乃木坂46 山下美月の卒業シングルが『チャンスは平等』である意味 深川麻衣、橋本奈々未ら歴代を振り返る

4月10日にリリースされる乃木坂46の35thシングル『チャンスは平等』は、今年5月にグループ卒業を控える3期生・山下美月にとって最後のシングルで、表題曲センターに加えて彼女のソロ曲「夏桜」も収録されている。深川麻衣、橋本奈々未、西野七瀬、白石麻衣、齋藤飛鳥に続き、1期生以外では初めて卒業シングルが切られるということでも注目されている。そこで、これまでの卒業シングルの歴史を振り返りながら、今回の山下の卒業シングル曲「チャンスは平等」がどういった楽曲なのかを掘り下げてみたい。

乃木坂46において、実質的な卒業シングルの最初は、深川麻衣が表題曲センターを務めた2016年3月23日リリースの14thシングル『ハルジオンが咲く頃』。深川は当時最年長メンバーで、誰に対しても優しく愛情を向け、怒った姿や愚痴を言っているのを見たことがないとメンバーからも評される器の大きさなど、誰からも愛される“乃木坂の聖母”とも呼ばれていたメンバーだ。そんな彼女の卒業シングルかつ初のセンター曲「ハルジオンが咲く頃」は、深川の人柄を投影したような歌詞とそれを穏やかに包み込むようなサウンドの楽曲。同シングルがリリースされた2016年は、欅坂46(現・櫻坂46)がデビューした年で、作詞を手がける秋元康の歌詞には当時の坂道グループの楽曲においては“誰かに宛てたもの”としてのメッセージ性がより濃く表れていた印象がある。「ハルジオンが咲く頃」は、まさにそのひとつと言えるものだった。

同年11月9日にリリースされた16thシングル『サヨナラの意味』は、橋本奈々未の卒業シングル。橋本は当時、白石麻衣、松村沙友里とともに“乃木坂御三家”と呼ばれていた人気メンバーのひとりだった。橋本センター待望論も根強かったなか、卒業に際して初めてセンターを務めた楽曲だ。リリース1カ月前、2016年10月19日放送『乃木坂46のオールナイトニッポン』(ニッポン放送)での「芸能界も引退します。乃木坂46の橋本奈々未として芸能界の活動を始めて、そのまま終わろうと思っています」という橋本の芸能界引退の発表は大きな衝撃を与えた。表題曲「サヨナラの意味」を振り返ってみると、秋元が橋本に宛てた曲というよりも、乃木坂46にとって、そしてファンにとってその後定番となる卒業ソングを作ったという印象も強く、作曲は「制服のマネキン」、「君の名は希望」、「きっかけ」など、乃木坂46のグループカラーを作り上げたとも言うべき楽曲を手がけた杉山勝彦が担当していることからも、それを色濃くさせているように思う。「別れや悲しみには意味がある」というメッセージを内包した歌詞を、美しくエモーショナルな楽曲に乗せる。まさに、多くの人がイメージする“乃木坂46っぽさ”が凝縮された卒業ソングでもあった。とはいえ、あとを濁さず美しく去っていった橋本にぴったりの楽曲だったのは、言うまでもないだろう。

2018年11月14日リリースの22ndシングル『帰り道は遠回りしたくなる』の表題曲で卒業センターを務めたのが西野七瀬。西野と言えば、乃木坂46をトップアイドルグループに躍進させる原動力となった一人でもあり、当時の絶対的エースでもあった。今作は、彼女にとって7度目のセンター曲で、この経験数は現在に続く歴代最多の数となる。“好きだったこの場所”を離れたくない気持ちと、「一歩目を踏み出そう」と決意する勇気を歌うこの曲は、これまでの卒業生にも、今後グループを卒業していくメンバーにも、両方に通じる思いだろう。明るく疾走感のあるこの曲は、“西野七瀬”というグループのヒロインの物語を感じさせ、新しい道へ進む西野を最後までヒロインとして描いたところに愛情とリスペクトが感じられる。同シングルは、同じく卒業を発表していた若月佑美のラストシングルでもあった。

