『インフィニティ・プール』ブランドン・クローネンバーグ監督 クローンを使って“罪と罰”を掘り下げる【Director’s Interview Vol.397】

デヴィッド・クローネンバーグを父に持ち、自身も『アンチヴァイラル』(12)『ポゼッサー』(20)など独特の世界観に溢れた秀作を送り出し、カルト的な人気を誇る鬼才ブランドン・クローネンバーグ監督。彼の長編第3作『インフィニティ・プール』が、この度日本公開された。

とある国の高級リゾート地、観光客はどんな犯罪を起こしても大金さえ払えば自分のクローンを作ることができ、そのクローンを身代わりとして死刑に処すことで罪を免れることができるというーー。この独特で奇想天外な世界観は一体どのように考え出され、映像化されたのか? クローネンバーグ監督に話を伺った。

『インフィニティ・プール』あらすじ

高級リゾート地として知られる孤島を訪れたスランプ中の作家ジェームズ(アレクサンダー・スカルスガルド)は、裕福な資産家の娘である妻のエム(クレオパトラ・コールマン)とともに、ここでバカンスを楽しみながら新たな作品のインスピレーションを得ようと考えていた。ある日、彼の小説の大ファンだという女性ガビ(ミア・ゴス)に話しかけられたジェームズは、彼女とその夫に誘われ一緒に食事をすることに。意気投合した彼らは、観光客は行かないようにと警告されていた敷地外へとドライブに出かける。それが悪夢の始まりになるとは知らずに……。

クローンを使って“罪と罰”を掘り下げる


Q:あなたが作る映画には肉体をツール化する描写が多くみられますが、「クローンを作って死刑の身代わりにする」という今回のアイデアはどこから来たのでしょうか。

クローネンバーグ:小説にしようと2013〜14年頃に書いた一節が、今回の話の元になっています。架空の国で自分の罪を背負ったクローンが処刑されるだけの話でしたが、掘り下げたかったコンセプトは“罪と罰”でした。罰とは罪を犯さない為の抑止力だと表向きには言われていますが、罪を犯した人に罰を与えることで社会として充足を得ているのではないか。抑止力としての機能よりも、宗教的、道徳的、もしくはこの世界の理といった、何か感情的な部分の方が大きいのではないか。人間は罰を受けること、そして罰を与えることをどう思っているのか。そもそも罪の意識とは何なのか。

罪を犯した記憶や意識を持っているクローンがいたとして、そのクローンを処刑するとどういうことが起きるのか? ぶっ飛んだアイデアかもしれませんが、クローンを使って“罪と罰”について掘り下げてみたかった。

『インフィニティ・プール』(C) 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

Q:今の時代、おぞましく怖いものも簡単に見ることが出来ますが、あれほど怖い仮面は見たことがありません。どのようにして作られたのでしょうか。

クローネンバーグ:各国の文化やお祭りでたくさんの仮面が登場しますが、仮面を被ることにより、自分ではないアイデンティティになることが出来る。自分自身やモラルから解放されるものとして、仮面は古くから存在しています。この映画でも仮面を登場させたわけですが、今回出てくる仮面はビジュアル面でもキーとなる重要な存在。よく見られるようなデザインにはしたくありませんでした。色々と悩んだ末、映画作家でありコミック作家、そしてコンセプトアーティストでもある映画『武器人間』監督のリチャード・ラーフォーストにお願いしました。彼の作るデザインはすごくユニークで、彼との仕事はとても興味深い経験でしたね。

アレックスとミア・ゴスは“何か”を持っている


Q:ジェームス役の条件として、アレクサンダー・スカルスガルドのような均整のとれた逞しい肉体は必須のように感じましたが、実際はどうだったのでしょうか? 強靭な肉体と繊細な精神のバランスが面白かったです。

クローネンバーグ:その通りですね。リゾートのパンフレットから飛び出してきたようなルックスを求めていたので、彼はまさにピッタリでした。しかもアレックス(アレクサンダー)は、ちょっと変態的でダークな役も全く厭わない。ハリウッドのメインストリームで主役を張れる俳優で、全てを兼ね備えているイケメンにもかかわらず、インディーズ映画の醜い役もどんどん掘り下げてくれる。本当にハマり役でした。

『インフィニティ・プール』(C) 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

Q:一瞬にして場を支配してしまうようなミア・ゴスのカリスマ性にも驚きました。キャスティングのポイントを教えてください。

クローネンバーグ:まさにそういった資質を彼女の作品から感じていました。シーンに特別なエネルギーをもたらしてくれて、その場をさらってしまうような感じもある。彼女の持っている資質を言語化するのは難しいのですが、これはアレックスにも共通しています。彼らには“何か”があるんです。僕はその特別な“何か”をこの映画でもたらして欲しかった。それで二人をキャステイングしたんです。

