安田顕、“おじさん請負人”としての華麗な仕事ぶり 長年のキャリアで築いた芝居の引き出し

世の中には、色んなタイプの“おじさん”がいる。頑固で少し面倒臭いおじさん、ダンディでカッコいいおじさん、お茶目でみんなに癒しを与えるおじさんなど、特にドラマに登場するおじさんはバラエティ豊かで飽きがこない。

そのどれを演じても不思議とハマるのが、安田顕だ。きっと誰の心にも、安田が演じたベスト1おじさんがいることだろう。あまりにたくさん思い浮かぶので答えに迷うが、4月6日にスペシャルドラマとして一夜限りの復活を果たす『アリバイ崩し承ります』(テレビ朝日系)の察時美幸は、少なからず筆者の5本の指に入る。

本作は、祖父から受け継いだ時計店を切り盛りする美谷時乃(浜辺美波)が、1回5000円で“アリバイ崩し”を引き受け、自宅の離れに下宿する管理官の察時との凸凹バディで難事件に挑む謎解きミステリー。

2020年1月期に放送され、「時間にまつわる仕事だから、時計店で働く者こそアリバイの問題を扱うにふさわしい」という信念を持つ時乃によって完璧に思えたアリバイが崩れていく新感覚の気持ち良さもさることながら、個性が強い登場人物たちのコミカルなかけ合いが人気を博した。特に、“ある意味”相性ぴったりな時乃と察時のやりとりには何度ニヤニヤさせられたことだろう。

察時は一見、扱いづらいおじさんだ。警視庁で問題を起こして地方の県警に左遷されてきた元キャリア。そのわりにプライドだけは高く、偏屈で愛想がない。そんな察時が、娘ほど年の離れた時乃に振り回されているうちに次々と愛すべき一面が見えてきた。

一人で事件を解決しようとするが、結局は時乃を頼る羽目になり、他の刑事にバレないかヒヤヒヤしながらも、いつも張り合っている雄馬(成田凌)の前ではつい見栄を張ってしまう察時。周りの警察官からウザがられ、妻には頭が上がらないという、滑稽さと哀愁が入り混じるキャラクターだが、これが演じ手に「どう面白いでしょ?」「こういうおじさんにみんな弱いでしょ?」みたいな感じが透けて見えると途端に白けてしまう。その点、安田はコミカル度合いを行き過ぎない範囲に留めており、左遷されるまではエリートコースを歩んできた察時の威厳もしっかりと表現されていた。長年の俳優としての経験がなせる技だろう。

前述したように、これまでも色んなタイプのおじさんを演じてきた安田。『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』(フジテレビ系)ではわずかな出演ながらも、若い婚約者にねっとりとした視線を送る変態性のある演技でインパクトを残し、『しもべえ』(NHK総合)では、全く喋らないおじさんの役にもかかわらず、不思議と言いたいことが伝わってくる表現力を見せつけた。

『未来への10カウント』(テレビ朝日系)や『セクシー田中さん』(日本テレビ系)では人生経験が豊富そうな色気を漂わせ、イケオジっぷりを炸裂。『18/40~ふたりなら夢も恋も~』(TBS系)では男手一つで育ててきた娘の妊娠に戸惑いつつも、その身を心から案じる不器用な父親を好演し、視聴者の涙を誘うなど、この人に演じられないおじさんはいないんじゃないかと思うほどに演技のストライクゾーンが広い。

直近でいえば、『大奥』(フジテレビ系)での怪演ぶりも凄まじかった。安田が演じたのは、江戸時代中期に幕政を主導した田沼意次。第10代将軍・家治(亀梨和也)の弱みに漬け込み、実権を握る悪代官だが、その根底に政を司るものとしての矜恃と正義がある憎みきれない役柄だった。田沼意次が憑依したとしか思えない場面は多々あったが、炎に包まれた大奥で自害を遂げるラストシーンは一生忘れられないくらいの迫力だ。腹に刀を突き刺した瞬間、充血した目をかっぴらき、鼻水を垂らしながらしゃがれた声で最期の言葉を呟く。「もしかして本当に刀を差してるのでは?」というありえない考えが頭をよぎるほどのリアリティがそこにはあった。

4月13日には、安田が物腰の柔らかい小児科医・植野元を演じた『PICU 小児集中治療室』(フジテレビ系)のスペシャルドラマも放送される。優しいだけではなく、医師としての熱い気持ちを持ったこの役も安田にぴったりだった。もはや“おじさん請負人”と言えるくらいの役柄を網羅している安田顕。さすがに彼でも演じられないだろうと思うおじさんがいたら逆に教えて欲しいくらいだ。
(文=苫とり子)

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