長も含めた不惑倶楽部のメンバー数人が偶然、板橋区の住人だったことで区内での協会設立の熱量が高まり、そこに城北高校、日本大学医学部OBなど地元のラグビー関係者も加わり誕生した。

協会のロードマップには、こう段階的な達成目標が記されている。

ラグビースクール開校
ラグビーグラウンド整備

中学部設立
専用スタジアム整備

大学リーグ戦開催
板橋区ラグビーフェスティバル開催
リーグワンチームの招聘

現状は昨年スクールを開校したばかり。協会が現時点で実現を目指すのは、板橋区が整備計画を打ち出している荒川河川敷の競技スペース(陸上トラック等)を、より積極的にラグビーに使えるものにしていくこと。ゴールポストも立っていないのが実情だ。そして、その先に掲げるのが、既存のグラウンド以外に新たなラグビー専用スタジアム建設を区に働きかけることだ。

同協会の主要な活動である小学生を対象とした「板橋区RS(愛称ジャッカルズ)」の運営は、昨年4月から始まったばかり。今年3月10日には、同区・上板橋小で2024年度の体験会を開催して、50人近い参加者が集まった。RSの成田亨校長は、同区内でのラグビーの現状と協会設立の意義をこう説明する。

「板橋区にはゴールポストが立つ公共のグラウンドはゼロです。一応、ラグビーの練習が出来る場所が荒川河川敷に2か所くらいありますが、陸上トラックの中のピッチで、区の行事、陸上、サッカーでの使用も多く、予約もなかなか出来ない状態です。中学も以前はポツポツとラグビー部がありましたが、熱心な先生が異動で区外に出てしまい、今は部はない。高校でも城北や大東一など5校程度です。ラグビースクールもゼロでした。ラグビー不毛の地みたいな状況です。このような状況の中でも、なんとか子供たちがラグビーに触れ合う環境を作るには、協会を作り、スクールを運営することが重要だと話し合ってきました」

区協会の宮澤事務局長はラグビーを板橋区の1つのフックにできないかと考えている【写真:吉田宏】

「行ったことがない区」1位になった板橋でラグビー文化を1つのフックに

では、任意団体に近い組織が、果たして区側と官民連携で、巨額の区の予算を使うグラウンド整備・造成事業にどこまで影響力を及ぼすことが出来るのだろうか。もちろん協会側も高いハードルを認めている。だが、成田校長が指摘するように、協会と共同歩調を取る企業、大学チームもなく、小中高の活動も少ない中で、グラウンドを確保して、ラグビーを活性化するためには、どうしても官側の理解や支援が欠かせないという現実を踏まえて、官民連携を強めていきたいという選択肢に辿り着いた。

同協会では「VISION(ビジョン)―板橋区にラグビーのレガシーを創る!」という資料を作成。関係者と同時に、坂本健板橋区長、区側にもラグビーの普及活動などの価値を訴えてきた。この資料によると、板橋は「行ったことがない区」で東京23区中1位(ワースト)。しかも30~60代以上の各世代でワーストになっている(2017年調べ)。宮澤事務局長は、板橋区内に多くの人が集まる商業施設や観光地を持たないことも、区の魅力を発信することの難しさに影響しているという。

「どこかで見ましたが、板橋区といって連想するものは何かというと高島平団地だという。マンモス団地というイメージくらいしかない。板橋に人が来るようにしないとだめだというのは、おそらく坂本区長も区民誰もが感じているはずです。そこでラグビーの文化を、1つのフックに出来ないかというのが私たちの思いです」

「VISION」では、区内の荒川河川敷を板橋の“資産”と位置付け、その最大の利用価値としてスポーツ環境の整備・充実を訴えている。簡単に言い換えれば、スポーツを板橋の魅力に繋げようというコンセプトだ。先に挙げたロードマップ末尾には「行ってみたい街 板橋、文化の街 板橋の創造」と謳われているのだが、これは行政へ向けたアピールでもあるだろう。

区側でも荒川河川敷の整備は重視している。国交省が河川空間と町を結び付けて地域活性を呼びかけるプロジェクト「かわまちづくり支援制度」に応じる形で、同区の基本構想「ITTA KAWAMACHI PROJECT(板橋区かわまちづくり基本構想)」を今年1月に発表。荒川周辺を整備、再開発して、区民が楽しめる魅力的な空間を創造しようという取り組みに着手する。この構想では、スポーツに限らず災害時の区民の安全確保や自然環境の保護なども織り込んだ「自然型アーバンリバーパーク」というコンセプトの下に5項目のテーマを掲げているのだが、その筆頭に「スポーツ・カルチャーイベントの発信の場」を打ち出している。

