<レスリング>【特集】未曽有(みぞう)の少子化時代、高校レスリングの普及・発展を考える…高体連レスリング専門部・千葉裕司部長&原喜彦理事長(下)

《上より続く》


時代の流れで普及やアピールの方法も変わる

――女子の競技人口(高体連登録者数)は、2022年に279人だったのが、2023年に230人に減っています。東京オリンピック女子で金4個の後です。これまでは、オリンピックで勝って女子レスリングの存在が広まり、普及につながったと思いますが、その状況はすぎていることでしょうか。

千葉部長 女子は、他のスポーツをやっていて高校に入ってからレスリングを始める、という生徒は少ないですよ。小さな頃から、マットの上では男子の選手やコーチと、コンタクトするのが当たりまえ、という感覚がなければ、いきなりできるものではありません。オリンピックの好成績は、高校女子の競技人口を増やす特効薬にはならないし、結びつけるのは無理があると思います。男子は「こんなカッコいいスポーツがあるのか」と思って飛び込む選手もいるとは思います。

――オリンピックの金メダルや吉田沙保里さんの存在が、キッズの女子選手の増加につながってくれれば、いいですね。

原理事長 吉田沙保里さんの存在は、小学生の女子がレスリングに取り組むきっかけにはなっていると思います。しかし、そんな選手がずっと続けているか、と言うと、そうではない。競技に取り組む子供を増やすことも大事だけど、その選手が中学、高校へ行っても続けるようにするには、別の努力が必要だと思います。

――間口を広げる努力と、続けてもらうための努力は違う、ということですね。

原理事長 どちらも、時代の流れを考えて方法を考えないとならないでしょう。私達の時代は、レスリングで強くなればアメリカ遠征に行ける、ということが選手を発奮させるひとつの殺し文句だったんです。でも、今は家族旅行を含めて簡単に外国へ行ける時代。海外へのあこがれでレスリングを続けさせることはできない。先ほど、テレビ中継のことが出ましたが、今の子はテレビを見ません。スマホで好きな動画だけを見る時代になっているのですから、それに合わせていかなければなりません。その意味で、全国大会を全試合ネット中継するようしたのは、間違っていないと思います。

▲シーズンの本格的開幕と位置づけられる風間杯全国高校選抜大会

競技人口最高をマークした米国を見習いたい

――時代の流れをつかまないとならないわけですね。

千葉部長 高校自体が、何らかの部活動に入りなさい、だったのが、無理に入らなくてもいい、に変わっていますからね。

原理事長 強化に関しては、キッズの指導者がしっかり教えているので、競技人口が多少減っても弱くなることはないと思います。しかし、大会は今まで通りにはできなくなる可能性がある。そこを、どう対処していくか。

――日本協会も財政の厳しさに直面しています。悪化すれば全日本選手権のマットステージの見直しも考えられますが、「あのステージで闘いたい」というのも、選手のモチベーションになっています。大会のグレードを落とさない努力が必要だと思います。

千葉部長 インターハイでも、その問題はあります。マットステージ設置は規則で決まっているわけではないんです。開催にあたり、予算案を出すと「これはどうしても必要なのか?」という質問が返ってきて、「必要です」と答え、交渉の末に認めてもらっているのが現状です。インターハイも財政の厳しさに直面していますので、いつまで認めてもらえるか。継続へ向けて努力はしていきます。

▲1991年インターハイから継続されているマットステージ。このグレードを守るために必死の努力が続けられている=写真は昨年のインターハイ

――アメリカでは昨年、競技人口が史上最高をマークした、というニュースがありました(関連記事)。レスリングが一般に受け入れられない、ということは絶対にないと思います。

原理事長 日本が見習うとしたらアメリカですね。ヨーロッパはクラブでやっているし、イランや旧ソ連は伝統的にレスリングがトップ・スポーツだったわけです。日本は、いずれクラブ中心になるとしても、学校の活動としてやってきました。高校と大学で盛んなアメリカが、日本にとっての目標となるでしょう。

