初任給44%アップも…中小企業が採用難、「誤魔化し」が通用しなくなった

「gettyimages」より

今年の春闘で大企業の大幅な賃上げラッシュが続くなか、幅広い業界で人手不足が進行していることも重なり、人材確保のために大幅な賃上げを余儀なくされる中小・中堅企業も増えている。今月にはクラウドサービスを手掛ける中堅企業、ドリーム・アーツが今年4月入社の新入社員の初任給をこれまでより44%引き上げ月収36万円、年収504万円とすると発表し話題を呼んだが、大幅な賃上げは中小企業の経営を圧迫するという面はないのだろうか。また、大手企業主導による賃上げの流れは、中小企業にどのような影響・変化をおよぼしているのか。専門家の見解を交え追ってみたい。

連合が15日に発表した2024年春季労使交渉(春闘)の第1回回答の集計結果によれば、ベースアップと定期昇給を合わせた賃上げ率は平均5.28%で、1991年以来33年ぶりに5%を超える高さとなった。組合の要求に満額回答する企業や要求を上回る回答をする企業が相次ぐなど、大企業は人材獲得のため、賃上げ競争を繰り広げている。

・トヨタ自動車
最大で月額2万8440円の賃上げ、年間一時金は基準内賃金の7.6カ月分(一時金は過去最高)

・NTTグループ
月額1万1000円の賃上げ、定期昇給などを含めると全体で平均約7%の賃上げ(過去最高水準)

・日本製鉄
ベースアップ相当分を労組の要求を超える月額3万5000円の引き上げ(過去最高水準)

・日立製作所
月額1万3000円の賃上げ、ベースアップと定期昇給をあわせた賃上げ率は平均5.5%(1998年以降で最も高い水準)

・東京電力ホールディングス
パートを含めたすべての社員の年収水準を4%引き上げ

このほか、外食・小売業界でも賃上げが進行しているが、人材獲得という面では大企業と競うことになる中小・中堅企業も賃上げに動かざるを得ない状況になっている。連合によれば、今年の春闘では連合に加盟する中小企業の2割(777社)の賃上げ額は平均で月額1万1916円、上昇率は4.50%となっており、13年以降で最も高い水準となっている(22日時点)。また、東京商工リサーチの調べによれば、24年度に賃上げ予定の中小企業は全体の84.9%に上るという。

前出のドリーム・アーツは社員数約270人の中堅IT企業だが、初任給の大幅な引き上げを実施する。昨年は25万円だった新卒初任給(月収)を36万円に引き上げ、年収は350万円から504万円にアップする(時間外勤務手当<固定>45時間相当を含む)。同社はすでに2019年から24年までの5年間で若手社員の賃金を27.9%引き上げている。

高い技術力やスキルを持つ人材の取り合いが生じているIT業界では、数年前から初任給を含め賃金の上昇が起きていた。サイバーエージェントは23年春の新卒入社の初任給を42万円に引き上げ。同社は、18年春入社からソフトウエア開発などのエンジニア職では、高い技術を持つ人材ならば新卒でも月額60万円以上の初任給を設定していた。GMOインターネットグループは23年春入社から一部の専門人材について初任給を年収710万円(月額換算で約59万円)に引き上げ。ディー・エヌ・エー(DeNA)は17年から「エンジニア職AIスペシャリストコース」などで新卒エンジニアの年俸を600万~1000万円としている。

こうした動きは中堅IT企業にも波及。レバレジーズは昨年9月、25年卒の新卒採用より初任給をこれまでの28万円から35万円へ25%も引き上げると発表。固定賞与と業績連動賞与を合わせた初年度年収は500万円を超える。また、IT企業以外ではセレクトショップ「STUDIOUS」などを展開するアパレル企業、TOKYO BASEが今年4月入社以降の新入社員の初任給を30万円から40万円にアップさせると発表し、注目された。

