「第8回横浜トリエンナーレ」展示の模様をレポート アーティストの多様な視点から、生きづらい現代を生き抜く方法を探る

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港町・横浜から発信する国際展「第8回横浜トリエンナーレ」が3月15日(金) に開幕した。アーティスティック・ディレクターに、北京を拠点に国内外で活躍するアーティストのリウ・ディン(劉鼎)と美術史家のキャロル・インホワ・ルー(盧迎華)を迎え、31の国と地域から93組のアーティストが参加。6月9日(日) まで開催される。

パンデミックを経て日常の喜びをあらためて感じる一方で、世界に視野を広げれば戦争があり、気候変動や災害、差別や経済格差など問題が山積みの現在。リウとルーがキュレーションした展覧会「野草:いま、ここで生きてる」は、日本にも縁の深い中国の小説家、魯迅の詩集『野草』(1927年刊行)に想を得て、絶望から出発しながらも、アーティストの多様な視点を通じて考え、共に生き抜く知恵を分け合おうとするものだ。メイン会場の横浜美術館をはじめ、「旧第一銀行横浜支店」、「BankART KAIKO」などを舞台に7章で構成。過去と現在をつなぎ、庶民の力が主役となる。

なお、3年ぶりにリニューアルオープンした横浜美術館は、天井のルーパーから外光を採り入れ、明るい雰囲気に。横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクターを務める横浜美術館館長の蔵屋美香は「体力のない方や子どもなど誰もが安心して楽しめる優しいつくりになっています」と語った。

参加アーティストとキュレーター陣。前列右から片多祐子(横浜トリエンナーレ組織委員会キュレーター、横浜美術館主任学芸員)、蔵屋美香(横浜トリエンナーレ組織委員会総合ディレクター、横浜美術館館長)、アーティスティック・ディレクターのキャロル・インホワ・ルー(盧迎華)、リウ・ディン(劉鼎)

争い、分断する世界。生きづらさはどこから来るのか

会場には多くの作品があるので、ここでは筆者の印象に残った章と作品を挙げたい。最初から網羅的に見ようとしなくてもいいし、見る人の数だけストーリーはあるだろう。

まず「いま、ここで生きてる」の章では、オズギュル・カーのアニメーション作品《倒れた木》などが廃墟の森を感じさせる。グランドギャラリーの階段上はキャンプ場の様相だ。北欧の遊牧民サーミ族の血を引くヨアル・ナンゴは、資源の循環をテーマに、サーミ族のかつての暮らしをプリントした布や神奈川県内で採取した木や竹などで人々が集う場をつくりあげた。宮城県を拠点に制作を続けている志賀理江子は、地元の猟師のインタビューから得た15のキーワードから小説、哲学、科学、社会学などさまざまなジャンルの本を集めたライブラリー《緊急図書館》を設置。東日本大震災関連、土や植物研究など多角的な選書で、「エネルギー」について考える空間となった。

ヨアル・ナンゴ《ものに宿る魂の収穫/Ávnnastit》2024年
志賀理江子《緊急図書館》。3階の壁には志賀が活動の拠点を置く宮城の猟師・小野寺望へのインタビューを配した大きな写真群。左下は元料理人のセレン・オーゴードの作品。

また、ウクライナのコレクティブ「オープングループ」は、ロシアのウクライナ侵攻から逃れた難民キャンプで取材。音によって兵器の種類を聞き分け、いかに行動すべきかを示した戦時下の行動マニュアルから、人々が口で音を再現した映像作品が胸に迫る。

オープングループ(ユリー・ビーリー、パヴロ・コヴァチ、アントン・ヴァルガ)《繰り返してください》2022年

続いて「密林の火」の章は、世界で起こる紛争や対立、衝突の縮図のよう。難民キャンプなどの現場を捉えたトマス・ラファの映像は象徴的。イェンス・ハーニングは、ファッション系雑誌やSNSでよく見る「街角で見つけたおしゃれな人のスナップ」の手法を用い、移民1世を撮影した写真群を展示。社会から見えなくされている存在について問いかける。

壁面にイェンス・ハーニングの作品。中央に吊り下がる布は、シーツなどをモチーフに「眠り」や「休息」を訴えるエリーズ・キャロン&ファニー・ドゥヴォーの作品。手前は勅使河原蒼風の彫刻

