アナタが麻疹を流行国から持ち帰るリスク GWの海外旅行は要注意…どんな人が危ない?

GWを海外で過ごす人たちなどで混雑する成田空港(C)共同通信社

ゴールデンウイークに海外旅行を計画している人は少なくないだろう。実はいま、麻疹(はしか)が世界的に流行していて、旅先によっては感染する恐れがあるのだ。どんな人が危ないのか。

麻疹は、麻疹ウイルスに感染すると、10~12日の潜伏期間を経て発症する。まず前駆期として、咳や鼻水など風邪のような症状が2~4日ほど続いて、口の中に白い発疹ができる。その後、赤い発疹が全身に及び、39度を超える高熱にうなされるのが発疹期だ。発症から7~10日ほどで回復期を迎え、赤い発疹は黒くなって、やがて消える。

これが一般的な麻疹の経過だ。「麻疹なんて、子供の病気。そもそもワクチンを接種しているから大丈夫」と思うかもしれない。確かに麻疹はワクチンをきちんと接種することで予防できる。実際、日本ではワクチン接種が進み、2015年にWHO(世界保健機関)から麻疹排除国に認定されている。つまり、日本には土着の麻疹ウイルスは存在しない。

その状況で恐れられているのは、海外から麻疹ウイルスが持ち込まれる輸入例で、輸入例は成人の感染者が目立つのだ。3月1日に麻疹と診断されたのは東大阪市に住む20代男性で、昨年11月から今年2月にかけてアジアや中東に滞在。アラブ首長国連邦(UAE)のザイード国際空港からエティハド航空便に乗り、2月24日に関西国際空港に到着し、帰国した。

東大阪市保健所の疫学調査から発症したのは中東滞在中の2月20日と判明。帰国時は発熱、咳、鼻水、結膜炎、発疹に加え、下痢があり、関空のトイレや、南海電鉄でりんくうタウン駅で下車すると、立ち寄ったスーパーセンターTRIALりんくうタウン店のトイレも利用していたことが明らかになっている。

不特定多数との接触が疑われたことから、東大阪市保健所は同じ便の乗客の健康観察を各自治体に依頼。その結果、岐阜県川辺町の50代女性や大阪府堺市の20代男性、名古屋市の20代女性2人、兵庫県丹波市の20代男性が相次いで麻疹を発症していた。この中で感染していたときに公共交通機関を利用していなかったのは丹波市の男性のみで、ほかの患者は公共交通機関も商業施設も利用。感染がさらに広がっても不思議ではない状況だ。

東大阪の20代男性を起点とする感染の連鎖は、いずれも海外渡航歴があり、同じ飛行機を利用していたケースだが、海外渡航歴がない感染例も報告されている。3月6日に麻疹と判明した奈良の30代男性は海外渡航歴がなく、海外から入国した20代の外国人男性から感染したとみられている。

感染源となった外国人男性は2月7日に入国。京都から奈良に移動した19日に発熱して発症。23日に医療機関を受診し、24日に麻疹陽性が判明した。その後の疫学調査で19日にはJR山陰本線や同奈良線を乗り継いで、二条駅から京都駅を経由して奈良駅に到着。21日には奈良市観光センターを利用していたことが判明した。奈良の30代男性は、このどこかで感染したことになる。

感染力はどうなのか。医師でジャーナリストの富家孝氏が言う。

「麻疹の感染力はとても強く、飛沫や接触での感染はもちろん、空気感染も起こします。そのうち主たる感染経路は空気感染です。感染者が新幹線や飛行機などの密閉空間にいて麻疹ウイルスがまき散らされると、免疫がなければ、ほぼ100%発症。人から人に感染しやすいのです。UAEからの航空便の同乗者で感染が連鎖したり、奈良で海外渡航歴がない人が感染したりしたことは、まさに感染力の強さを物語っています」

免疫がない人の間に感染者が1人いるだけで、平均12~18人を感染させるという報告もある。麻疹の感染力は、インフルエンザの約13倍という。世界を恐怖に陥れた新型コロナは、マスクや手洗いが予防に役立ったが、麻疹は空気感染もあり、それらだけでは予防できないから厄介だ。

