被災した石川・輪島の海女「港を早く何とかしてほしい」 支援続ける京都の海女と再会

久々の再会を喜び合う大西さん(左)と早瀬さん=東京都豊島区・サンシャインシティ

 能登半島地震で被災した石川県輪島市の海女早瀬千春さん(54)と、京都府伊根町の海女大西幸子さん(44)が6日、東京都内のイベントで再会した。2人は長年の友人で、地震が発生した元日にビデオ通話していたが、発生後に通信が途切れた。大西さんは海女仲間に呼びかけて支援を続けており、「顔を見ることができて安心した」と喜んだ。

 地震発生時、早瀬さんは自宅で料理していたといい「パニックになり、慌てて外に出た」と振り返る。妹と息子を先に避難させ、津波の危険が迫る中、近所の人の救助活動を終えた夫と3階建てのビルの屋上に避難した。家族は無事だったが家は全壊。現在は義理の兄の家で避難生活を続ける。海底が隆起した影響で、漁を再開できる見込みは立っていないという。

 大西さんは地震発生直後について「家具が倒れる映像が流れ、悲鳴もすごかった」と声を震わせた。早瀬さんの無事を知った後は、安否を心配していた全国の海女仲間に伝え、支援のためのネットワークを立ち上げた。早瀬さんから必要な物資を聞き取り、SNS(交流サイト)で提供を呼びかけた。全国の漁業関係者らが下着や薬などを現地に送ってくれたという。

 この日は東京都内でダイビングに関するイベントが開かれ、早瀬さんの知り合いの団体のブースで2人は再会した。会うのは昨年11月以来。2人は来場者に被災状況などを話し、義援金を呼びかけた。

 早瀬さんは「物資だけではなく、多くの仲間のメッセージが心強くて頑張らないと、という気持ちになる」と支援に感謝した。一方、被災者への支援金や仮設住宅の建設が十分ではないといい「行政は見捨てず、港を早く何とかしてほしい」と訴えた。大西さんは「私も一緒に被災したと思っている。復興まで道のりは長いが、被災地の現状を伝え、支援を続けたい」と話した。

© 株式会社京都新聞社