連載『lit!』第96回:アリアナ・グランデ、タイラからキム・ゴードンまで……女性アーティストの活躍ぶり示す新作5選

3月から4月にかけての期間は、我々音楽ファンが嬉しい悲鳴を上げるほどに、毎週毎週素晴らしい作品が続々と発表されるリリースラッシュとなった。今年のグラミー賞のノミネーションが女性アーティストの活躍ぶりを示していたように、近年の音楽シーンは女性を中心に動いていると言っていいだろう。その流れは2024年に入っても続いていて、今年も多くの女性達が素晴らしい作品を立て続けにリリースしている。世界的に名の知れたスーパースターから、キャリア40年以上の大ベテラン、気鋭の若手まで、年代も国籍も実に幅広いのがポイントだ。今回はこの春を彩る、様々なタイプの女性アーティストの作品を5つ取り上げ、その魅力を紹介していきたい。

■アリアナ・グランデ 『eternal sunshine』

2013年の1stアルバムリリースから2020年までの7年間で6枚のアルバムをリリースするという驚異のハイペースで作品を作り続けてきたアリアナ・グランデ。前作から約3年半ぶり、通算7作目となる新作『eternal sunshine』は、そんなハードワーカーな彼女にとってプライベートにおけるこの3年半という期間がどれだけ大変で困難なものだったかがひしひしと伝わる内容になっている。結婚・別居・離婚・新たな恋と、この期間に彼女が経験した激動の私生活がリアルに記録されている今作は、「別れ」というワードが作品全体に散りばめられているものの、サウンドは決して暗いムードになることはなくむしろポジティブなトーンの楽曲が多いのが特徴的。90s~00sのR&Bを由来とする華やかでゴージャスなポップサウンドと洗練されたボーカルパフォーマンスで、悲しみを乗り越え前を向いて進もうとしている1人の女性の感情の揺れや心情の変化を美しく演出している。アリアナ史上最も統一感のある1枚と言える傑作アルバムだ。

■タイラ 『TYLA』

近年の音楽シーンで急速に存在感を増してきているアフリカンミュージック。アフリカ大陸出身の人気アーティストが続々と登場し、アフロビーツをはじめとするアフリカ発のサウンドを様々なミュージシャンが取り入れるなど、数年前からずっとトレンドであり続けているような今の状況は、2000年代前半にダンスホールレゲエが世界を席巻した時を彷彿とさせる。そんなムーブメントの一つのピークと言える作品が南アフリカ出身のタイラのデビューアルバムだろう。ハウスミュージックをベースとした南アフリカ発の新たなダンスミュージック、アマピアノを軸に、ポップやR&Bを絶妙なバランスで組み合わせたサウンドは、流れる水のように滑らかで心地よい至福のグルーヴ。アフリカのカルチャーや空気感を現地シーンへのリスペクトを込めながら表現しつつ、ポップフィールドへのアピールも実現できている仕上がりの細やかさがとにかく素晴らしい。アフリカシーンからの期待を背負い、それに見事に応えた充実のデビュー作だ。

■キム・ゴードン 『The Collective』

元Sonic Youthのメンバーとしても知られるキム・ゴードンの2ndアルバムからの先行シングル「BYE BYE」を最初に聴いた時の衝撃は、ここ数年様々な音楽を聴いてきた自分の中でもトップクラスに大きなものだった。脳天を揺さぶるような凄まじい音圧の低音。何もかもを破壊し尽くすようなノイズの迫力。HIPHOPからの影響が強く反映された、うねるようなビートの上をクールに支配するキムのスリリングなボーカル。このアルバムで鳴り響く全てのサウンドが攻撃的かつ刺激的だ。現在70歳の大ベテランである彼女がこれほどまでにフレッシュでアバンギャルドな作品を作り出すとは正直思わなかったが、年齢を重ねることをポジティブに捉え、攻めの姿勢を一切崩すことなく挑戦し続けることの凄さと美しさを、このアルバムを通して完璧に示している。『FUJI ROCK FESTIVAL 2024』での来日も決定しているが、このタイミングで彼女のライブを体感できるのはもはや事件と言えるだろう。

■エイドリアン・レンカー 『Bright Future』

Big Thiefとしてのバンド活動と並行して、ソロとしても精力的に作品を作り続けているエイドリアン・レンカーの最新作は、彼女の豊かなメロディセンスと繊細な歌声が堪能できる、非常にシンプルでミニマルな仕上がりの1枚だ。ギターとピアノの音色を軸とした素材の良さを活かす必要最低限の調理と味付けによって、彼女が持つみずみずしさやピュアさがより引き立てられている。今作はとことんアナログでレコーディングすることにこだわったそうで、携帯電話やパソコンには一切触れずテープに録音した音源を直接レコード盤にカッティングしたんだとか(※1)。エイドリアンの過去の体験や思い出を回顧するような歌詞の、文学的かつ生々しい心理描写も聴きどころの一つ。昨年に引き続き今年もフォーク・カントリー勢から素晴らしい作品がたくさんリリースされているが、この人の鳴らす音は他にはない特別な響きだなと改めて感じさせられた。聴く者を優しく温かく包み込んでくれる、早くも今年屈指の癒しの1枚だ。

■ファビアナ・パラディーノ 『Fabiana Palladino』

最後に今後の飛躍が期待される新鋭アーティストをぜひ紹介させてもらいたい。イギリス出身のファビアナ・パラディーノ。ディアンジェロやジョン・メイヤー、アデルなど、これまで錚々たるアーティストの作品に参加してきた伝説的なベーシスト、ピノ・パラディーノを父に持つ気鋭のシンガーソングライターだ。自らがプロデューサーを務め完成させたデビューアルバムは、80sや90sのR&Bやポップ、ディスコ由来のグルーヴを彼女のフィルターを通して洗練させた、懐かしさと新しさが混在した大人の色気を漂わす響き。今作には父のピノの他、2010年代以降の音楽シーンにおいて絶大な影響力を持つジェイ・ポールも制作に参加していて、音数を絞り音の隙間をあえて残した彼特有のセンスによるプロダクションも今作の大きな魅力の一つと言えるだろう。ジェシー・ウェアを思い起こさせるボーカルも含めて、何もかもが新人離れした熟成っぷりが堪能できる素晴らしいデビュー作である。

※1:https://www.theguardian.com/music/2024/mar/17/big-thief-adrianne-lenker-bright-future-solo-album-interview

(文=hashimotosan)

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