今年3月末までの麻疹感染者数は20人。昨年の28人に迫っている。前述の通り、日本は15年から麻疹排除国だが、その後は微増傾向で19年は744人に急増。コロナ禍の20~22年は世界的な移動制限で10人以下に抑えられていたが、コロナ禍明けで移動が復活したタイミングで、昨年の世界の感染者数は対前年比1.8倍の約32万人に増加している。その流れを受けて、成人を中心とした輸入感染例が右肩上がりなのだ。

自然感染の減少とワクチン接種の盲点

それにしても、小児のイメージが強い感染症の麻疹で、なぜ成人が危ないのか。対策を含めて富家氏に聞いた。

「麻疹はワクチンをきちんと接種していれば、確実に予防できます。2000年以降は、ワクチンの2回接種が推奨されていますが、それ以前は任意接種だったり、1回接種だったりするため接種状況にバラつきがある。成人の中には、ワクチン接種をしていなかったり、していても不十分だったりする人がいて、感染しやすいのです」

1回接種がスタートしたのは1972年10月1日生まれから。同年9月30日以前に生まれた人はワクチン接種がなかったが、当時は麻疹の全国的な広がりから自然に感染することが多く、それで免疫を獲得している可能性が高いという。

1回接種の期間は、90年4月1日生まれまで続き、同年4月2日生まれから2000年4月1日生まれまでは1回または2回に。00年4月2日生まれから2回接種になったという経緯がある。

「現在は麻疹ワクチンが2回接種になっているものの、あくまでも推奨であって、強制ではありません。親の判断やいろいろな事情で接種をしていなかったり、1回で済ませたりしている方も少なくないでしょう。その一方で、ワクチン接種が進み、自然に感染することで免疫を獲得する方は減少傾向で、ここ10年の感染規模では自然感染による免疫獲得はかなりレアケース。そうすると、ワクチン接種が不十分で、かつ自然に感染していない若い成人の方が危ない可能性もあります」

実は07年から08年にかけて麻疹が流行した。その中心となったのは10代や20代だ。

当時の状況を分析した国立感染症研究所感染症情報センターの岡部信彦センター長(当時)は、07年に発行された日本ウイルス学会誌「ウイルス第57巻 第2号」にこう記している。

「10~20代の患者は、ワクチン未接種者と1回既接種者が混在している」 その内訳は、以下の通りだ。

①麻疹ワクチン未接種で未罹患者(約10%)

②麻疹ワクチン接種したが免疫獲得ができなかったもの(2~3%)

③麻疹ワクチンによる免疫が減衰したもの(約10%)

前述した東大阪市の男性による輸入感染から広がった患者も、やはり20代が中心だ。自然感染が少なくなった世代だけに、ワクチンの効果が甘いと感染リスクが高いことを示している。

岡部氏の報告によると、07年の麻疹流行時は60代の再感染例もあったという。自然感染で獲得した免疫も、長い年月を経て弱まっている恐れもあるだろう。

WHOは今年1月、23年に報告された欧州での麻疹の感染者数が、対前年比40倍以上に拡大したと発表。そのうち、3分の1近くはカザフスタンで、イギリスでも再流行している。

アジアでは、インドやインドネシア、中国、フィリピンなど人気観光地を抱える国でも麻疹が広がる。アフリカや中東も例外ではない。麻疹の免疫が不十分な人が海外に出かけるのは、要注意だろう。

「特効薬はなく、ワクチン接種が予防の要。麻疹の抗体検査を受けて、数値が十分でない方はワクチンを接種するのが無難です。60代の再感染例も指摘されているように、ワクチンを2回接種した方や感染歴がある方も油断せず、旅行中は免疫を弱めるような行動を慎むこと。具体的には睡眠や栄養をしっかりとって、むちゃな行動をしないことです」

麻疹に感染して重症化すると、肺炎や脳炎を起こして命を落とすこともある。妊婦が感染すると、流産や死産のリスクが高くなる。さらに、治癒後最大10年程度を経て、亜急性硬化性全脳炎という難病を発症することもある。「麻疹なんて」と軽い考えは禁物だ。

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