『ブランクーシ 本質を象る』アーティゾン美術館で開幕 パリのアトリエをイメージした展示空間も

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純粋なフォルムを追求し、20世紀彫刻の先駆者としてロダン以降の彫刻界を牽引したコンスタンティン・ブランクーシ(1876-1957)。その創作活動の全体像を紹介する、日本の美術館では初の展覧会が東京・京橋のアーティゾン美術館で開幕した。彫刻、写真、絵画など79点のブランクーシ作品と、関連する作家の10点の作品が並ぶ大規模な展覧会だ。

会場エントランス

ルーマニアに生まれ、ブカレスト国立美術学校で学んだブランクーシは、1904年、28歳でパリに居を定めた。パリ国立美術学校でアカデミスムの彫刻家メルシエの教室に入るも、1907年には学校を離れ、ロダンのアトリエの下彫り工となる。だが、ロダンのもとも約1か月で辞去。「大樹のもとでは何も育たない」という言葉を残したブランクーシは、独自の創作に取り組み始める。

展示風景 コンスタンティン・ブランクーシ《苦しみ》1907年 アート・インスティテュート・オブ・シカゴ

冒頭に並ぶ2点は、この時期の作品だ。同展では、集めるのが難しいとされるブランクーシの彫刻を23点展示しているが、なかでもキャリア形成期の作品が充実しているという。そのひとつ、身振りで苦痛を表す子どもの姿をとらえた《苦しみ》は、ロダンの影響がうかがえると同時に、後年のモダンな表現に至る以前の具象表現を見せてくれる貴重な作例だ。

展示風景

次の展示室に足を踏み入れると、まずはその広々とした白い空間に作品が並ぶたたずまいに圧倒される。ブランクーシのアトリエが自身の着衣も含めて白一色だったことから、同展も内装を白で統一したそうだ。重要なトピックスの解説パネルが壁面にある以外は、キャプションもない。作品情報は、作品番号と解説入りの作品リストを照合して得る仕組みだ。ここでは、文字情報にとらわれることなく、より作品にフォーカスできると同時に、彫刻の配された美しい空間自体を味わうこともできる。

展示風景 コンスタンティン・ブランクーシ《接吻》1907-10年 石橋財団アーティゾン美術館

ブランクーシがロダンから離れた背景には、彫刻に対する考え方の違いがあったという。基本的に粘土で塑造を行なうロダンに対し、ブランクーシは素材への関心を深め、直彫りの手法へと向かったのである。この変遷期の重要な作品が《接吻》だ。直彫りで生み出した石の作品をもとに、後に石膏で制作したもので、近くで見ると素材の質感も感じとれる。男女の堅い結びつきを単純化したフォルムで表した造形は素朴で、親密で、一度見たら忘れられない存在感を放っている。

展示風景 コンスタンティン・ブランクーシ《眠る幼児》1907 年(1960/62 年鋳造) 豊田市美術館

隣に置かれた《眠る幼児》もまた、転換期の画期的な作品だ。彫刻は伝統的に台座の上に立てて提示されるが、ここでは重力から解放された眠りの状態にある幼児の頭部だけが直置きされている。そして、この独立した頭部像とその新たな提示の仕方は、続く《眠れるミューズ》にも引き継がれていく。

展示風景 右手前に、コンスタンティン・ブランクーシ《眠れるミューズ》1910-1911年頃 大阪中之島美術館(同作品は、5月12日までの展示)

ごくわずかな顔立ちの痕跡をもつ卵形の頭部。仮面を思わせる頭部像は、突然生まれたものではないという。当時のパリで関心を集めていたアフリカ美術の仮面や、ギメ美術館で見たインドや東アジアの仏頭なども源泉となった。そしてこのミューズ像は、素材やフォルムを少しずつ変えて展開されていく。そのいくつもの作例を自由に回遊しながら見られるのも、この広い展示室の魅力的なところだ。

展示風景 コンスタンティン・ブランクーシ《ミューズ》1918年(2016年鋳造) ブランクーシ・エステート
展示風景 コンスタンティン・ブランクーシの写真作品

同展ではまた、ブランクーシの写真作品が多数展示されている。当初は彫刻の一点撮りが多く、遠方のコレクターに作品を見せる目的もあったというが、やがて作品をどう撮るか、どのようにイメージとして再現するかを考えるようになり、彫刻と写真が創作の両輪のようになっていったという。実物の彫刻と合わせて見ることで、ブランクーシがカメラを通じて自作をどう再解釈していたのかがうかがい知れる点も興味深い。

ブランクーシのアトリエをイメージした展示空間

アトリエをイメージした展示室もまた、見どころのひとつだ。親友のマルセル・デュシャンの協力を得て、アメリカでは展覧会を開催してきたブランクーシだが、実はパリで個展を開いたことはなく、また自作を売ることを好まなかったがゆえに、多くの作品がアトリエ内に展示されていた。コレクターたちにとっては、アトリエ訪問は作品を実見できる貴重な機会であり、特別な体験だったという。壁も床も真っ白な今回の展示室は、天窓から光が降り注いでいたその伝説的なアトリエの雰囲気を再現するものだ。外の光とシンクロした特別な照明が、時間によって光のうつろいを見せ、作品の見え方をも変えていく。長く展示室に滞在すれば、あるいは他の展示を見た後に戻ってくれば、その変化を楽しめる体感型の展示となっている。

展示風景 左から、イサム・ノグチ《魚の顔No.2》1983年 石橋財団アーティゾン美術館/コンスタンティン・ブランクーシ《魚》1924-26年(1992年鋳造) ブランクーシ・エステート

同展では、ブランクーシと関わりのあった画家や彫刻家の出品作もあり、ザッキンやイサム・ノグチの作品と並べて見ることもできる。そして、クライマックスとなるのは、「鳥」をモチーフとした作品群。ルーマニア民話の伝説上の鳥から得た着想や、パリの航空博覧会で目にした航空機への関心などを背景に、鳥の主題に本格的に取り組み始めたのは1910年代末のことだ。以後、自由に飛翔する力をもつ鳥は、生涯のテーマとなった。鳥の展示室には、突如として鮮烈な青と赤の背景パネルが登場するが、これもアトリエに見られたものだそうだ。制作の補助的役割があったと思しきフレスコ画には、青空を背景に飛翔する白い鳥が見える。垂直的な造形の《雄鶏》から、しなやかに弧を描く《空間の鳥》へ。無限の天空へと向かって上昇するその抽象化されたフォルムは、展覧会タイトルの「本質を象(かたど)る」のひとつの究極のかたちとも見えた。

展示風景 コンスタンティン・ブランクーシ《雄鶏》1924年(1972年鋳造) 豊田市美術館
展示風景 コンスタンティン・ブランクーシ《鳥》1930年 ブランクーシ・エステート
展示風景 コンスタンティン・ブランクーシ《空間の鳥》1926年(1982年鋳造) 横浜美術館

取材・文・撮影:中山ゆかり

<開催概要>
『ブランクーシ 本質を象る』

2024年3月30日(土)~7月7日(日) 、アーティゾン美術館にて開催

公式サイト:
https://www.artizon.museum/exhibition/detail/572

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