西野と双璧を成した白石麻衣にとっての卒業シングルは、2020年3月25日リリースの25thシングル『しあわせの保護色』。『乃木坂46新聞 デビュー8周年記念』(日刊スポーツ)のインタビューにて、「私はこの曲で最後だけど、楽曲を“卒業楽曲”にはしてほしくない」「私の最後と結びつけるよりも、前向きになれる曲が増えたと思ってほしい」と彼女自身が答えていたように、表題曲「しあわせの保護色」は白石らしいカラッとしたものとなっている。白石の代表曲と言えば、彼女がセンターを務めた20thシングル表題曲「シンクロニシティ」。同作で卒業を表明していた生駒里奈がセンターを打診されたものの、それを辞退したことで白石がセンターを務め、結果的に彼女を象徴する楽曲となった。そのため、“白石麻衣”という物語のクライマックスにも似合う楽曲はきっと「シンクロニシティ」でもあり、実際に白石にとって最後の出演となった『第70回NHK紅白歌合戦』では乃木坂46、欅坂46、日向坂46の坂道3グループ合同で「シンクロニシティ」を歌い、その1週間後に彼女は卒業を発表した。では「しあわせの保護色」はと言うと、その物語のエンディングに流れるエピローグ的な楽曲でもあったと思う。エモーショナルに送り出すのではなく、むしろ彼女の卒業を悲しむメンバーを白石が笑顔で慰め、「私が卒業しても大丈夫だ」と言っているようでもある。反対に、同シングルに収録され、白石自身が作詞したソロ曲「じゃあね。」は、彼女のアイドル人生を振り返るような楽曲。メンバーの前では弱みを見せず、ソロ曲で思いっきり思いを伝えるというのも、彼女らしい卒業シングルだったように思う。

2022年12月7日リリースの31stシングル『ここにはないもの』で表題センターを務めたのが、同作が卒業前最後のシングルとなった齋藤飛鳥。2022年に乃木坂46はデビュー10周年を迎えるとともに、1期生の卒業ラッシュを迎え、残る1期生は当時キャプテンの秋元真夏と齋藤のふたりだけだった。オリジナルメンバーとして、そして白石卒業後の乃木坂46の象徴としてグループを守り、もはやリビングレジェンドとも言える存在でもあった齋藤。そのため、彼女の卒業は“齋藤飛鳥のグループからの卒業”だけにとどまらず、“世代交代”を意味するものでもあり、表題曲「ここにはないもの」はグループの原点回帰の一曲でもあったと思う。「サヨナラの意味」にも象徴されるような乃木坂46らしい、エモーショナルなサウンドと歌詞は、メンバーに対しても、ファンに対しても「次のステージへ向かえ」と言っているようにも聴こえる。齋藤が初めてセンターを務めた2016年の15thシングル「裸足でSummer」は、先述した深川の卒業シングルの次の作品。当時、『乃木坂工事中』(テレビ東京系)での選抜発表時に涙を流しながら「私のせいで売れなくなっちゃう」と言っていた齋藤が、自身の卒業シングルで堂々とセンターに立つという成長ぶりを見せた。

振り返ってみても、これまでの卒業ソングは卒業していくメンバーの功績とグループの現在地が色濃く反映されてきたものでもあった。一概に比較できるものではないが、これまでの卒業シングルはすべて1期生メンバーによるものでもあり、0からグループを創造してきた彼女たちの門出を祝う曲だったことは間違いないだろう。しかし、今年5月に卒業を控えている3期生・山下美月がセンターの「チャンスは平等」は、『サタデー・ナイト・フィーバー』やKool & The Gangを彷彿とさせる70年代ディスコミュージックのようなダンスミュージック。これまでの卒業シングル表題曲におけるセレモニー的なサウンドとは異なるものとなった。

ただ、あらためて山下のキャラクターを考えると、3期生として7年半ものあいだグループに在籍し、乃木坂46を支えてきたひとりではありながら、ソロでドラマへの出演やモデルとしての活躍も多く、自身も言っていたように“一匹狼タイプ”の自由な人という印象もある。これまで山下がセンターを務めた26thシングル表題曲「僕は僕を好きになる」や32ndシングル表題曲「人は夢を二度見る」は、いわゆるグループらしさとも言える清涼感のある楽曲だっただけに、白石の卒業シングルが「しあわせの保護色」だったように、山下も最後はウェットなものではなく楽しい終わり方にしたい、いい意味でファンの期待を透かしたいと思ったのかもしれない。

一方で、当初から山下を送り出す卒業ソングという意味合いではなく、山下の空いた席を各メンバーに「チャンスは平等」と示すような一曲で、それを山下から後輩へ宛てたメッセージとして書かれたものとも感じられる。もちろん、3期生全員選抜というのは山下を見送る楽曲としての意味合いは大きいだろう。しかし、山下は乃木坂46のメンバーとなるまでにさまざまなオーディションを受け、多くの落選を経験した過去もある。いまだ見ぬ6期生も含め、メンバーに対してのメッセージだと思うと、自らチャンスを掴み取った彼女にとって乃木坂46としての最後のセンター楽曲「チャンスは平等」は、やはりかっこいい曲に聴こえてくる。ソロ曲「夏桜」がどのような楽曲なのかも、楽しみだ。

(文=本 手)

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