Nirvana カート・コバーン 30回目の命日 知られざる“野心”や現行アーティストへの多大な影響

2024年4月5日、カート・コバーンの30回目の命日がやってきた。ひとたびロックに触れれば必然的に知ることになるカートの存在は、30年の月日が経とうとも決して薄れることなく、ロックスターの称号とともに、音楽からファッションまで今日も多くの人々に影響を与え続けている。

私たちはなぜ、こうもカート・コバーンに惹かれてしまうのか。世代を超えて若者を魅了し続ける理由について改めて考えてみたい。

グランジの金字塔が生み出した“狙わない共感”

薄汚れた身なり、怒りを撒き散らすような荒々しい演奏、衝動に次ぐ衝動。1987年にアメリカ・ワシントン州アバディーンにて誕生したNirvanaの音楽スタイルは、煌びやかなビジュアル重視のヘア・メタルが主流だった当時のアメリカのロックシーンに強烈な稲妻を落とした。

1991年にメジャーレーベルのゲフィン・レコードから発表した『Nevermind』は、リリースから数カ月かけて売り上げを伸ばし、4カ月後にはエンタメ界のトップを走るマイケル・ジャクソンの大ヒット作『Dangerous』を破り、米ビルボード・アルバム・チャート「Billboard 200」1位に輝いた。メインストリームで大成功を収めたことで、グランジのムーブメントに火をつけることとなる。

華々しいプレイで憧れの的となったザ・ギターヒーローらが活躍していた一方で、カートと言えばエキセントリックに振る舞い、ギターもテクニカルなものではない。しかし、彼が曝け出した社会に対する不満や怒り、孤独、受けた傷の数々は、若者の心情とダイレクトに繋がった。これは憧れを与えることに傾倒したメインストリームの音楽では叶わない“共感”だった。

「共感が大事」なんて言われることの多い現代。SNSなどネット上でのコンテンツ発信では「〇〇ですよね?」「〇〇なんて思ったことはありませんか?」といったお決まりの文句で共感を狙った導線が敷かれることも少なくない。人との上手な付き合い方を指南する本では、相手の話に同意して反復して共感しろという会話セオリーを紹介していた。とあるミュージシャンは、失恋の歌詞をリアルに書くためにと、人と付き合い、別れるまでのセットを意図的に繰り返している。すべて狙われた共感だ。人の心理を読んだ戦略として言えば、何一つ文句はない。ただ、私たちがカート・コバーンに抱く“共感”は、決して狙われたものではない。

Nirvanaないしはカートの音楽にあった“共感”は、彼が生まれた時から積み重ねてきた経験と感情、環境から生まれる、いわば毒のようなものである。両親との確執、拭えない孤独、世の中に存在を認められていないという感覚、“満たされる”がわからない心、あらゆるものへ呑まれていくことの嫌悪。慢性的に抱えるそれらが日々毒を吸って、さらに重いトラウマとなり、頭の中でぐるぐるとオートメーションで蔓延り続ける。そういった現象を無視しない共感が、彼の音楽にはある。それはきっと、傷つくこと、傷について悩む時間の深さを知る人の音楽だからだ。

カートの自死によってバンドは終焉を迎えるが、Nirvanaとしてリリースされたオリジナルアルバムはたった3枚。それでも彼らは、グランジの金字塔として今日まで名を馳せ続けている。

グランジファッション、スマイリー……愛されるビジュアル

カート・コバーンの影響は音楽界だけに留まらない。穴の空いたボロボロのリーバイスに擦り切れたネルシャツ、くたびれたカーディガン、赤黒ボーダー、履き潰したジャックパーセルといったカート・コバーンのファッションスタイルは、“グランジファッション”のお手本となり、ファッション界にも新たなジャンルを築いた。

グランジファッションはその名の通りグランジから派生したもので、古着やダメージ、色落ちのある服をレイヤードして着こなすのが特徴だという。カートとしては、お金のない経済状況下での限られた選択のなかで行き着いたファッションだったのだろうし、来日ツアー時には近場で購入したパジャマでステージに上がったことからも、着飾ることに執着はなさそうだ。“着飾らない”を着飾るスタイルが確立されたことは、華やかなビジュアル重視のムーブメントに反抗してきたカートにとっては望まない結果かもしれないが、“古着=誰かが着古した汚いもの/貧乏人が着るダサいもの”というイメージを覆す1つのきっかけとなったことは、もはや偉業と言えるだろう。

ビジュアル面で言えば、Nirvanaのロゴとして知られるぐったりとしたスマイリーフェイスの普及も凄まじいものだ。スマイリーのデザインの起源には諸説あり、カートがGuns N' Rosesのアクセル・ローズの顔を描いたという説もあれば、シアトルにあるストリップ劇場の看板にインスパイアされたという説もあり、真相は不明である。

近年はバンドTシャツがトレンドになり、多くのブランドからバンドTシャツが新作として登場する機会も多い。こうして普及することで、バンドの音楽を知らずにブランド力またはビジュアルの良さだけで着用する人も少なくない。Nirvanaにおいてもスマイリーフェイスや、水中で裸の赤ちゃんとドル札が映る『Nevermind』のアートワークなどはあらゆる形で出回り、中にはフォントやカラーが同じでもNirvanaの名前がないパロディのデザインも多い。ビジュアルが一人歩きし、Nirvanaを知らない若者たちへ“おしゃれなもの”として広まっていくことに悲観的な声も見かけるが、逆に言えば、そういった現象は次世代の人たちがNirvanaを知るきっかけにもなり得る。

