フィリピン「脱・中国」へ…関係悪化で融資交渉中止、次の一手を模索

写真:PIXTA

一般社団法人フィリピン・アセットコンサルティングのエグゼクティブディレクターの家村均氏が、フィリピンの現況を解説するフィリピンレポート。今週は、マルコス政権の脱中国路線の動きと、同政権が目指す信用格付Aへの道のりについてレポートします。

中国との関係悪化で融資交渉中止、続々

フィリピン・マルコス政権は、当初中国からの融資で進める予定だったインフラ整備や開発プロジェクトの頓挫を打開するため、日本に資金援助を求めるべきだとエコノミストたちが指摘しています。

日本国際協力機構(JICA)はここ数年、フィリピンにとってトップクラスの開発パートナーであり、融資や援助を通じて様々な重要プロジェクトを支援。フィリピンとJICAは先月、マニラ首都圏地下鉄他のために、2,500億円(930億ペソ)の融資協定に調印しています。

マルコス政権は、中国との間の領海問題の悪化を背景に、2,280億ペソ相当の主要な3つの鉄道プロジェクトについて、中国との融資交渉を中止しました。具体的には、ビコール地方のサウス・ロングホール・プロジェクト(1,420億ペソ)、スービック-クラーク間の鉄道プロジェクト(500億ペソ)、ミンダナオ鉄道プロジェクトの第1期(360億ペソ)です。

国家経済開発庁(NEDA)は、中国からの融資が実現できなかったサウス・ロングホール・レールプロジェクトについては、アジア開発銀行(ADB)を活用して資金調達を行う考えとしています。中国からの資金援助が予定されているのは、農務省のフィリピン太陽光発電灌漑プロジェクトのみです。またミンダナオ鉄道プロジェクトを官民パートナーシップ(PPP)方式で実施することを検討していると述べています。

これまで中国のODA資金で完了したプロジェクトは4件で、カリンガ州のチコ川揚水灌漑プロジェクト(45億ペソ)、メトロマニラのエステレラ・パンタレオン橋(18億ペソ)とビノンド-イントラムロス橋(34億ペソ)、そして南部のマラウィ市への消防車寄付(6,500万ペソ)です。

JICAのデータによると、フィリピンは2021年4月から2022年3月までの間に、日本から1,090億ペソのODAを受け取っており、東南アジアの受益国の中で最大でした。フィリピンでは、中国がマニラ首都圏地下鉄のような大規模かつ重要なプロジェクトに資金を提供する可能性は低いと考えられており、中国にしがみついていると機会損失につながるという考え方が浸透しつつあります。また、JICAの融資は中国の融資よりも金利が低く設定されているのも特長です。

運輸省のバウティスタ大臣は、頓挫している中国関連インフラプロジェクトの遂行のために、日本、韓国、インドからのODAを求めることを検討しているとしています。日本は今年、フィリピン政府の大型投資プロジェクトへの投資と支援に積極的な姿勢を見せている一方で、フィリピンに対する融資枠には上限が存在し、地下鉄建設費の高騰により上限に達する可能性があります。

マルコス大統領は、中国との領土問題の悪化を受け、領土保全と平和に対する「深刻な課題」に対処するため、関係機関間の連携強化を指示。中国は南シナ海の大半を自国の領土と主張しており、年間3兆ドル以上の海上貿易が行われる海域で、フィリピン、ベトナム、インドネシア、マレーシア、ブルネイと領有権が重複しています。2016年、国連の仲裁裁判所は、中国の広範な領有権主張を違法と判断しています。

フィリピンの「A格」信用格付け獲得は難しいか?専門家分析

フィリピンのマルコス政権は、2028年までの「A格」信用格付け獲得を目指していますが、専門家からは厳しい見通しが出ています。その理由として、政府の恒常的な支出不足と、歳入改善のための改革不足が挙げられています。

5年間での達成は不可能ではないものの、租税徴収の穴を塞ぐこと、歳入・歳出活動における汚職撲滅、そして成長見通しの改善など、多大な努力が必要との見方があります。

フィリピンは現在、3大信用格付け機関すべてから「投資適格格付け」を取得しています。フィッチ・レーティングスは「BBB」、ムーディーズは「Baa2」、S&Pグローバル・レーティングスは「BBB+」です。いずれも「安定的」な見通しを与えています。一方、日本格付研究所は、すでにフィリピンに対してA-のレーティングをしています。

フィリピン政府は2019年から中央銀行と協力し、「A格信用格付け獲得へのロードマップ」策定のための委員会を立ち上げました。マルコス政権が、成長を犠牲にせずに財政健全化に取り組む改革を行えれば、Aランクに到達することができると見られています。軍や制服組職員の年金制度改革などを行い、財政赤字を削減できるとの指摘もあります。

2023年全体の財政赤字は、1兆5,100億ペソに縮小し、GDP比では2022年末の7.3%から6.2%へと縮小しました。政府の財政支出削減も問題だとの指摘があります。財政支出削減は赤字縮小の適切な方法ではなく、むしろ成長を鈍らせる要因だとの指摘です。

2023年のフィリピン経済成長率は5.6%にとどまり、政府の目標だった6~7%を下回りました。また、2022年の7.6%からも大幅に減速しています。政府支出は昨年、+0.4%と横ばいでした。これは2022年の+4.9%よりも低く、第4四半期には前年同期比で1.8%減少しました。

国家経済開発庁(NEDA)は、この低迷した政府支出は「意図的」であり、財政健全化計画の一環だと説明しています。

最近のマクロ経済指標を見る限り、信用格付けの引き上げは、現状では難しく、国の外貨債務比率、外貨債務返済負担、経常収支赤字、国家財政赤字、国家歳入はいずれも、パンデミックによる長期のロックダウン前よりも悪化しています。2023年末の外貨負債残高は過去最高の1,254億ドルに達し、2022年末の1,113億ドルから12.7%増加しました。これはGDPの28.7%にも相当します。外貨債務返済負担は、2022年末の84.83億ドルから、2023年には73.9%増の147.52億ドルに急増しました。

フィリピンの「A格」信用格付け獲得に向けた課題と展望について、以下に記載します。

・歳出削減と歳入増加の両面から取り組む財政健全化計画の策定:適切な支出削減と無駄削減を推進し、同時に税制改革や税務行政の効率化などにより歳入を増やす必要があります。

・汚職対策の強化:汚職対策機関の強化や法整備など、汚職撲滅に向けた取り組みを加速させる必要があります。

・経済成長率の向上:投資環境の改善、規制緩和、人材育成など、経済成長促進に向けたさらなる政策を推進する必要があります。

・国際収支の改善:輸出促進や外貨獲得力の強化に向けた政策を推進する必要があります。

これらの施策を実行することで、フィリピン政府は「A格」信用格付け獲得に向けた道筋を描くことができるのではないでしょうか。ちなみに、A格付けを獲得するメリットとしては、

・金利の低下:信用格付けが向上すると、政府や企業が資金調達を行う際の金利が低下します。

・投資の増加:投資家は、信用格付けの高い国に投資する傾向があります。

・経済成長の促進:金利の低下や投資の増加は、経済成長を促進します。

フィリピン政府が「A格」信用格付けを獲得することは容易ではありませんが、課題克服に向けた積極的な取り組みによって、実現可能な目標ではないでしょうか。

© 株式会社幻冬舎ゴールドオンライン