【天風録】嘆きの給与明細

 大久保仁斎という幕末の江戸の御家人が、貧しい暮らしぶりを書物に記している。年間の給料は米30俵で半分は家族6人で食べて消える。自由になる金はなかったらしい▲国文学者山口博さんが、古典の数字を現代のお金に置き換えた著書の「日本人の給与明細」で知った。大久保は書物の中で、奉公も親孝行もままならぬ現状を嘆いている。「無一物ではどうして倹約もできようか」と▲現代のSNS上にも、似たような嘆きがあふれている。収入から税金や社会保険料を引いた「手取り」の言葉は、8割以上が悲観的な文脈で使われている。どれだけ給料が上がっても、手取りは増えない―と。天引きされた給与明細に首をひねり、天を仰ぐ若者の姿が思い浮かぶ▲追い打ちをかけるような審議が、国会で始まった。少子化対策として医療保険料に子育て支援金を上乗せする案だ。首相は徴収額を給与明細に示すと訴えたが、どこかずれている。平均月額450円でも、負担自体に納得できない国民は多いだろう▲下級武士の一部は副業や借金に追われていたという。今の若者は、結婚や育児と向き合う余裕を持てるのだろうか。少子化が進む対策ならば、ごめんこうむる。

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