――アメリカンフットボール、バスケットボール、最近はやや落ちているけど野球という競技人口や観客数がケタ違いのスポーツがある中で、レスリングは健闘しているようです。なぜかを研究する必要があると思います。

原理事長 アメリカの関係者に聞いてみたいけど、私達の望むような答は出てこないかもしれない。あと、高校スポーツは教育の一環であり、社会に認められる存在になることが、これまで以上に必要だと思います。強ければいい、という時代ではない。これでは必ずたたかれるし、学校が「レスリング部は要らない」と見放してしまえば、そこで終わる。「レスリングをやれば、人間形成に役立つ」とならなければ、競技人口は増えない。

▲ときにスポットライトに照らされて試合が行われる米国=2018年米国遠征チーム提供

文武両道の選手を多くすることで、競技人口が増える

――かつては、不良少年を更生させた監督がたくさんいました。今はキッズ・クラブで礼儀やマナーの指導がしっかりしているので、高校の監督は楽なのではないでしょうか。勉強もしっかりさせ、将来、社会的にステータスの高い人間を数多く輩出することが、いろんな面でレスリング界へ還元されることになると思います。

原理事長 サッカーがそうなっていますね。人気が高まって底辺が広がり、それによって勉強のできる選手が多くなったそうです。ヨーロッパのプロへ行っている選手は、学力もすごく高かった選手が多いとか。文武両道の選手が多いスポーツになることが、競技人口を増やすことにつながると思います。いい選手を育てて競技の成績を上げても、「レスリングか…」と見下されるようでは駄目です。(高体連から)外部監督・コーチが認められていますが、強化だけではなく、選手の人間形成の場であることを忘れないでほしい。

千葉部長 現場の意見を聞いて、いい方向へ持っていきたい。

原理事長 若い指導者でも、しっかりと意見を言える時代です。ブロック会議などで、「初心者だけの大会をやろう」などの意見を積極的に言う若手は多いと聞いています。情熱ある若い指導者は、いい考えを持っている人が多い。遠慮することなく意見を届けてほしいし、私達も耳を傾けたい。

千葉部長 クラブ・チームの監督と高校の監督とで、いい形で融合していってほしいです。

原理事長 高校と大学は、けっこうつながりが強いんですよ。キッズと中学は指導者が重なるので、そこもつながる。しかし、高校と中学となると、今ひとつという面は感じます。この間に、もっと太いパイプをつくることで、高校の競技人口の増加につながる何かが出てくるような気がします。

各傘下連盟との交流で発展へつなげたい

――選手の一貫強化が叫ばれて久しいですが、組織のリンクも必要、ということですね。

原理事長 そういう面は、できつつありますけどね。高体連専門部は外部役員も認められていますので、例えばこの大会にも、全日本マスターズ連盟の審判長とか各連盟の審判役員の方が参加しています。以前は高校の先生だけでした。こうした場を使って交流が進めばいいと思います。審判だけでなく、すべての面でリンクが進めばいいです。

千葉部長 ただ、全国高体連の役員になるには、高校の教職員である必要があります。全国高体連との折衝は私達がやることになるので、しっかりやりたい。毎年、インターハイの規模縮小を要求され、それと闘っているのが現状です。

原理事長 柔道、剣道、相撲、空手、ボクシングといった格闘競技と比べ、レスリングのインターハイ参加選手は多いんです。学校対抗戦が11人(正選手7人+控え選手4人)、個人戦男子が48人×8階級、女子16人×7階級。この選手数をいつまで続けられるのか、という状況です。

千葉部長 陸上は都道府県単位ではなく、ブロック(地域)単位の選出ですよね。レスリングの女子がそうです。いずれ「男子もブロック単位で」となることもありえます。都道府県単位で代表を出す方式を守り、競技人口の減少に歯止めをかけたい。

《完》

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