連載小説『ふつうの家族』
あの家族旅行の最中に土産物屋で買ったものだと、浮かれた調子で言う。
しかし──幼かった子どもたちは知る由もないが、和則かずのりにとっての北海道旅行は、思い出すだけで胸を深く抉えぐられるような、悲しい記憶と結びついている。
脳裏には、先ほど目にしたばかりの、ミナトの顔が焼きついていた。
真正面から向き合ってみて、初めて気がついた。
透き通るような茶色い瞳が、よく似ている。─ ─あいつと。
大雨のどさくさに紛れて、広中ひろなかが俺のところに化けて出たんじゃないか。そんな馬鹿ばかげた考えが一瞬でも頭に浮かんだのは、和則の記憶の中にある友人の姿が、若かりし頃で止まっているからなのだろう。三十代や四十代になっても定期的に会い続けていたのに、不思議なことだ。あいつが童顔だったからか。もしくは、自分たちが最も輝ける時を過ごしていたのは大学生のあの頃だった、ということなのかもしれない。
偶然にも今夜、旧友と同じ薄茶色の瞳を持つ青年と出会い、和則の思考は不意に、遠い過去へと引っ張られていく。
テーブルの上では、海かいがトランプを盛大に撒まき散らしながらシャッフルし、四人分の手札をおぼつかない手つきで配り始めていた。不器用ねぇ、と冴子さえこが笑いながらこぼし、私がやってあげようか、という舞花まいかの申し出を、海が頑かたくなに突っぱねている。
さて、大富豪とはどんなルールだったろうか。
旅行先で子どもたちと遊んだ古い記憶を引っ張りだそうとする傍ら、和則はためらいの感情に苛さいなまれていた。
──俺が、こんな楽しいことをしてていいのかな。
北海道の形が印刷された緑色のトランプが、軽快なリズムを刻み、目の前に積み重なっていく。
──なぁ、広中よ。
連載小説『ふつうの家族』