「これまで中堅IT企業の初任給は『年収ベースで300万円台に乗ればいい』というのが相場で、これは中堅企業に限らず大企業でも似たようなものだった。エンジニア職と営業職などの事務系職の間で差は付けられていなかったが、特にエンジニア職では高度かつ専門的なスキルが求められるようになり、かつそのような人材は企業間で取り合いになるため、自然に初任給を含めた給与が上昇してきている。海外と比較して日本のITエンジニアの賃金が低いというのはずっと言われてきたことであり、それが是正されつつあるともいえる。

中堅IT企業各社の賃上げをみてもわかるとおり、今は『年収500万円を超えるかどうか』というのが一つの基準となりつつあり、志望者側もその線を意識している。規模の大きな企業では1000万円を提示するところも増えており、人材獲得競争では中小企業はますます厳しい戦いを強いられる。たとえば一人当たりの初任給を10万円上げて10人採用すれば、それだけで年換算で1200万円以上のコスト増となり、今までであれば、それなりのスキルを持つ技術者を2人くらい雇えるレベル。新人はすぐに即戦力になるわけではないし、教育コストもかかり、さらに初任給アップと同時に他の社員の賃金ベースも上げる必要がある。当然ながら賃金を上げても売上が上がるわけではないし、小さな規模の企業ほどビジネス環境がガラッと変われば一気に経営が悪化するリスクも抱えており、日本全体で進行する賃上げの動きは、中小企業の経営者にとっては悩ましい問題」(中堅IT企業役員)

“誤魔化し”が効かなくなる

大企業が大幅な賃上げに動くなかで、中小・中堅企業の採用においては、どのような変化・対応が生じているのか。株式会社UZUZ COLLEGE代表取締役の川畑翔太郎氏はいう。

「現場での感覚としては、求人に記載している入社時の給料アップというのは、中小企業ではまだ広まっていないという印象です。ただ、企業にとっては“誤魔化し”が効かなくなりつつあるとはいえます。これまでは他社や他の業界の給料というのは把握が難しく、社員は今いる企業の給料が低かったり昇給がなかったりしても、疑問を感じないまま受け入れているというケースは多かった。企業が採用において高めの初任給を提示して『初任給●円でインセンティブもあります』というかたちで強調しておいて、入社後は賞与も払わず昇給もしないというケースも少なくありませんでした。

ですが今では転職サービスや口コミサイトが普及して他社の給与実態が把握しやすくなり、スカウトサービスで『今のあなたのスキル、経験であれば年収●円くらいですよ』と情報が届けられるようにもなりました。こうなると、企業としては、これまでは昇給しなくても残っていた社員が他社に転職しやすくなってしまうため、業界水準に合わせて昇給する必要に迫られます。これまでは給与に関する情報格差により『企業側が有利だった』ともいえ、それが適正な状態に変わりつつあるともいえます」

現在、広い領域で人手不足が叫ばれるなか、中小企業は採用・人材確保面でどのような苦労をしているのか。

「中小企業の間では、まだそれほど大きな給与格差は出てきていませんが、新卒採用に限ってみても、人口減少に伴い就職する人の絶対数は減っていくため、採用における『大企業vs.中小企業』という構図はますます強まり、中小企業にとっては厳しい環境になります」

中小企業側には、どのような取り組みが求められるのか。

「初任給を引き上げるといった新規採用に意識を向けることよりも、まずは今いる社員の給料を引き上げるといった待遇向上の努力が重要です。コロナで社員の給料を引き締めて、すでに業績が回復したものの、そのままにしているという企業も少なくなく、きちんと利益を社員に還元するという意識が大切です。そうしていかなければ、特に優秀な社員ほど他社に転職してしまいます。また、当然ながら賃上げには原資が必要ですから、ビジネスで売上と利益をしっかりと上げることが求められます」

(文=Business Journal編集部、協力=川畑翔太郎/株式会社UZUZ COLLEGE代表取締役)

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