ミアはクレイジーでワイルドな役が多いので、実際もそういう人なのかと誤解されがちですが、本人はすごく礼儀正しいプロ。仕事もとてもやりやすいですね。シーンによっては自分の気持ちを高める必要があるため、カメラが回る前に大声で叫んで感情を発露させてから撮影に臨むこともありますが、カットがかかった瞬間に普段の礼儀正しいミアに戻る。スタッフ・キャストを含めて現場の皆は驚いていますよ(笑)。

悪夢のような編集作業


Q:めまいを誘発するようなカメラワークから、極端なクローズアップ、静謐なトラックショットなど、その撮影も印象的ですが、いつもタッグを組むカリム・ハッセンとはどのようなコミュニケーションをとっているのでしょうか。

クローネンバーグ:カリムとは撮影前に長い時間をかけて準備をします。ロケ地もキャストも決まっていない段階で、脚本を元に二人でショットリストを作り、そのリストを叩き台にして、撮影方法や必要な機材を具体的に決めていきます。

前作の『ポゼッサー』(20)では一部手持ちで撮影しましたが、今回は全く手持ちを使っていません。今回のゴールは、風光明媚なリゾートの裏に何か恐ろしいものが潜んでいる感じを出すこと。そのために不安を掻き立てられるようなカメラワークを意識しました。オープニングショットでの天地がひっくり返る感じも、その狙いの一つです。美しいロケーションがあったとして、それをただ美しいと捉える人もいれば、恐ろしさを覚える人もいる。観客を後者の気持ちにさせる表現を常に意識していました。

技術的には、被写界深度をかなり浅くしたり、キャノンのK35という古い日本のレンズも使いました。また「マカロニウエスタン」で使われていたような、アンジェニューのヴィンテージレンズも使っています。カリムの持っているレンズの中に、お気に入りがあるのですが、そのレンズはカビのようなものがついてしまっていて、そのおかげで柔らかい画が撮れるんです(笑)。それが面白くて前回も今回もそのレンズを使いました。

『インフィニティ・プール』(C) 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

Q:麻薬で幻覚を見るシーンなど、イメージショットが細かくカッティングされる編集も随所に挿入されますが、そういったシーンは具体的にどのように撮影・編集しているのでしょうか。編集するにあたり、相当たくさんの撮影素材が必要になりますよね。

クローネンバーグ:素材がたくさんありすぎて編集は悪夢のようでした(笑)。カリムの家のリビングで実験しながら、二人で素材を撮りまくりました。ダイクロイックフィルムをレンズにつけてアングルによって色彩を変えてみたり、ミラーボックスのようなものを作って万華鏡のような見え方にしてみたり、そうやって撮っているものをその場で投影して更にそれを撮影したりと、さまざまな効果の素材を作っていきました。また、アニメーターのリー・ハードキャッスルに手伝ってもらい、ストップモーションアニメも撮りました。

そうやって撮った膨大な素材を使って、編集のジェームスと一緒に1コマレベルで様々なパターンの編集にトライしました。僕の注文があまりに細かすぎて延々と続くので、ブチ切れたジェームスに殺されるんじゃないかと思いました(笑)。本当に悪夢のような作業でしたね。

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監督/脚本:ブランドン・クローネンバーグ

1980年1月10日生まれ。カナダ・トロント出身。カナダを代表する鬼才デヴィッド・クローネンバーグを父親に持ち、ライアソン大学で映画を学んだ。2008年のトロント国際映画祭学生映画部門でプレミア上映され、HSBCフィルムメーカー賞最優秀脚本賞を受賞した短編映画『Broken Tulips(原題)』や『The Camera and Christopher Merk(原題)』(10)のほか数々のミュージック・ビデオを手掛けた後、2012年にケイレブ・ランドリー・ジョーンズ主演のSFスリラー映画『アンチヴァイラル』で長編映画監督デビュー。第65回カンヌ国際映画祭のある視点部門に出品され大きな話題を呼んだ。8年ぶりの長編映画となる2020年公開作『ポゼッサー』はサンダンス映画祭でプレミア上映され、第33回東京国際映画祭でも上映が行われるなど数々の映画祭で絶賛された。

取材・文:香田史生

CINEMOREの編集部員兼ライター。映画のめざめは『グーニーズ』と『インディ・ジョーンズ 魔宮の伝説』。最近のお気に入りは、黒澤明や小津安二郎など4Kデジタルリマスターのクラシック作品。

『インフィニティ・プール』

新宿ピカデリー、池袋HUMAXシネマズ、ヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開中

配給:トランスフォー マー

(C) 2022 Infinity (FFP) Movie Canada Inc., Infinity Squared KFT, Cetiri Film d.o.o. All Rights Reserved.

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