K-POPの「スーパーファン 」、なぜアイドルの私生活に口を出すのか

ジェイク・クォン、ケリー・アン(ソウルおよびシンガポール)

K-POPグループ「aespa(エスパ)」のメンバー、Karina(カリナ)さんが3月初め、手書きの謝罪をインスタグラムに投稿した。ひどく恐縮した内容だった。

「応援してくれるファンの皆さんを驚かせてしまい、心から謝ります」と書かれていた。

彼女がいったい何をしたのか?

俳優イ・ジェウクさんとの交際を公に認めたことだった。

K-POP業界を知らなければ、不思議に思うだろう。いったいなぜカリナさんは、誰かと交際していることを謝らなくてはならないと、そう思ったのか。

しかしこれは、この業界の「スーパーファン」たちの様子がうかがえる出来事でもあった。

K-POPの「スーパーファン」は、お気に入りのスターの楽曲を24時間ストリーミング配信してチャートの順位を上げる(寝ている間はミュートしてでも)。受賞シーズンには大量投票セッションを企画し、時には米ニューヨークのタイムズスクエアなどでデジタル広告塔のスポンサーになることさえある。

愛の代償

カリナさんの交際が発覚すると、一部のファンはトラックで事務所に乗り付けた。

トラックの電光掲示板には、「私たちはカリナの輝かしい未来を応援し、同じ夢を共有していると思っていたが、それは間違いだった」と映し出された。

「ファンからの愛情では、足りないのか?」という文言も見られた。

カリナさんはその後、イさんとの交際を終わらせたと発表した。

こうした状況は、世界の他の地域では有名人の恋愛生活がしばしば公表され、時には祝福されるのと対照的だ。

たとえば米歌手テイラー・スウィフトさんは3月、アメリカンフットボールのプロリーグNFLの優勝決定戦「スーパーボウル」に、交際相手のトラヴィス・ケルシー選手を観戦した。このことがスーパーボウルの視聴率を底上げし、1969年の月面着陸以来、最も視聴された番組となった。

世論調査では、スーパーボウルの視聴者の5人に1人が、スウィフトさんとケルシー選手の交際が理由で、同選手の所属するカンザスシティー・チーフスを応援したと回答した。チーフスはこの大会で優勝している。

ではなぜ、K-POPでは状況が違うのだろうか。

「偽物の親近感」

韓国のメディア評論家、チョン・ドクヒョン氏は、「ファンは裏切られたと感じている」と述べた。また、K-POPファンはしばしば、自分たちがアイドルとパラソーシャルな関係にあると考えるという。

パラソーシャルとは、一方の当事者が、自分は心を奪われているが、自分の存在を知らないかもしれない相手に、あからさまに多くの時間や感情的エネルギー、金銭を費やすような、一方的な関係を指す。

「業界がファンに対して、消費主義を通じてアイドルへの愛を表現することをますます奨励するようになっている。そのため、(その投資に対する)『補償』を受けたいというファンの欲求も高まっている。ファンが時には脅迫まがいの要求をするのはそのためだ」と、チョン氏はBBCに話した。

アイドルとファンの間に「偽の親近感」を作り出しているのは、アーティスト自身と事務所の方だという意見もある。

ほんの10年前までは、K-POPの事務所がスターたちに対し、誰かと交際したり、個人用携帯電話を持つことさえ禁止したりすることは当たり前だった。

事務所もまた、アイドルの日常生活をファンに垣間見せるようなソーシャルアプリを作り始めている。エスパが所属するSMエンターテインメントは2020年、アイドルとファンが1対1でメッセージをやりとりしているかのように見えるアプリ・サービスを開始した。だが実際には、アイドルは一度に数千人のファンにメッセージを送っている。

また、ファンのために贈り物を買ったり、1対1のビデオ通話をするスターもいる。

米アリゾナ州立大学のアレウム・チョン教授(韓国研究)は、「K-POPの事務所はファンに、あなたたちにはスターを作り出す力があると言い続けている」と話す。

釜山大学校のシダーバウ・セジ助教授(韓国・東アジア研究)は、カリナさんの一件は「スターを『しつけ』ようとするファンの典型」だと述べた。

「ファンたちは交際について怒り、それから『間違った』謝罪についても怒った」と、セジ助教授は指摘。一部のファンは、カリナさんは公開のプラットフォームではなく、ファン限定の場所で謝罪するべきだったと感じているという。

「2024年現在、この小さな国に住み、実に広く知られているK-POPスターのプライバシーは、まったくないと言っていい」と、セジ氏は述べた。

ファン活動は「重労働」

自分もK-POPファンだというチョン教授も、応援する男性アイドルグループ「NCT127」のストリーミング配信を支援したり、音楽プラットフォームや音楽番組での投票のために課金したりという「ファン活動」に参加している。