この区によるスポーツに関連したテーマに、自分たちのコンセプトを盛り込んでいきたいというのが区協会側の思惑なのだが、坂本区長と数回の会合を持つ中で、先の板橋区基本構想の整備計画の中には「ラグビー場」と唯一の競技名が盛り込まれている。区側は、板橋区協会がラグビースクールを立ち上げた時も、練習場として小学校のグラウンド使用を認めるなど支援をしてきた。このような“蜜月”関係を、さらに拡大していきたいというのが区協会の思惑だ。

では、実際のグラウンド整備などハード面については、どんな進捗状況なのか。先の「KAWAMACHI」の整備は、現在は「第1期」として、荒川水害時の河川敷からの避難ルートや、緊急避難所となる250mの陸上トラックを持つ小規模なグラウンド等の整備が着手されている。「ラグビー場」も明記された河川敷のスポーツ、自然環境などの大規模な造成を伴う「第2期整備」は、第1期が終わる2025年度からの着手を目指している。宮澤事務局長は「大規模な税金も使う事業。議会でも賛否はあるはずです。計画通りに進まず、整備規模の縮小という可能性もある」と不安材料も指摘する。第2期整備がプラン通り進むためには、区や区長サイドがどこまで構想の実現に強い意欲を持つかがキーポイントになりそうだ。

大きな夢として思い描く「スタジアム」は、さらにその先の挑戦になる。現時点では区としても全く白紙の事案で、用地すら検討されていない。つまり協会側が独自に掲げる青写真に過ぎない。訴求材料があるとすれば、「かわまち構想」のように、区側にどれだけラグビー(スポーツ)をプレーし、楽しむ環境を整えることが魅力のある街創りのために価値があると感じさせるかが大きな課題になる。

板橋区で行われた体験会、ラグビー界からも区への期待は高まっている【写真:吉田宏】

ラグビー界は秩父宮の建て替え問題もあり、板橋区協会の挑戦に高まる期待

その一方で、ラグビー側からは、板橋区協会の挑戦に期待は高まっている。そこには、ラグビーの聖地と呼ばれる秩父宮ラグビー場(港区)の建て替え問題が背景にある。1947年に完成した秩父宮は、老朽化と神宮外苑地域の再開発に伴い建て直しが決まっている。2027年の暫定オープンを目指しているが、屋根付き人工芝の施設になるのに伴い、ラグビー以外のコンサートなどでの使用や、国立競技場同様に使用料の高騰など、従来通り国内リーグが開催されるのかが危惧されている。

現在でも秩父宮の使用は国内最高峰のリーグワンの開催が中心だ。リーグ側では、各参入チームに本拠地(ホストスタジアム)での試合開催を促している一方で、チーム側では、サッカー等他競技、イベントとの兼ね合いで試合会場の確保に苦しんでいる。そのため、多くのチームが立地条件もいい秩父宮での試合開催を求めているのだ。

大学ラグビーに関しては、昨季で関東大学対抗戦、リーグ戦グループ合わせて6開催日に留まる。現状でも使用状況が厳しい中で、ラグビー関係者、ファンからは東京で大学ラグビーが観られなくなっているという不安の声もある。大学公式戦を主管する関東協会でも、公式戦会場の新たな開拓、確保はこれからの重要課題になる。そのため、23区内の板橋に大学公式戦開催が可能な規模の施設が建設されれば、学生ラグビーの拠点の1つになるという期待感もある。

期待感は協会に留まらない。先に触れたように、リーグワンでも試合会場や本拠地となるスタジアム確保にも苦戦が続いている。リーグ新規参入時には3000席の客席を持つグラウンドの保有が条件となり、最終的には1万5000席のスタジアムの使用が義務づけられるのだが、条件をクリア出来ていないチームも多くない。2024-25年シーズンに新規参入するヤクルトレビンズは、板橋区にも近い埼玉・戸田市にグラウンドがあるが、ホストスタジアムは群馬・前橋市にせざるを得なかった。同時に参入するセコムラガッツも、埼玉・狭山市のグラウンドをホストスタジアムに改修する方針だが、将来的には新たな試合会場が必要になりそうだ。

区協会の小野澤智史理事長は「もしリーグワンチームも関心を持ってくれるようになると、構想に現実味も見えてくるのではないでしょうか。埼玉パナソニックワイルドナイツが、熊谷に入ってきたような話に変わってくると思うんです」と語る。群馬県太田市に拠点があったワイルドナイツは、2019年ワールドカップのために改築された県営熊谷ラグビー場の優先使用権を得て熊谷に移転してきたのだが、板橋区協会も様々なラグビー関係者を巻き込んだスタジアム建設の機運醸成を夢見る。

スタジアム建設は、まだまだ板橋区のラグビー大好きなおじさんたちの夢物語のような空想かも知れない。税金の投入や、大規模な敷地の確保などの課題を考えれば、建設に疑問を持つ声も出てくるはずだ。区協会とラグビー界が連繋して、区や区民に、どこまで楕円球への飽くなき情熱を伝えることができるのかが、空想を構想に変える第1歩になる。

吉田 宏 / Hiroshi Yoshida

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