これは余談だが、カートが愛用したコンバースのジャックパーセルは、つま先に“スマイル”と呼ばれるラインがあるのが特徴。カートの身の回りには意外な“スマイル”が転がっていたようだ。

“空虚”の傍ら、カートが燃やし続けた野心

グランジの魅力として、“空虚”というワードがよく挙がる。しかし、カートの美しさが退廃美であるかと言えばそれはきっと違う。泥臭さの中にある美しさとは、決して朽ちていくことではない。もがき、叫ぶ姿の内側に宿る、命と野心が燃えるような美しさをカートに感じるからだ。

そもそもカートには、秘めたる野心があった。身近な存在であった妻のコートニー・ラヴも娘のフランシス・ビーン・コバーンも、カートが野心家であることを認めており(※1、2)、元マネージャーのダニー・ゴールドバーグは、「野心を隠したのも彼のアートの一部だった」と語った(※3)。ドキュメンタリー映画『COBAIN モンタージュ・オブ・ヘック』(2015年)でも彼が野心家であったことが示唆されている。

負けず嫌いで人の評価にも敏感だった。身近なデイヴ・グロールの歌声にも嫉妬した(※4)。常に一番でいたかった。そんな彼に野心がなかったとは思えない。カートが晩年、自分が作る音楽に何も感じなくなるほど不感症になり、空虚であったことは間違いないだろう。アコースティックスタイルで臨んだ伝説の『MTV Unplugged in New York』でのパフォーマンスもまた、空っぽだったからこそ、まるでゾーンに入ったようなあのプレイを成し得たかもしれない。しかし、作品を振り返っても、彼の生涯を思っても、「人生そんなもんだ」と虚になる裏側で、命からがら、心からがら「どうにかしてやる」という野心の炎が絶えずゆらめき続けているように思えて仕方がない。それが、世代を超えて多くの若者から焦がれ続けられる最たる理由なのではないだろうか。

新世代へ受け継がれていくカート・コバーンの遺伝子

カートとNirvanaが今日までミュージシャンへ与えた影響は計り知れない。今や独自の世界観を確立したRadioheadも「Creep」など初期の楽曲はNirvanaからの影響を強く感じさせたし、過去に追悼パフォーマンスも行ったMuse、セイント・ヴィンセントもNirvanaにリスペクトを掲げている。また、コートニー・バーネットはワイルドなギタープレイやソングライティングから、カートを引き合いに出されることも多く、初めて自分で買ったアルバムも『Nevermind』だという(※5)。

“Z世代の代弁者”ともいわれるビリー・アイリッシュは、差別的思想への確固たる否定や若者を中心としたオーディエンスとの共振など、ミュージシャンとしての根本的な部分でカートと共鳴している。「What Was I Made For?」制作時にはカートの遺書を読み込んだといい、彼への共感とリスペクトを明らかにしていた(※6)。

Nirvanaからの影響を公言し、グランジを内包しながらHIPHOP界隈以外からも支持の高いXXXテンタシオンや、“HIPHOP界のカート・コバーン”とも称されるリル・ピープという、若くして亡くなった二人もまた、カートの遺伝子を強く感じざるを得ないアーティストだ。

ロックとHIPHOPの融合に長けたヤングブラッドは、「fleabag」で「Smells Like Teen Spirit」を彷彿とさせる曲構築やメロディ、カートライクなギターリフなどを披露し、大胆にNirvanaの面影を感じさせた。ダウナーなグランジの影響を、ドラマチックでグラマラスな音像としてアウトプットするという現代的な趣向が凝らされているところに、“遺伝子が受け継がれる”という意義を感じさせる。

日本のHIPHOPシーンで言えば、カートからの影響を大胆に感じさせるKOHHは、自身のライブで「Rape Me」を流したり、「Imma Do It」などのリリックにもカートやNirvanaの名前を用いている。初めて買ったバンドTシャツがNirvanaだという(sic)boyは(※7)、中学生で大きく形成されていった自身の音楽観にもダイレクトに影響を受けていることだろう。

そして、カートやNirvanaが筆頭となり築き上げたグランジという確固たるジャンルは、一部で“ネオ・グランジ”と呼ばれるような新しい形で現代に受け継がれており、圧倒的センスを持つw.o.d.や、Royal Bloodのマイク・カーも激推しするUKのTigercubなどにその系譜が垣間見える。やがてカート・コバーンという名前が忘れ去られる日が来るとしても、彼が残した偉業と魂は未来へ脈々と受け継がれていくのだ。

※1:https://bezzy.jp/2023/06/26656/
※2:https://news.livedoor.com/article/detail/14417397/?p=2
※3:https://courrier.jp/news/archives/159226/
※4:https://rockinon.com/news/detail/185280
※5:https://mikiki.tokyo.jp/articles/-/6058
※6:https://98kupd.com/billie-eilish-describes-kurt-cobain-influence-on-what-was-i-made-for/
※7:https://fnmnl.tv/2020/10/30/109885

(文=宮谷行美)

© 株式会社blueprint