K-POP業界にはさまざまなデジタル音楽プラットフォームがあり、それぞれが配信視聴者数やダウンロード回数でランキングを作っている。

「ファンはグループの成功のために、大いに努力する。ファンはアイドルを商品だと思っている。そして、その商品を長くステージで見たいのなら、アーティストもファンもマネジメントも、全員が重労働をしなければならない」と、チョン教授は話した。

スーパーファンの中には、投票スケジュールやストリーミング・ガイドを「普通のファン」と共有する人もいる。そうすることで、アイドルをチャートのトップに押し上げることに貢献できるのだという。

BBCは、男性アイドルグループ「SEVENTEEN」のファンが書いた「ストリーミング・ガイド」を閲覧した。それには、「新曲の映像を見た後、別のSEVEDNTEENの映像を2本か3本、合わせて7~10分間見ること、これを繰り返す」や、「一時停止や早送り、巻き戻しはしないこと」といった指示が書かれていた。

大規模なファングループは、ファンそれぞれが異なる役割を担うように組織化されている。

世界最大の男性アイドルグループ「BTS」を応援する数百万人規模のファングループ「ARMY」は、グループに代わって慈善事業を行うほか、曲の歌詞からメンバーのソーシャルメディアへの投稿まで、BTSに関連するすべてのコンテンツを翻訳するX(旧ツイッター)アカウントを運営している。

「スーパーファンは資金集めをしたり、投票運動をしたりする(中略)インターネット上のコメントを取り締まって、アイドルに対する否定的なコメントを報告したり、『悪い』検索語を削除するための協調検索を行ったりする人もいる」

「すべてはお金と時間だ。業界はそれで利益を得ている」とチョン教授は述べた。

K-POPファンダムのもうひとつの特徴は、アイドルの誕生日を本人不在で祝うことだ。こうしたイベントにカフェを丸ごと借り切るファンもいれば、アイドルに関連したグッズも販売される。

態度の変化

K-POPコラムニストのジェフ・ベンジャミン氏は、アイドルの中には、アイドルとしての自分のキャリアはもろいと考え、「ファンを満足させなくてはならない」と感じている人もいるかもしれないと語る。

「K-POPグループの寿命は通常4~5年と短い。カリナが謝罪文を発表した大きな理由は、エスパのリーダーとしての責任があり、これからも音楽活動に励むことをファンに保証したかったからだと思う」

「アーティストの歌は愛がテーマなのに、デートするとファンに怒られるのは皮肉なことだ。アーティストたちに同情する」と、ベンジャミン氏は話した。

しかし、K-POPが世界的な広がりを見せるにつれて、業界の意識も開かれてきているのかもしれない。

カリナさんの海外ファンの多くは、彼女が謝罪せざるを得なくなったことに憤慨したと、ソーシャルメディアに投稿した。

「彼女はこのような扱いを受けるべきではない」というコメントがXに寄せられた。

「誰かを『好きになったこと』を謝るなんて、世界で最もおかしいことの一つだ」というコメントもあった。

韓国のファンからも、カリナさんの謝罪が国際的に報道されたのは恥ずかしいことだという声が上がった。ファンの一人はソーシャルメディアに、「K-POPが世界的になって久しいけれど、このようなことが起きるとたちまち、韓国が恥をかく。そのことがまだ理解されていないみたい」だと書いた。

市場調査会社アライド・マーケット・リサーチによると、世界のK-POPイベント市場は2021年に81億ドル(約1兆2300億円)規模となり、2031年には200億ドルに上るとみられている。

K-POPグループは、国際的なイベントにも招待されている。たとえばセブンティーンは今年、英グラストンベリー・フェスティバルに出演する初のK-POPグループとなる。国連から特使に任命されているBTSは、2021年にニューヨークの国連本部で公演を行った。

昨年1~10月のK-POPアルバムの海外売り上げ高は、2億4380万ドルに上った。最も売り上げが多かったのは日本とアメリカ、中国だった。

「海外のK-POPファンが増えるにつれ、状況は変わりつつある。私は、ファン層がもっとスターを支えるようになり、開かれた考え方になればと期待しているし(中略)業界が伝統的な慣習から解き放たれることを望んでいる」と、ベンジャミン氏は語った。

韓国のカリナさんファンの中にも、彼女を応援し続けるという人もいる。

「謝罪など必要なかった(中略)芸能人でも一般人でも、親しい友人は必要だ。彼女に恋人がいるのは自然なことだ」と、ソウル在住のファン、チョン・ソヨンさん(33)は言う。

「他のトップスターは『スキャンダル』があってもうまくやっている。彼女の次のアルバムが楽しみです」と、チョンさんは言った。

(英語記事 K-pop: How jealous 'super fans' try to dictate their idols' private lives

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