『光る君へ』柄本佑の壮絶な泣き顔に込められた父への思い 兼家の死がもたらすもの

『光る君へ』(NHK総合)14回「星落ちてなお」。ある日、兼家(段田安則)は道長(柄本佑)らを呼びつけ、道隆(井浦新)を後継者にすると告げる。納得のいかない道兼(玉置玲央)は激高するが、決定が覆ることはなかった。やがて兼家が逝去。跡を継いだ道隆は独裁を始める。

まひろ(吉高由里子)と久しぶりに再会しながらも、道長は素知らぬ顔で立ち去った。道長を演じる柄本の表情が心に残る。倫子(黒木華)が話しかけた時、道長は上の空だった。神妙な面持ちをしていたが、そのように取り繕うことでまひろとの再会で心が揺れ動くのをおさえようとしているのが分かる。自身を気遣う倫子に対する道長の声色は優しいのだが、彼の心はここにない。道長が風にあたっていた時、柄本は道長のほろ苦い心情を物語るかのようにどこか物悲しいまなざしを見せていた。

息を引き取った兼家を抱きしめる場面でも柄本の演技に心揺さぶられる。父の亡骸に駆け寄った道長は、兼家の力なく冷たくなった手に触れ、その死を実感する。父の死に向き合い、道長の心の内から複雑な感情が溢れ出すのを、柄本は顔を大きくゆがませた泣き顔で表した。深い悲しみにも憤りにも見える壮絶な泣き顔には、父への尊敬の念が強く感じられる。

道長といえば、父の兼家や兄たちの姿、政治の世界やそこで繰り広げられる権力争いをどこか引いた目で見ている印象があった。一族を繁栄させるためなら手段を選ばない兼家のやり方に納得いかないこともあったはずだ。それでも道長は、物事を俯瞰する姿勢によって兄たち以上に政治を理解しているように思えるし、誰よりも父の生き様を尊敬していたのではないか。そう思わせる面持ちに心打たれる。

一方まひろは、ききょう(ファーストサマーウイカ)やたね(竹澤咲子)と向き合う中で自らの使命を思い直すことになる。伊周(三浦翔平)の妻選びを目的に開かれた和歌の会で、まひろとききょうは講師の役目をそつなくこなした。印象的なのは、和歌の会とたねに文字を教えている時でまひろの顔つきが全く異なることだ。和歌の会では講師の務めに専念しているからというだけでなく、自分たちがききょうのいう「賑やかし」としての立場にいることを理解しているからか、その顔つきはかたい。

それとは反対に、たねに文字の読み書きを教えるまひろのなんと楽しそうなことか。まひろを演じる吉高の明るい笑顔に心が救われる。吉高の笑顔には、文字がスラスラと書けるようになったたねの成長を嬉しく思う心と、文字を教えることで民を救いたいという自分の使命に自信を持ち始めている様が表れている。

ききょうはまひろの屋敷を訪れた際、自らの志をまひろに打ち明けた。ききょうの勢いとそれに気圧されるまひろのやりとりはコミカルだが、ききょうの言葉に対するまひろの感情の機微を、吉高は繊細な表情で表現する。宮中に女房として出仕したいと願うききょうは、夫を捨て、息子も夫に委ねるつもりだと言った。ききょうの考えにあっけに取られるまひろだが、ききょうは「私は私のために生きたいのです。広く世の中を知り、己のために生きることが他の人の役にも立つような、そんな道を見つけたいのです」と強く語る。ききょうの言葉を受け、まひろを演じる吉高は小さく息を呑んだ。ききょうの志の高さが胸に響くと同時に、自らにそこまでの志はないということを実感したのではないだろうか。

たねに文字を教えている時、まひろは心の底から楽しそうに見える。けれど、現実は厳しい。たねが屋敷に姿を見せなかったため、まひろはたねの家を訪れる。たねの父は、一生畑を耕して生きていく娘に文字などいらないと言い放つ。たねが楽しそうに文字を書いていたことを思い、まひろが動揺を見せる中、続くたねの父の言葉が、まひろの胸に突き刺さる。

「俺ら、あんたらお偉方の慰みものじゃねえ」

月を眺めるまひろは物思いに沈んでいた。文字の読み書きができないために人買いに騙され、親と引き離された子の姿を見て、まひろは自らの使命を見出した。けれど、たねの父から、農民として生きる娘を一時のなぐさみにもてあそんでいると怒りをぶつけられ、その使命が揺らいでいる。これまでの物語の中で、吉高は何度か物思いにふける顔を見せているが、第14回で見せた顔は道長を思う顔とは異なり、真剣さが際立っていた。同じ月を眺める道長の「俺は何一つ成していない」という言葉にまひろの横顔が重なる。人の役に立ちたい、けれど何が正しい道なのか。まひろは迷う。道長もまた、道隆の独裁という不穏な空気が立ちこめる中で、真の政とは何かという問題に直面している。

一筋縄ではいかない局面を2人がそれぞれどう乗り越えていくのか。また演者である吉高と柄本が、まひろと道長の複雑な心境をどのように演じ、見せてくれるのか。

(文=片山香帆)

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