「苦悶の象徴」の章では、香港の作家サウス・ホー(南何兆)による2014年の雨傘革命、2019~2020年の民主化運動の後を捉えた写真を展示。警察とデモ参加者の衝突後に散らかった道路などが不安や挫折感を漂わせる。

力のぶつかり合いを、ほとばしる創造力へと反転させる

しかしまだ諦めず、「わたしの解放」の章ではしなやかに抗う。資本主義のシステムからあの手この手で逸脱しようとする丹羽良徳の新旧のプロジェクト映像を展示。一方、台湾のアーティスト・グループ「你哥影視社(ユア・ブラザーズ・フィルムメイキング・グループ)」は、台湾のある工場で100人以上のベトナム人女性労働者がストライキを起こし、立て篭もった寮の部屋を再現。インターネットで拡散された際に、冗談を言い合うリラックスした姿がヒントになった。

丹羽良徳のインスタレーション
你哥影視社(ユア・ブラザーズ・フィルムメイキング・グループ)《宿舎》2023年/2024年

「流れと岩」の章と「すべての河」の章では、若者の力に希望を託す。大自然を旅する若者たちを撮影したロードムービーのようなスターニャ・カーンの映像作品では、失敗への不安、やり遂げようとする強さなどが描かれる。

場所を移して展開される最終章「すべての河」へ。BankART KAIKOでは、クレモン・コジトールの映像作品《ブラギノ》が印象に残る。都市から隔絶した土地で自給自足をして暮らす2つの家族が川を挟んで対立するなかで、子どもたちはどこへ向かうのか。また、「野草:いま、ここで生きてる」の展示内にはいくつかのトピックを立ててその分野の専門家を迎えた小企画があるのだが、旧第一銀行横浜支店では、江上賢一郎(東京藝術大学 特任教授)が企画した「革命の先にある世界」)が展開されている。「インターアジア木版画マッピング・グループ」などアジアの多様なコレクティブが集結し、他者と力を合わせて現代に柔軟に応答している。

スターニャ・カーン《後戻りはしない》2020年
クレモン・コジトール《ブラギノ》2017年
リャオ・シェンジェン&ホアン・イージェ(左上)など8組を紹介

なお、町村悠香(町田市立国際版画美術館 学芸員)の小企画では、「李平凡の非凡な活動:版画を通じた日中交流」と題して、魯迅が提唱した木刻運動を日本に紹介し、日本の版画運動にも影響を与えた版画家・教育者の李平凡にも光を当てていた。ほかに、鉱山労働や従軍慰安婦の問題を主題として描いた富山妙子、60~70年代に横浜で現代美術専門のスクール「Bゼミ」を立ち上げた小林昭夫など、物故作家の再評価につながる展示にも目を向けたい。展覧会全体からは、壁にぶつかるとき創造力や生命力が湧くのだと鼓舞しているようで、筆者はそれを野草の力だと受け取った。

「小林昭夫とBゼミ」展示風景。赤い布の立体は、本展のために再現した小林昭夫作品

さらに「アートもりもり!」と称し、「UrbanNesting:再び都市に棲む」(BankART Life7)、「黄金町バザール2024−世界のすべてがアートでできているわけではない」などアートプログラムも盛り沢山。みなとみらい線馬車道駅コンコースでは石内都による銘仙を撮影した写真、ぷかりさん橋では中谷ミチコの彫刻(2020年に奥能登で制作した作品を再構成)なども必見だ。横浜の街歩きも楽しみたい。

石内都「絹の夢―silk threaded memories」展示風景

<開催概要>
第8回横浜トリエンナーレ「野草:いま、ここで生きてる」

会期:2024年3月15日(金)~6月9日(日)
会場:横浜美術館、旧第⼀銀⾏横浜⽀店、BankART KAIKO、クイーンズスクエア横浜、元町・中華街駅連絡通路ほか
休場日:木曜(4月4日、5月2日、6月6日は開場)
時間:10:00~18:00
料金:一般2,300円、横浜市民2,100円、19歳以上1,200円
※セット券、フリーパスもあり
公式サイト:
https://www.yokohamatriennale.jp/

取材・文・撮影:白坂由里

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